悩める男と今年のJ2
あらためていいますが、この話はフィクションであり、実在するチームとは何の関係もありません。
4月1日 J2第6節 アガーラ和歌山対草津ブリッツ@橋本市陸上競技場
和歌山県内でも希少なナイター設備を持つこの競技場で、アガーラの選手たちはカクテルライトに照らされながら生き生きとプレーした。
「いただきっ!」
後半30分、左サイドで桐島が相手のパスをカットした。そのままトップスピードでDFをかわし、ペナルティーエリアへ切れ込んでいく。
そんな桐島を見て、剣崎は念じていた。俺のところにパスが来い、と。草津のセンターバックが一人、桐島を押さえ込もうと詰め寄り、剣崎から離れた瞬間にその願いが通じた。
桐島の視界に、マークが外れた剣崎が見え、マイナス方向へのグラウダーのパスを出した。
「よしっ」
転がってきたボールを、剣崎はゴールを背にして左足でトラップ。浮かせたボールを、反転しながら右足のボレーで叩き込んだ。
ゴール裏に設けられた仮説スタンドに陣取るサポーターが歓声を上げた。
「よっしゃぁ、いいぞ剣崎ぃ!」
サポーターグループのリーダー、ケンジがトラメガ片手に叫ぶ。太鼓担当の亜由美も、興奮しながら叩き、周りのメンバーも、ほかの常連たちとハイタッチをかわす。
ベンチもまた歓喜する。
「やりましたね。今日は剣崎2得点ですよ。竹内も1ゴール1アシストでキレキレですね」
「そんぐらいやってくんなきゃ困るさ。こいつらの力はこんなもんじゃねえよ」
興奮する和泉コーチをなだめながら、今石は冷静に語ったが、彼もまた自分のことのように喜んだ。
「3−0か…。ぼちぼち代えるか」
残り10分を切って3点のリード。今石は、ここまで切らなかった交代カードを切り出した。
まずは左サイドバックの桐島。生まれて初めてプレーしたポジションながら、豊富な運動量と類い稀なるドリブル技術をフル活用し、1アシストを記録するなど合格点だった。
「おつかれ、桐島」
「ウス。村主さん、あと頼んます」
出迎えた村主とハイタッチをかわして、桐島はピッチを後にした。
そのすぐ後に、停止明けの西谷も交代を告げられた。こちらは桐島とは対照的な、憮然とした表情で戻ってきた。
「どんまい。つぎ頑張りゃいいさ」
「…」
鶴岡は下を向く西谷に声をかけ、背中をポンと叩いた。それでも西谷は下を向いたままだった。
「おいアツ。お前その態度はないって。せめて顔くらい上げろよ」
西谷の態度を見かねて、高校からのチームメートでもある桐島がたしなめたが、西谷はイラついた表情を隠そうとしなかった。
(またゴール決められなかった…開幕から出てんのに未だノーゴールのFWってなんなんだよ…)
悔しがる西谷に追い討ちをかけるように、交代で入ったばかりの鶴岡がコーナーキックから追加点を上げた。
「…くそっ」
歓喜の輪を遠巻きに見ながら、西谷は吐き捨てるようにつぶやき、足を踏み鳴らした。 開幕から一ヶ月が経過したJ2。この試合に勝った和歌山は、開幕戦以来の白星先行となった。
ここで今年のJ2の概要を説明しておく。
今シーズンのJ2は、J1から降格した甲府バンディッツ、アンビシャス福岡、モンテビアンコ山形、JFLから昇格したガイナス鳥取、松本サンガFCに加え、ジェク千葉、東京ヴィクトリー、湘南トリトンズ、京都バイオレッツ、ロッソモンテ熊本、草津ブリッツ、水戸ホーネッツ、セントラル岐阜、ライプス富山、奈良ユナイテッド、インディゴーレ徳島、アランチャ愛媛、ジェミルダート尾道、栃木オーレ、横須賀FC、大分トルーパーズ、そしてアガーラ和歌山の計22チームがJ1の舞台を目指す。
上位2位が自動昇格し、3位から6位までのチームでプレーオフを行い、勝ち抜けた1チームが昇格。そして最下位はJFLに自動降格し、ブービーはJFL2位との入替戦となる。
アガーラ和歌山の開幕からの6試合のリザルトは次の通り。
奈良(H)2−0○
得点:剣崎、竹内
山形(A)1−2●
得点:竹内
福岡(A)1−2●
得点:竹内
岐阜(H)0−0△
尾道(A)5−4○
得点:剣崎、栗栖、鶴岡、友成、内村
草津(H)4−0○
得点:剣崎2、竹内、鶴岡
今季3勝目を上げたことで勝ち点が10となり、順位も6位にまで上昇した。総得点13総失点 8で得失点差は+5である。
