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前編

前編:Tempest


1


 ローレンス・ウォードが自分のオフィスではなくE棟の会議室を指定してきた時点で、通常の案件ではないことは明らかだった。


 エリオット・コールはその朝、いつもと同じ時刻にラングレーに出勤し、いつもと同じようにセキュリティゲートを通過した。十一月のバージニアは冷え込みが早い。駐車場から建物に入るまでの短い距離を、コートの襟を立てて歩いた。空は灰色の雲に覆われていて、冬の近さだけを告げている。この季節、CIAの本部ビルは外から見ると陰鬱な印象を与えるが、中で働く人間にとっては単なる職場だ。コールにとってもそうだった。デスクに着いて端末を起動すると、ウォードからの召集が入っていた。会議室E-307。十五分後。出席者はコール一名のみ。


 E棟三階は対外情報分析部門のフロアだが、E-307は小会議室の中でも通路の突き当たりにある目立たない部屋だった。防音等級が高く、窓がない。定例の打ち合わせにはまず使われない。コールがドアを開けると、ウォードはすでに着席しており、テーブルの上にはラップトップが一台と、印刷された資料が薄く積まれていた。コーヒーはなかった。長話にする気がないか、あるいはコーヒーを忘れるほど急いでいたか。ウォードに限って後者はない。


「座れ」


 ウォードは挨拶を省いた。この男がそうするのは、話の中身が挨拶の余地を残していないときだ。コールは黙って向かいの椅子を引き、座った。


「宇宙関連の監視案件だ」


 ウォードはラップトップの画面をコールの側に向けた。表示されていたのはNASAの予算執行に関する内部監査レポートの一部だった。数字の羅列。特定の探査機プロジェクトに関連する支出が、年度途中で複数回にわたって予算枠の付け替えを受けている。


「これだけなら会計上の処理の問題だ。探査機の運用費が膨らむことは珍しくない」


 ウォードは画面をスクロールした。


「だが、同じ時期に、このプロジェクトのデータ処理系統がITセキュリティの通常監査ラインから外されている。内部のアクセスログ管理が、通常のNASA情報システム部門の管轄から、別の管理体制に移行された」


「別の、というのは」


「それが分からん。移行先の管理主体が明示されていない。書類上は『セキュリティ上の要請に基づく一時的措置』としか書かれていない。一時的措置が、もう八ヶ月続いている」


 コールは資料に目を落とした。予算の付け替え、システム管理の切り離し。個々に見れば、それぞれに合理的な説明がつきうる事象だ。だが組み合わせのパターンには覚えがあった。何かを外部の目から遮断するとき、組織が取る典型的な手順だ。大きな壁を一枚立てるのではなく、小さな調整を複数の層にわたって施すことで、正面からは見えない空間を作り出す。


「人の動きもある」とウォードは続けた。紙の資料をコールの前に押しやった。「このプロジェクトの中核にいた技術者が三名、この八ヶ月の間に異動している。いずれもNASA内部の別部署への配置転換だが、異動の理由が不明確だ。キャリアの文脈から見て自然な移動ではない」


「口封じですか」


「あるいは隔離だ。いずれにしても、情報の封じ込めと整合する動きだ」


 ウォードはラップトップを閉じた。


「そしてもうひとつ。NSCが動いている」


 コールは視線を上げた。国家安全保障会議。大統領直属の安全保障政策の調整機関だ。


「NASAの一探査プロジェクトにNSCが直接関与する理由は、通常は存在しない。だが通信パターンの分析から、NSCの特定の高官がこのプロジェクト関係者と定期的に接触していることが確認されている。頻度は週に複数回。八ヶ月前から始まり、現在も継続中だ」


 ウォードの声には、二十年以上この仕事を続けてきた人間に特有の抑制があった。興奮でも不安でもない。確信の手前にある、静かな圧力だった。


「本当に隠したいものがあるとき、組織は大きな嘘をつかない。小さな事実を静かに曲げる。予算を少し動かし、管理を少し変え、人を少し移す。この案件はそのパターンに正確に合致している」


