魔法
この世界に魔法なんてものは無い。
「あんたなんて産まなければ良かった」
「お母さんの子供になんてなりたくなかった」
一度口に出した言葉は、そう簡単に消せる物じゃない。
大喧嘩して家を飛び出てから二回目の冬。
元々私をシングルマザーで育ててきた母親は、過労で身体をしょっちゅう壊していた。
勿論感謝はしているのに、どうしても伝えられなかった。
母親自身もそう言うのは照れ臭い様で、そんな母の血を継いでいるのだと思っていた。
メールは繋がっていたけどお互いに酷く頑固者なせいで、家を飛び出した日の夜10時24分、熊のスタンプと「ご飯冷めるよ」を既読無視してからすぐに新しいスマホを契約して、母親に買ってもらったスマホは充電ケーブルに繋がったまま、机の上で埃を被っている。ずっと連絡は取っていない。最後に母親からのメールを確認したのは二、三ヶ月程前だろうか。
最近はバイトをして食い繋いでいる。
母親との最後の記憶は、お互い酷い言葉を浴びせあった事。
毎日死にたいくらい必死で生きている。小さな頃からのお年玉貯金を殆どはたいてボロアパートの一室を借り、家賃、光熱費、食費と、遊ぶ時間や贅沢をする余裕なんて無かった。
バイト先の客に理不尽な事で怒鳴られても、どんどん怒り返す気力なんて無くなっていった。
お母さんって凄かったんだな、と、心の中でだけは素直になれた。
それでも今更家に帰る勇気なんて無いけど。
家に帰ると、ずっと机の上に置いて埃を被っていたスマホが床に落ちていた。
なんだろうと思い手に取って確認すると、 新着の通知と留守電話が一件ずつ来ており、思わず急いで内容を確認した。
その文章はどうも母親らしく無かった。
母はいつも適当なスタンプを打ってから、短い文で要点だけ伝えるのだ。
そのメールの内容は、「お元気ですか。母です」から始まった。
それより後はちゃんと読んだ記憶は正直あまりない。
禄に荷物もまとめず、夜間から入っていた居酒屋バイトのシフトも忘れてボロアパートを飛び出し、母のいる家に走った。
新幹線やバスに揺られ二時間、1年ぶりに使う合鍵を回して玄関に入った。
一生会わないつもりだったのに、鍵ポーチには合鍵が入ったままだったし、こんなにすぐ会いに来れる距離に住んでいたのか。
「お母さん!!ごめん、私...」
「...久しぶり。彩花。お母さんって、久々に呼ばれたわ」
「...!私も名前呼ばれたの、久しぶり」
一度放った言葉は取り消せない。
魔法もこの世には無い。
それでも、二度と取り消したくない魔法みたいな言葉も。
意外と傍にあるらしい。




