俺の幼馴染は超人気アイドルだがとんでもないヤンデレでした。
「みんなー! 今日は本当にありがとう! 愛してるよーーっ!」
ドームを揺るがすような地鳴りのごとき大歓声と、鮮やかなピンク色のペンライトの海。その中心で、星宮萌絵はこれ以上ないほど眩しい、完璧なアイドルスマイルを弾けさせていた。
汗に濡れた黒髪、息を弾ませながらも一切ブレない歌声、そしてファン一人ひとりと目を合わせるような丁寧な指差し(ファンサ)。星宮萌絵
誰もが彼女を「天性の愛されアイドル」「ファン思いの天使」と疑わない。
──だが、客席の最前列、関係者席に座らされている俺、彼女の幼馴染である立花颯太だけは知っている。
萌絵がステージの四方に極上の笑顔を振りまきながらも、その瞳の奥の焦点だけは、ライブ中の2時間、1ミリもブレずに俺だけをロックオンし続けていたことを。
あの笑顔はファンに向けられたものではない。俺を逃がさないための、美しく冷徹な「檻」の網の目だ。
「はぁ、はぁ……っ、颯太くん!」
ライブ終了直後。スタッフや他のメンバーの目を盗み、楽屋の奥にある完全な死角へ、萌絵は滑り込んできた。
衣装のフリルを揺らし、まだ熱気の引かない体を俺に押し付けてくる。ついさっきまで数万人の前にいたトップアイドルが、いま、俺の服の袖をちぎれんばかりの力で握りしめていた。
「萌絵、お疲れ様。今日もすごいステージだったな」
「うん! ……ねえ、それより颯太くん」
萌絵は顔を上げた。
テレビでいつも見る、あの親しみやすくて愛想のいい、誰もがイチコロになる「神対応」の笑顔。
だけど、向けられた声は、驚くほど低く冷え切っていた。
「今日のセットリスト、3曲目は颯太くんと初めてカラオケ行った時の曲だよ? なんで気づいてくれなかったの?」
「いや、気づいてたよ。いい曲だし」
「嘘。颯太くん、あの時、隣のレーンの青色のペンライト見てたでしょ。……他のメンバーのセンター曲だからって、私の前から視線外すの、なぁに?」
「それは、グループのライブなんだから全体を──」
「全体なんて見なくていいの。颯太くんは、私の特別席のファン第1号なんだから」
萌絵の綺麗な瞳から、すうっと光が消えていく。
彼女は俺の胸に顔を埋め、クンクンと深く息を吸い込んだ。
「あー……やっぱり颯太くんの匂い、落ち着く……。他の有象無象のファンに笑顔を配るの、すっごくエネルギー使うんだよ? その分、いま、萌絵にぜんぶ補給させて?」
首筋に回される腕に、じわりと力がこもる。華奢な女の子の体からは想像もつかないほどの、執念の重さ。
周りの人間はみんな、彼女を「愛想が良くて優しい女の子」だと思っている。大学の俺の友人にも、バイト先の店長にも、萌絵は変装してわざわざ差し入れを持っていき、「颯太くんをよろしくお願いしますね!」と満面の笑みで全方位に好印象を植え付けている。
だから、俺が「幼馴染の星宮萌絵に執着されて困っている」なんて誰に相談しても、「あんな良い子に愛されて贅沢言うな」と笑われるだけなのだ。
萌絵の完璧な「愛想の良さ」は、俺の周囲の人間関係を完全に掌握し、逃げ道をなくすための最強の兵器だった。
「ねえ、颯太くん。明日も大学まで迎えに行くね。あ、そうそう、昨日颯太くんに話しかけてた同じクラスの女の子……さっき萌絵の裏のアカウントから『颯太くんには近寄らないで』って、可愛くメッセージ送っておいたから。もう安心していいよ?」
萌絵はふふっ、と鈴を転がすような声で笑い、俺の頬にそっとキスをした。
その瞳は、まるで自分の宝物を完璧に管理できた子供のように、歪んだ純粋さで輝いていた。
「私は世界中のみんなのアイドル。だけど……萌絵の全部は、颯太くんだけのものだからね?」
背筋がゾクリとするような恐怖。それと同時に、脳を溶かすような甘い目眩が俺を襲う。
愛想が良すぎる国民的アイドルの、誰も知らない本当の顔。
俺の日常が、彼女の笑顔によって静かに、そして確実に侵食されていくのを、俺は止めることができなかった。