「何が隠されていると考えていますか」


「分からん。だから調べろ」


 ウォードはコールの目を見た。


「NASAの当該プロジェクト周辺を探れ。何が隠されているか突き止めろ。報告は直接俺にだけ行え。途中経過も含めてだ」


 コールは頷いた。ウォードは、コールに標的を選ばせる上官ではない。彼は対象を指定し、手がかりを渡し、工作員を送り出す。コールはその手足として動く。それが十年来のこの関係の形だった。


「ひとつ確認を」とコールは言った。「この案件の優先度は」


「現時点ではB。だが壁が高ければ上がる」


 ウォードの言い方には、すでに上がることを前提にしている響きがあった。


---


2


 調査は、想定よりも早く壁に当たった。


 コールはまず、公開情報の層を丁寧にさらった。NASAの当該探査機プロジェクト「PROSPECTOR-7」は、小惑星帯の鉱物資源マッピングを主目的とする無人探査ミッションだった。二年前に打ち上げられ、現在は小惑星帯に到達して観測フェーズに入っている。搭載機器は高精度光学カメラ、赤外線分光器、レーダー高度計など。プロジェクトチームはジェット推進研究所を拠点とし、主任研究者以下、約四十名の技術者と科学者で構成されている。ここまでは公開情報の範囲内で、何も異常はない。


 問題は、その先に進もうとしたときに始まった。


 PROSPECTOR-7のデータアーカイブは通常のミッションデータベースから分離されていた。アクセスには個別の認可が必要で、その認可の申請先が通常のプロジェクト管理者ではなく、NASAの情報セキュリティ部門の中でもさらに限定された窓口になっていた。コールはCIAの公式チャンネルを通じてアクセスを要請した。返答は三日後に届いた。丁寧だが中身のない文面で、「当該データは現在、特別管理下にあり、アクセスには追加の認可プロセスが必要です」と書かれていた。追加の認可プロセスの詳細は記載されていなかった。問い合わせに対する回答が、さらなる問い合わせの入り口になるだけで、どこにもたどり着かない。


 コールはウォードに第一回の中間報告を行った。


「壁は高い。通常の機密レベルでは説明がつかない制限がかかっています。データアーカイブへのアクセスは実質的に封鎖されている」


「予想通りだ」とウォードは言った。その声には、不快ではなく、むしろ確認の響きがあった。壁が高いということ自体が情報だった。


 コールは方針を切り替えた。正面からデータにアクセスする代わりに、外堀を埋めることにした。


 まず、異動した三名の技術者の追跡を始めた。一人はNASAゴダード宇宙飛行センターの管理部門に移っていた。もう一人はNASA本部の広報部門。三人目はジョンソン宇宙センターの教育プログラム担当。いずれも、高度な専門技術を持つエンジニアが就くような職種ではなかった。深宇宙探査機のデータ処理を担っていた人間が、広報や教育に配置される。畑違いどころの話ではない。彼らの専門性を殺すことが、配置の目的そのものであるかのようだった。


 コールはこの三名の周辺に接触を試みた。直接ではなく、共通の知人や元同僚を経由した間接的なアプローチだった。反応は一様だった。PROSPECTOR-7の話題が出ると、会話が不自然に途切れる。沈黙か、話題の転換か、あるいは「もうそのプロジェクトには関わっていないので」という定型的な回答。恐怖の色はない。訓練された抑制だった。彼らは脅されているのではなく、沈黙に同意している。コールの経験上、それは脅迫よりも強固な壁を作る。


 並行して、予算の流れを追った。PROSPECTOR-7の運用予算は、年度途中で三回にわたって付け替えを受けていた。追加予算の出所を遡ると、NASAの通常予算枠ではなく、国防総省との共同プログラム枠から流用された形跡があった。宇宙関連の予算において国防総省が絡むこと自体は珍しくないが、純粋な科学探査ミッションにこの経路が使われるのは異例だった。


 さらに、暗号化通信の頻度パターンを分析した。JPLとNSCの間の通信量が、ある時点を境に急増し、その後は一定の高い水準を維持していた。急増のタイミングは、データ処理系統が通常管理から切り離された時期と正確に一致していた。何かが起き、それに対応する体制が組まれ、その体制が今も維持されている。


