第9話「吸血鬼、魔女と仲良くなる?」
クノート「……なんというか、バラエティに富んでいるな」
ミア「ずいぶんと言葉を選びましたね」
陣たちが詩に招き入れられ部屋へあがろうとしたところで、美雪が何かに気づいたようでハッと声を上げた。
「私、透香ちゃんに一声かけてくるね!」
「確かにな。美雪ちゃん、頼んだ」
「うん、行ってくる!」
美雪は陣とクオンを203号室へ残し204号室に向かう。透香へ時間的な余裕ができたことを伝えるためだ。陣とクオンは詩に促され、そのまま部屋へと入る。そこでクオンは違和感に気づいた。同じアパートの部屋なのだから間取りは変わらないはずなのに、この203号室は201号室よりも広い気がする。不思議に思ったクオンは部屋の中をくるくると見回した。
「おや? いい勘してるねぇ、お嬢ちゃん」
そんなクオンの様子を見て興味深げに詩は口角を上げる。クオンが違和感を感じるのは当然なのだ。この203号室は詩の魔法によって空間が拡張されており他の部屋よりも広くなっている。もちろん大家である陣からはちゃんと許可を得てのことだ。
「この部屋はね、ボクの魔法で空間を少しばかり拡張してるんだよ。そこに気づくとはお嬢ちゃんも空間系が得意なのかな?」
「ぼっ、ボクっ娘だぁ!!」
「なんでそんなにテンション上がるのかな? じんじん、新しい住人も変わり者みたいだねぇ」
「どうやらオタクらしくてな」
「あぁ、そういうこと。なら、まぁ、納得はできるかな。改めて、ボクは歌枕詩。203号室の住人で見た目通り魔女だよ。じんじんとは何度も熱い夜を過ごした仲さ」
「誤解しか生まない発言をするな」
陣が詩を咎めるように頭をぽふっとはたく。二人にとってはこれが平常運転のようだ。しかし、クオンからすればそんな冗談交じりのやりとりだなんてわかるはずもなく。
「あっ、熱い夜って!? いっ、いったい何をしてんのよ!?」
おそらく邪な想像を働らかせたであろうクオンが顔を真っ赤にして叫んだ。そんなクオンを見て詩はにやにやと笑う。獲物は見つかったようだ。
「おやおや、お嬢ちゃん。そんなに顔を真っ赤にして。一体何を想像したのかな? ボクはじんじんと好きな作家の話で夜通し熱く語り合っただけだというのに」
「ふぇ、あぁっ、えぅっ、べっ、別に? 何も想像してませんけど!?」
「くふふっ、じんじん。新しい住人はいい子だねぇ」
「詩、そのくらいにしとけ? 嫌われても知らねぇぞ」
「おっと、それはよくない。なら今日はこのへんにしておこう。それにボク個人としては、このおませなお嬢さんが想像したであろうことをじんじんとするのもやぶさかではないのだけど?」
くすくすと笑いながら陣へとウインクを飛ばす詩。非常に様にはなっているが、陣は完全に無視を決め込んでいる。
「おやおや、じんじん。無視は良くないよ。さすがのボクだって無視されれば傷つくよ?」
「なら、無視をされないような言動を心掛けてくれ」
「善処しよう」
「それ、やらないやつの常套句だからな。……それよりクオンは自己紹介しなくていいのか?」
「あっ」
「そういえば、まだお名前も聞いてなかったね」
「えっと、あっ、赤木クオン。吸血鬼です」
「ほう? 吸血鬼か! このアパートにはいない亜人だね」
完全に詩にペースを握られていたが、陣がクオンへと助け船を出しようやく話が進みはじめた。詩はクオンが吸血鬼であることに対して大げさな反応をしたように見える。そこに陣は少し引っかかりを覚えた。
「らしくないな」
「そうかい? ボクとしては吸血鬼にとても共感できるんだよ。なにせ、吸血鬼も魔女も迫害の歴史をたどってきたからね」
詩の視線が細められ鋭さを増す。詩の言う迫害の歴史、おそらく【魔女狩り】のことを指しているのだろう。吸血鬼と魔女の共通点は起源となる土地が同じヨーロッパであることがあげられる。日本を起源とする亜人たちとは明確に違う歴史をたどっているのだ。八百万の神々が住まうとされる日本が特殊すぎるともいえるのだが。
「迫害の歴史……」
「あぁ、なるほど。そういう方針だったのか。なら、あまりボクから語るべきではないだろうね」