前節の5得点が相当強く印象づけたのか、今節の草津はリトリートしてゴール前を固めたが、終わってみれば完封のおまけがついた快勝であった。
今季初の連勝にチームがわく中で、西谷はどこかおもしろくなかった。
前節の乱戦に刺激を受け、出場停止明けとなる今日こそはゴールをと意気込んだが結果は無得点。チームが4得点を挙げたことが、一層悔しさを増した。
(俺とあいつの違いってなんなんだ)
西谷は、竹内とともにヒーローインタビューを受ける剣崎を見てそうつぶやいた。
「んじゃ、つぎの富山戦のスタメン、言うぞ」
アウェーの富山戦を明後日に迎えた夜。クラブハウスでは、既に伝えられた遠征メンバー16人を集めてのミーティングが行われた。具体的な戦術や対策の確認をしたあと、今石監督がスタメンを発表した。
西谷は内心ヒヤヒヤしていた。自分が次節もスタメンかどうかを。なにせ剣崎が好調なのに加え、鶴岡も高さを活かして2試合連続でゴール中なのだ。ノーゴールの自分が、そろそろ外れてもおかしくない。だが、
「2トップは…剣崎と、西谷」
と、今石監督が告げると「よっしゃあぁっ!次はハットトリックだぜっ!」
「いちいちはしゃぐなバカ」
「んだとぉっ」
という剣崎と友成のいつものやり取りの傍らで、西谷は安堵していた。
「ラストチャンスだ…。次こそは、決めてやる」
自然と握った拳に力が入った。
富山までのバス移動中、福井県内のサービスエリアで夕食をとることになった。
栄養士は滞在していないが、大抵の選手はバランスを考え、極力定食系のメニューか、単品には必ずサラダをつけている。
だが、西谷は向かい合って座る剣崎のメニューに唖然としていた。
「お前よ、スポーツ選手ならもっと考えろよ」
「ふぁ?ふぁんふぁいっふぁは?」
「飲み込んでから喋ろ」
西谷はトンカツ定食を注文し、油分を控えるために衣と脂身をとりながら食べている。
だが、剣崎はカツ丼ととんこつラーメン、どちらも大盛りなうえに、西谷が剥がした衣と脂身を奪い取った。おまけに自分の方が早く食べはじめたにも関わらず、既にカツ丼は消え、ラーメンも最後の麺をすすった。今は丼を持ち上げてスープをジュースのようにごくごく飲んでいる。ベテランの栄養士が聞いたら、怒るどころか卒倒しそうな食いっぷりである。
「お前さ、スポーツ選手ならもっと食事に気を使えよ。今時の高校生でもそんな暴食しねえぞ」
「そりゃあそいつらの食が細いからだろ。内臓が強くなきゃ丈夫な体にゃならねえぞ」
「まあ一理あるけどよ…だったらサラダもつけろよ」
「いらね。野菜生活をリッター飲んでるから問題ねえ」
野菜ジュースに糖分が入っているのを知らねえのか、と思った西谷だがそれ以上言うのをやめた。
「なんだアツ。おまえそれだけか」
トレイを持った友成が声をかけてきた。見ると友成のトレイの上には、空のどんぶりが2鉢。西谷はまさかと思って聞いた。
「…お前の今日のメニュー何?」
「あ?親子丼ときつねうどんだけど」
西谷は言葉を失った。
ときところ変わって試合開始。 富山県総合運動公園陸上競技場でのナイトゲームは、定刻通り19時にキックオフとなった。
和歌山はここ最近の武器となりつつある、サイド突破から崩していく戦術でしかけるが、富山の粘り強い守備に阻まれゴールに至らない。一方、富山もホームでのサポーターからの声援を背に、エース黒田にボールを集めるが攻めあぐね、時間だけが過ぎていった。
「アツっ」
右サイドを駆け上がった竹内が、鋭いパスを通す。もらった西谷は自分のシュートコースを探すが見つからない。そうしているうちに、相手DFに挟まれる。
「よこせ、アツっ」
後ろから剣崎が走り込んできた。一度もどして組み立て直そうと、西谷はパスを出した。
「剣崎、一旦作りな…」
しかし、西谷が言い終わる前に、剣崎はシュートを打ち込んだ。かなり強引な一撃はわずかに枠の外へ飛んでいった。頭を抱えて悔しがる剣崎。
だが西谷は、剣崎に詰め寄った。
「何やってんだよ、組み立て直すっていっただろ」
「うるせえ。俺のボールをどうしようと勝手だろうが」
その言葉に、西谷は呆気に取られた。まさかの自己中丸出しの解答に。
結局その後も大きなチャンスが生まれることはなく、スコアレスで前半を終えた。