 八ヶ月前に何があったのか。コールはその時期のPROSPECTOR-7の公開スケジュールと照合した。探査機は当時、小惑星帯の外縁部に到達し、本格的な観測フェーズに移行したところだった。NASAの広報資料には初期観測データの取得成功が簡潔に報告されている。しかしその前後に、データの公開スケジュールに不自然な空白があった。本来なら科学コミュニティに共有されるはずの初期データセットが、予定日を過ぎても公開されていない。NASAのウェブサイト上では「データ検証中」というステータスが八ヶ月間更新されないまま掲示されていた。誰も気にしていなかった。探査ミッションの遅延は珍しくないし、科学者たちは自分の仕事で忙しい。だがコールの目には、それは沈黙の一部として映った。


 二度目の中間報告で、コールはこれらの所見をウォードに伝えた。


「直接的な情報は何一つ得られていません。しかし、壁の形から中身の輪郭は逆算できる。これは通常の機密管理ではない。何か具体的なひとつの事象を、一点集中で封じ込めている」


 ウォードはしばらく黙って報告を聞いていた。コールの言葉を待つのではなく、自分の中で何かを組み立てているような沈黙だった。


「優先度をAに上げる」とウォードは言った。「必要なリソースがあれば言え。承認する」


 当初は複数の案件のひとつだった調査が、ウォードの中で最優先に切り替わった瞬間だった。ウォードは長年、壁の高さで中身を量る原則で仕事をしてきた男であり、その原則に裏切られたことはほとんどなかった。


---


3


 リン・チェンという名前に行き当たったのは、三名の異動技術者の経歴を遡る過程だった。


 チェンはJPLの上級システムエンジニアだった。中国系アメリカ人。カリフォルニア工科大学で計算機科学の博士号を取得し、十五年以上にわたってJPLで深宇宙探査機のデータ処理システムの設計と運用に携わってきた。PROSPECTOR-7では、搭載機器のデータ処理パイプライン全体を統括する立場にあった。探査機が取得した生データを地上局で受信し、補正し、解析可能な形に整えるまでの全プロセスが彼女の管轄だ。プロジェクトの目であり神経系と言ってよい。


 そのチェンが、八ヶ月前を境に表舞台から姿を消していた。学会への出席がなくなり、共著論文の発表が止まり、JPLの公式な組織図上では所属が「特別研究プログラム」という実体の不明確な部署に変わっていた。配置転換された三名の技術者とは扱いが異なる。彼らはNASA内の別部署に出されたが、チェンはJPLに留め置かれたまま、外部との接触を遮断されていた。


 コールはウォードに報告した。


「チェンは異動組とは扱いが違います。外に出さず、内側に閉じ込めている。発見なり事態なり、その核心に最も近い人物である可能性が高い」


「接触できるか」


「正面からは無理です。チェンの周囲にはまだ情報管理の壁が機能している。だが、物理的な監視体制は敷かれていないようです。秘匿の設計はチェン自身の沈黙を前提にしている」


「つまり、チェンが語る意思を持てば、壁は破れる」


「その可能性はあります。方法を構築します」


 コールは二週間をかけてアプローチの経路を組み立てた。チェンの日常の動線を把握し、非公式な接触が可能な時間帯と場所を割り出した。チェンは平日、JPLのキャンパスからほとんど出ない生活を送っていた。出退勤の時刻は規則的で、昼食はキャンパス内のカフェテリアでとっている。私生活の痕跡は薄い。独身。パサデナ市内のアパートメントに一人で住んでいる。


 唯一の例外が、週末の図書館だった。土曜日の午後、パサデナ中央図書館の二階閲覧室に数時間滞在する習慣があった。何を読んでいるかまでは確認できなかったが、この習慣は八ヶ月前からのものではなく、以前からの継続だった。チェンにとっての日常のわずかな残片だろうとコールは判断した。


 土曜日の午後。パサデナ中央図書館。十二月に入ったカリフォルニアは、東海岸ほどの厳しさはないが、乾いた冷気が肌を引き締める。午後の低い日差しが窓から差し込む二階閲覧室は静かだった。数人の利用者がそれぞれのテーブルに散らばり、ページをめくる微かな音だけが響いていた。コールはチェンの向かいの席に座った。


 チェンは四十代半ばの女性で、黒い髪を短く切り揃えていた。経歴写真で見た顔よりも明らかに疲弊していた。ただし、それは睡眠不足や過労の類ではなかった。もっと内側から来ているものだった。何かに長期間さらされ続けた人間に特有の消耗。何に、とは言えない。ただ、その人間が以前とは違う何かを背負っていることだけが外側から読み取れる。


