反撃、二転三転
「うーし、上出来だ。向こうの守備陣がなかなか堅い中で、2点取れたのは大きい。剣崎、栗栖、よくやった」
ロッカーに戻ってきた選手たちを、今石は手放しで労い、特に得点した二人を讃えた。
「確かに2点目を取れたのは大きい。先制点がああいうのだったからな」
「ええ。2点取られたことで気持ちの切り替えが難しくなりましたからね」
「あの1点だけじゃ、いかにも偶然だからと…」
「なんで俺の先制点評価低いんすかぁっ!!」
チームメートが栗栖の得点ばかり褒めるのに、我慢できなくなった剣崎が吠える。
「わかってるよ。もどかしい時間帯に、どんな形であれ点を取ってくれたんだからさ」
竹内がフォローし、しぶしぶ納得する剣崎。
(ちくしょう…。だったらもう1点とってやらあ)
そう心に誓った。
アウェーのロッカーが和気あいあいとする一方で、ホームのロッカーの空気は重かった。
特に、2人の巨人を相手にしたモンテーロと、有川の分まで奮闘したヴィトルの両ブラジリアンの消耗が激しく、すでに一試合終えたかのようだった。
『大丈夫か、二人とも』
『はぁ、はぁ、大丈夫さ』
『…なに。ハーフタイムでしっかり休めば問題はない』
気にかけた荒川が、二人に声をかけたが、言葉と体力は一致していなかった。
特にヴィトルは、流れを変えようと強引なプレーに終止したせいで、肩での呼吸が止まらなかった。
そこに水沢監督が入ってきた。険しい表情を浮かべながら、選手を見渡し一息つけて口を開いた。
「…切り替えろ。まずはそこからだ。確かにロングシュートだけならまだしも、あんなループまで決められたらへこむよな。だが、まだあと45分、展開によってはさらに5分くらいは残っている。何よりここはホームなんだ。少なくとも気持ちを切らすなっ!」
最後はホワイトボードを叩いて選手たちにハッパをかける。続いて水沢監督は、荒川に目を向ける。
「秀吉。王。直ぐにアップ始めろ。ヴィトルと有川に代わって頭から行くぞ」
水沢の大胆な決断にヴィトルはうなだれるだけだったが、有川はたまらず抗議の声を上げる。
「ど、どうしてですか!まだ俺はやれますっ!」
なおも抗議しようとする有川を、荒川は厳しい声で止める。
「やめろ有川。監督が決めたことだっ相手の2番に完封されてんだ。ヴィトルがへばったのも、お前がマンマークに手こずりっぱなしだからだろうが。2点ビハインドの状況で、お前が監督でも今日の出来のお前を使うのか?」
「…」
「監督だってこの交代は本望じゃねえ。出来る限りの策を練った結果なんだ。あとは黙ってベンチで味方を、王を信じてろ」
「…はい」
ハーフタイムが終了し、選手たちがピッチに戻ってきた。ホームのゴール裏からは、逆転勝ちを信じるサポーターから声援が飛ぶ。そして、荒川の交代出場がアナウンスされると、一際大きな歓声が起きた。
そして試合は、ここから怒涛のゴールラッシュとなる。
尾道のキックオフで後半が始まった。
開始早々から、有川の交代で出場した王が、全力で走り回る。未だノーゴール、さらにスタメン落ちを経験したことで、溜まっていたうっぷんをこの45分間にぶつけた。
この王の気迫が、なかなか気持ちが切り替わらなかった、尾道イレブンに喝を入れ、風下に立ちながら本来のテンポのいい、コンパクトなサッカーを展開する。
そして後半5分、山田、金田、荒川と繋がった早いパス回しが和歌山の守備陣の裏をとり、強引に抜け出した王が、友成との1対1を制した。
目の前でゴールネットが揺れた瞬間、割れんばかりの歓声が上がり「シューミン、シューミン、シューミン」の大合唱となった。「よくやった、シューミン。こっから追いつくぞ!」
荒川が全員を鼓舞した。
このゴールは、今石に選手交代を促していた。パクを下げ、同じ位置にセンターバックタイプの園川を入れた。左サイドの攻撃力を削って、足元を固める作戦に出た。
「キリっ、お前も準備急げ。次のタイミングでお前を入れるぞ」
「はいっ!」
さらに今石は二人目の交代のために、桐島に準備を急がせた。
しかし、ここは尾道のホームである以上、反撃ムードがスタジアムを包み込むと、アウェー側は萎縮してもおかしくない。 そして尾道の選手たちは、息を吹き返したかのように、土石流のように押し寄せて来る。中でも荒川の奮闘は光り、和歌山の守備網を簡単に突破していく。
これに対してチョンが対応に行くが、それは金田や御野に中央でプレーすり機会をみすみす与えることになる。そして21分に御野のスルーパスを、荒川がダイレクトで流し込んだ。
同点である。スタジアムはますます盛り上がる。アウェーの和歌山のサポーターが声援を送るが、完全に掻き消されていた。
「剣崎っ!鶴さんと組めっ!」
沢松の交代で入った桐島が、剣崎に指示を送る。本来の位置に入れたことで、剣崎のプレーがいきいきしだした。前半は2本だけのシュートだったが、ポジションを変えてからの4分だけで3本打った。そして得たコーナーキック。栗栖はかなり高く蹴りあげたが、2メートル近い長身の鶴岡には問題なく、万全の体勢でヘディングを叩き込み、逆転に成功した。