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お隣さんは吸血鬼(仮)  作者: 石城群場
第2章「引きこもり吸血鬼と世界への接続」

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第20話「吸血鬼と甘党と突発イベ」

クノート「ミア、コーヒーを淹れてくれないか」

ミア「かしこまりました。エスプレッソでよろしいでしょうか」

クノート「あぁ、頼む」

 満面の笑みを浮かべながらタブレットを操作する陣の指先はせわしなく動き続けている。メニューは決めていたのだろう。しかし、指の動く回数があまりにも多い。彩夢と桜もそんな彼の様子が気になったようで、両側からタブレットの画面をのぞき込む。


「馬鹿じゃないの?」

「陣さん?」

「好きに頼んでいいって言ったじゃないですか」

「だからって、限度があるでしょ! 限度が!」

「陣さん、そのうち糖尿病になりますよ」


 怒る桜と呆れる彩夢。そんな二人のことをスルーして陣は注文を続けた。デザートばかりは陣にとってゆずれないものらしい。


「普段から運動してるのは知ってるけど、締め切りの前後はまともな生活できないんだから本当に気を付けなさいよ?」

「ですねぇ。頼んだものが並んだところを想像しただけで胃もたれしそうですよ」

「彩夢さんと桜さんがそんな反応するなんて、どんだけ頼んだのよ」

「まぁまぁ、クーちゃん。それは来てからの楽しみにしたらどうだい?」


 陣の頼んだものが気になるのか、そわそわしはじめたクオンを詩がやんわりと制す。実際に見た方がインパクトもあるだろう。


「最初だから控えめにしたつもりなんですけど……」

「えっ、あんたここからさらに追加するつもりなの?」

「そうですけど?」


 当然とばかりに言う陣を見て、桜は大きく肩を竦めた。いくら好きだといっても限度はあるだろうと。しかし、きらきらした瞳でデザートメニューを眺める陣にこれ以上強くは言えなかった。せっかくのご褒美なのだ。少しばかり羽目を外しても仕方あるまい。


「とりあえず陣さんも一旦落ち着いていただいて。追加はまぁ、いつでもできますしね」


 彩夢は陣から注文用のタブレットを取り上げると充電器に戻す。いつまでも陣に持たせているのは危険と判断したからだ。ときには心を鬼にして強制執行することも必要なのである。つらつらと特に中身もない話をしながら、注文を待つ六人は傍から見ればどう見えるのだろうか。少なくとも陣が悪目立ちすることだけは確かであった。



「お待たせいたしました~」


 しばらくして、元気なウェイトレスが料理を次々に運んでくる。大きめの牛ひき肉がふんだんに使われたボロネーゼに、これでもかと唐揚げが盛られた定食、ホワイトソースにチーズがたっぷりと乗ったグラタン、彩が美しい冷しゃぶサラダと鉄火丼のセット。そして、ハンバーグにエビフライ、グラタンが一つのプレートに乗った大人のお子様ランチ。広かったテーブルが料理で埋まっていく。ここまでなら普通の光景であった。そこから続くデザートの嵐。ガトーショコラからはじまり、レアチーズケーキ、ティラミス、フルーツとクリームがたっぷりのクレープに最後はチョコレートパフェ。


『……控えめ?』


 頭にはてなが飛び交う女性陣と並んでいくデザートたちを見てにっこにこの陣があまりにも対照的だった。


「テーブルめいいっぱいになりましたね……」


 ボロネーゼに粉チーズを振りかけながら彩夢が苦笑する。


「そんな気はしてたけどね」


 呆れながら山のように盛られた唐揚げにレモンを絞る桜。


「さすがのボクもここまでとは思わなかったな……」


 熱々のグラタンをふーふーと冷ましながら目を丸くした詩とその隣で目をごしごしと擦っているクオン。どうやらクオンは目の前の光景をまだ受け入れられてないらしい。


「ちょっと心配になる量ね」


 冷しゃぶサラダにごまだれをかけながら心配そうに陣の様子を窺う美冬。そんな女性陣の視線を気にもとめず陣は幸せそうにチョコレートパフェを口に運ぶ。彼女たちはほとんど料理に手をつけていないにも関わらず陣のパフェはすでに半分以上なかった。