 コールは身分を明かした。CIAの情報収集担当であること。PROSPECTOR-7に関連する異常な情報管理体制について調査していること。この接触は上官の指示によるものであること。チェンに危害を加える意図はないこと。


 チェンはコールの話を最後まで聞いた。表情はほとんど変わらなかった。驚きもなかった。いつかこういう人間が来ることを、どこかで予期していたようだった。


「何を知りたいのですか」とチェンは静かに訊いた。


「このプロジェクトに何が起きたのか。何が隠されているのか」


 チェンは長い沈黙の後、テーブルの上に置かれた自分の手を見た。それから顔を上げ、コールの目を見た。


「やめたほうがいい」


「なぜですか」


「あなたが想像しているようなものは、そこにはない」


 コールは注意深くその言葉を受け止めた。チェンの声には脅しのニュアンスはなかった。警告ではあったが、組織を守るための警告ではなかった。もっと個人的な何か。忠告に近いものだった。まるで、自分が踏んだ地雷を他の誰かに踏ませたくないとでも言うように。


「それでも確認する義務があります」


「義務」とチェンは繰り返した。その一語に、微かだが確かな感情がこもった。皮肉ではない。もっと悲しみに近いもの。


「義務で知るには、重いものですか」


 チェンは答えなかった。ただ首を小さく横に振った。否定なのか、言葉にできないという意思表示なのか、コールには判別がつかなかった。


「これ以上は話せません」とチェンは言った。声は低く、しかし明瞭だった。「私の立場では」


 コールは連絡先を書いたメモをテーブルに置き、その場を辞した。チェンがそのメモに目を落としたかどうかは確認しなかった。振り返らないのは、この仕事の基本だった。


 ウォードへの報告は、その夜のうちに行った。


「チェンは何かを知っている。そしてそれに圧されている。しかし語ることを拒否した」


「拒否の仕方は」


「命令による沈黙という感じではありません。もっと自発的な抑制に近い。語りたくないのではなく、語ることの意味を見出せていないような。あるいは、語っても何も変わらないと知っているような」


 ウォードは少し考えた。


「語っても何も変わらない、か」


「彼女は『あなたが想像しているようなものは、そこにはない』と言いました」


「当事者がそう言わざるを得ないほど重大なものがある、ということだ」とウォードは言った。その解釈は明快で、コールの経験則とも一致していた。秘密の当事者が追跡者に対して明示的な警告を発するのは、秘密が相当の重みを持っているときだ。軽い機密なら無視すればいい。わざわざ警告しなければならないということは、追跡者がそこに到達したとき、何かが変わるということだ。


「続行だ」とウォードは言った。「次の層に進め」


---


4


 NSCの高官。PROSPECTOR-7の秘匿体制に関与している人物。ウォードが通信パターンの分析から特定した名前は、マーカス・ドレイクだった。


 ドレイクは国家安全保障会議の科学技術安全保障担当ディレクターだった。宇宙政策、先端技術の安全保障上の評価、技術流出の防止。担当範囲は広い。NASAとの接触があること自体は職務上自然だ。だが、特定の一探査プロジェクトに対してこれほど密接かつ継続的に関与することは、通常の職務範囲を大きく超えている。ドレイクが動いているということは、この案件が科学的な発見の域を超え、国家安全保障上の事案として扱われていることを意味する。


 NSCの高官にCIAの一工作員が直接接触するのは、本来なら組織間の壁に阻まれる。だがウォードは優先度Aに見合うだけの支援を上層に要請し、正式な省庁間照会ルートが開かれた。


 ただし、照会の結果は照会自体を封殺するものだった。PROSPECTOR-7に関する情報は、通常の省庁間照会プロセスの対象外に置かれていた。この種の処理は、大統領令級の機密指定がかかっているときにしか発動されない。


 コールがその結果を報告したとき、ウォードは長い沈黙の後、静かに言った。


「大統領令級だ」


 コールにとっても、それは未踏の領域だった。十年のキャリアで扱ってきた案件の中で、この等級の機密に突き当たったことはない。小惑星の鉱物マッピングに。科学探査に。大統領令がかかっている。