「はやっ!?」


 ようやく現実を受け入れたクオンが驚愕の声を上げる。子供のように口いっぱいに頬張ってパフェを食べ続ける目の前の男を見てだ。


「ふぉうか? ……んくっ。パフェは早く食べないとアイスが溶けちゃうだろ?」

「いや、そうかもだけど!?」

「陣さんのこれは昔からですから」

「大人になっても変わらないのは当時想像してなかったけどね」


 呆れながら自分の食事を口に運ぶ彩夢と桜。彩夢はスプーンとフォークを器用に使って、パスタを小さめに巻き取り少しずつ食べている。桜は唐揚げに大きくかぶりつく。食事の仕方でも案外その人の性格がでるものだ。


「はふっ、はふっ。……ん。クーちゃんも食べたらどうだい? せっかくの料理が冷めてしまうよ」


 熱々のグラタンに苦戦しながらもちょこちょこと食べている詩がクオンを気遣う。


「そっ、そうね。冷めちゃったらもったいないし」


 じっと陣を見ていたクオンはフォークとナイフを手に取る。ハンバーグにナイフを入れると柔らかく肉汁が溢れてきた。一口サイズに切り分け、ナイフでソースを少し乗せ口に運ぶ。そんなクオンを意外そうな目で見つめる人がいた。詩である。


「ん~! 美味しい!」

「クーちゃんって、ずいぶん優雅に食べるんだね?」

「そう?」

「いや、うん。経歴からすれば、それが当然なんだろうけど。なんだろう、違和感が凄いね」

「普段の様子から忘れがちですが、クオンさんは立派な旧家のお嬢様ですからねぇ」

「赤木さん、お嬢様らしい服装はしてないけどね。今日もゆったりとしたパーカーだし」

「桜ちゃんの服装のほうがお嬢様感ありますよね。中身は別ですけど」

「喧嘩売ってる?」

「まさかぁ~」


 和気あいあいとそれぞれが食事を楽しむ中、陣はずっと無言でデザートを食べ続けている。ふと陣の方へクオンが視線を戻せば空になったパフェグラスとお皿が二枚積まれていた。残っているのはクレープとガトーショコラだけである。


「えっ!? 嘘っ! もうそんなに食べたの!?」

「どうしたんだい? クーちゃ……じんじんも魔法が使えるのかい?」


 驚いたクオンにつられるように、陣へ視線を向けた詩が目を丸くしてぱちくりと瞬きをした。陣がデザートを食べるスピードがあまりにも早い。


「こっちには見向きもせず。すっかりデザートに夢中になってますねぇ」

「こういう子どもっぽいところ、案外残ってるのよね」


 陣の様子を見つめる彩夢と桜の瞳には優しい光が灯っている。陣の過去を知っているからこそ、感慨深いのだろう。苦難と喪失のその果てに希望(ひかり)もしっかりとあった。それを感じることができるのだから。


「ってか、陣! 大人のお子様ランチ分け合うんじゃないの!? デザートばっかりに夢中になってんじゃないわよ!」

「……あぁ、つい」


 ガトーショコラを口に運ぼうとした陣をクオンがにらみつけた。クオンにとっては一大イベントにも関わらず、デザートにばかりかまけている陣に少しだけ腹がたったのである。それだけ楽しみにしていたということだ。

 陣はフォークに刺したガトーショコラの一切れを口に運び、しっかりと味わったあとクオンへ取り皿を渡した。


「少しだけ貰えるか?」

「……なんか、思ってたのと違う」


 釈然としないクオンは少し不貞腐れながらも取り皿にハンバーグとグラタンを取り分ける。そもそもデザートが並んだ時点で陣の興味はそっちへ完全に傾いてしまったのだ。ロマンスなど起こるはずもない。


「クオンさん、諦めてください。陣さんはこういう人ですから」


 クオンへ言葉をかけた彩夢の視線はやけに優しかった。いや、彩夢だけではない。女性陣全員がやけに優しい目でクオンを見ていた。出来事の規模に差はあれど、彼女たちが陣に振り回されてきたことは言うまでもない。それ以上に助けられてもきたのだが。


「彩夢さん」

「あー、はいはい。加減はしてくださいよ?」

 

 最後の一皿を食べる前に陣は追加の注文をしたいようで、彩夢へと声をかける。名前を呼ばれただけで彩夢は陣が何を欲しいのかすぐに察し、タブレットを渡したあとはしっかりと釘をさす。


「…………了解です」

「ずいぶん間があったわね?」


 タブレットを受け取った陣に桜がジト目を向けため息を吐く。また複数個デザートを頼むのは明白だった。


「せっかく取り分けてもらったんだから、そっち食べてからにしなさいよ」

「……はい」


 陣は一度タブレットを置き、クオンに取り分けてもらったハンバーグとグラタンを口に運ぶ。それをクオンはなんとなく見つめていた。同じ皿から取り分けたものを異性が口に運ぶ。家族ではない人と食事を分け合う。それがどこか気恥ずかしくて。けれど、目が離せなかった。


「どうした? オレの顔になにかついてるか?」

「いや、べっ、別に!?」

「ふーん」


 クオンのことは気にせず取り分けて貰ったものを平らげた陣はタブレットを持ち、再びデザートを注文したのだった。



 美味しい食事は会話を弾ませる。会話が弾めば時間はあっという間に過ぎていく。気づけばテーブルの上に並んでいた料理たちのほとんどは綺麗に平らげられていた。残っているのはクオンが食後のデザートに頼んだチョコレートパフェと陣が最後に追加したストロベリーパフェくらいだ。


「じんじんの珍しい姿が見られたのは僥倖だけど、胃もたれしそうだよ」


 詩がカプチーノを飲みながら眉をひそめた。


「ほんとね。甘いものはしばらく控えても大丈夫そう」


 美冬もアイスティーを飲みながら詩の言葉に頷いている。


「何度も見てますけど、何度見ても慣れませんねぇ。あれだけの量、体のどこに入るんでしょうか」


 彩夢はむむむと唸りながらカフェモカを飲む。

 

「あんたもよく甘い飲み物が飲めるわね。暴力的な量のデザートを見たくせに」


 桜は彩夢にも呆れながらカフェラテを飲んでいた。

 そんなまったりムードの大人たちなど露知らず、陣とクオンは笑顔でパフェをパクついている。陣に関してはこれで三つ目のパフェだ。よくお腹を壊さないものである。


「……じー」


 三つ目となるとさすがに食べるペースは落ちる。ゆったりとパフェを口に運ぶ陣は視線を感じた。ふと正面を見ればクオンが陣のスプーンを凝視しているのだ。


「どうした?」

「いや、そっちのパフェも美味しそうで……」

「追加するか?」

「陣じゃないんだから、食べきれないわよ!」

「パフェならいくらでも入るだろ」

「……どんな胃袋してんのよ」


 当然のように言い切った陣にクオンも呆れ顔である。いくら甘いものは別腹と言っても誰にだって限度はあるものなのだ。目の前の妖怪デザート爆食い男は別かもしれないが。


「今度来たときに頼めばいいんじゃないかい? 別に今日だけで全てを楽しむ必要はないさ」

「でも……気になる」


 陣を羨ましそうに見続けるクオンへ詩が諭すように話しかける。しかし、クオンはやっぱり気になるようで陣の持つスプーンから視線を外さない。そんな視線を浴び続けた陣は……。

 

「それなら一口いるか?」


 何気なくクオンへパフェの乗ったスプーンを差し出したのだった。

ミア「最後までお読みいただきありがとうございます」

クノート「感想も待っているぞ」

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