「正式ルートは封じられた」とウォードは続けた。「だが、この壁の存在自体が状況を変える。小惑星の鉱物調査に大統領令級の機密指定がかかる理由は存在しない。つまり、PROSPECTOR-7は表向きの任務とは別の何かに遭遇した。それも、この国の安全保障の最上位層が動くほどの何かに」


「ドレイクに直接当たります」とコールは言った。「正式ルートが閉じている以上、この人物に到達するしかない。こちらが何を知っているかを提示すれば、管理下に置くために応じてくる可能性がある」


 ウォードは短く頷いた。承認だった。


 ドレイクの個人的な行動パターンを把握するのに四日を要した。ドレイクはフォギーボトムのアパートメントに住み、平日は行政府ビルの執務室との間をほぼ直線で往復する生活だった。週に一度、木曜日の夜にジョージタウンのイタリアンレストランで夕食をとる。常に一人だった。


 十一月の木曜日。ジョージタウンの通りはすでに暗く、街路樹の枯葉が風に転がっていた。古いレンガの建物が並ぶ通りは、ワシントンの中でも穏やかな一角だ。だがこの穏やかさの数ブロック先に、世界の安全保障を左右する判断が日々下されている場所がある。コールは店の向かいの車の中で二時間待った。ドレイクは八時過ぎに店を出た。コールは車を出て、歩道に立った。


「ドレイクさん。少しお時間をいただけますか」


 ドレイクは足を止めた。六十代前半。銀髪を短く刈り込み、コートの襟を立てている。眼鏡の奥の目は鋭かったが、どこか、チェンに見たものと通底する疲労の色があった。性質は違う。チェンのそれが内側からの消耗なら、ドレイクのそれは何かを維持し続けることの消耗だった。壊れかけているのではなく、壊れないために力を使い続けている。


 コールは身分を名乗り、これまでの調査で把握している事実を簡潔に述べた。予算の異常、データ系統の隔離、人事の異動、通信パターン、大統領令級の機密指定。チェンとの接触があったことにも触れた。


 ドレイクは歩道に立ったまま、コールの話を遮らずに聞いた。表情はほとんど動かなかった。しかし話が進むにつれて、その無表情が意図的な制御であることがコールには分かった。内側で何かが動いている。判断している。


 コールが話し終えると、ドレイクは数秒の沈黙の後、小さく息をついた。白い息が暗い歩道に溶けた。


「ここではできない話だ」


「では場所を変えましょう」


「明日の午後三時。アイゼンハワー行政府ビルの私のオフィスに来なさい。セキュリティには通しておく」


 ドレイクはそれだけ言うと、歩き去った。背中は真っ直ぐだった。


 翌日。コールはウォードに連絡を入れた後、指定された時刻にアイゼンハワー行政府ビルに向かった。ペンシルベニア通りに面した重厚な建物。セキュリティチェックは三段階で、通常のビジタープロセスとは明らかに異なる経路だった。最後のチェックポイントでは、コールの端末と通信機器がすべて預けられた。


 ドレイクのオフィスは三階の奥にあった。広くはない。窓からはホワイトハウスの西棟が見えた。ドレイクはデスクの向こうに座っていた。昨夜よりも落ち着いた表情だったが、その落ち着きは判断を終えた人間のそれだった。何かを秤にかけ、結論を出した後の静けさ。


「君の上官は優秀だ」とドレイクは言った。「あの程度の痕跡からここまでたどり着くのは、容易なことではない」


「ありがとうございます」


「そしてこの件は確かにトップシークレットだ」


 ドレイクは机の引き出しから封筒を取り出し、デスクの上に置いた。薄い封筒だった。中に入っているものの量が少ないことが、その薄さから明らかだった。コールはこれまでの調査で、分厚い機密ファイルや暗号化されたデータドライブを想像してきた。国家安全保障の最上位が動くほどの秘密だ。それに見合う量の資料があるはずだった。


「ただし――」


 ドレイクはそこで言葉を切った。一瞬、何かを言い足そうとして、やめたように見えた。いや、言い足すべき言葉を探して、見つけられなかったように見えた。ドレイクの目が一瞬、窓の外のホワイトハウスに向いた。それからコールに戻った。


 ドレイクは封筒をコールの側に押しやった。


「まず、これを読みなさい」

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