クオンが口ごもった様子を見て、詩は察したようだ。新しい住人はまだあまりにも幼いのだと。詩は図書館で司書として働きながら、亜人の起源となる怪異の歴史を研究している。その知的探求心が大きく騒いでしまったようだ。
空気が少し重くなりかけたところで元気な足音が響いてきた。美雪が戻ってきたのである。
「たっだいまぁー! 透香ちゃん、準備できたらL○NEで連絡くれるって!」
「おかえり……でいいのか? とりあえずお疲れ様、美雪ちゃん」
「ゆっきーはいつでも元気だねぇ。本当に雪女の血が入ってるのか不思議に思ってしまうよ」
「およ? もしかして、タイミング外した!?」
「いや、ナイスタイミングだったよ美雪ちゃん。いろんな意味で」
「さてと、いつまでもお客様を立たせているわけにはいかないね。ほら、こちらへどうぞ」
美雪が戻ってきたことで、詩は一度区切りがついたらしい。詩は陣たちをあらためてリビングへ案内すると、椅子に座るように促し人数分のコーヒーを淹れ始めた。
「じんじんはいつも通り、ミルクだけでいいよね?」
「あぁ」
「ゆっきーとクーちゃんは?」
「……クーちゃん?」
「あだ名だけど? ボクは人にあだ名をつけるのが趣味みたいなものでね。クオンだからクーちゃん。嫌かな?」
「嫌ってわけじゃないけど……その、あだ名で呼ばれたのがはじめてで。むず痒いというか」
「おや、そうなのかい。クーちゃんは友達がいなかったのかな?」
「うぐっ」
詩のストレートな物言いにクオンは胸を押さえた。事実とはときにナイフよりも鋭いものである。
「詩ちゃん、失礼だよ。それにちゃんとここにいるし! ねっ? クオンちゃん」
「美雪~! そ、そうよ!!」
「こちらに来るまではいなかったと。まさに箱入り娘ってことだね」
美雪のフォローに失礼な発言を重ねる詩。このアパートの住人からすればいつものことではあるが、クオンにとってその口撃は見事に弱点を抉ったのである。クオンは少し詩のことが苦手になった。
「それでコーヒーの件だけど、お砂糖とミルクはいるかい?」
「私は両方ちょうだい! クオンちゃんは?」
「うぅ。えっと、コーヒーはじめてだから、私も両方もらうわ」
「了解」
詩は人数分のコーヒーカップとミルクポット、角砂糖が入った小瓶をお盆に載せて持ってくる。その手つきは随分と慣れており、普段から人を招くことが多いのだろう。また、クオンは少し不思議そうにその様子を見ていた。
「クーちゃん、どうしたんだい? そんな不思議そうな顔をして?」
「いや、魔法で運んだりしないんだなぁって」
「クーちゃん、魔法はそんななんでもできる代物じゃないんだよ。制約はあるし、霊力も消費する。それに液体の入った容器を複数個同時に運ぶなんて、テレビを見ながら足の指でゲームのコントローラーを操作するのと同じくらい難しいからね?」
「その例えはよくわからないけど……霊力? 魔法なら魔力じゃないの?」
「じんじん、クーちゃんの教育はどうなってるんだい?」
「オレに聞くな」
クオンの言葉に呆れ陣へ視線を向ける詩であるが、クオンが常識知らずなのは陣のせいではないし、今にはじまったことでもないのである。
「いいかい、クーちゃん。確かにゲームやアニメなどでは魔法は魔力を使用するものだ。しかし、亜人の存在が公表された今ではそういった亜人が持つ【不思議なエネルギー】のことは全て霊力と総称するように定められているんだよ」
「へぇ~」
「まぁ、名称は統一したほうがわかりやすいからね。というか今であれば、学校の社会科の授業で習うことなんだが……」
「クオンは学校には通ってないんだよ。とんでもないお嬢様みたいでな」
「なるほどね。もしクーちゃんがよければボクが授業するけど?」
「えぇ、そのぉ……遠慮しときます」
詩の提案にクオンは明らかに嫌な顔をした。あからさますぎるがその素直さもクオンの魅力なのであろう。そんなクオンの様子を見て詩はにまぁと口を歪めた。詩のクオンに対するお気に入りポイントが上昇したらしい。
「詩ちゃんの授業は例えが独特すぎるから逆に難しいんだよね。おもしろいけど……」
「ゆっきー、独特とは失礼な。ボクなりにわかりやすく伝えているつもりなんだが?」
「詩ちゃんにはわかりやすくても私たちにはわかりにくいんだよぉ」
美雪は詩に勉強を教えてもらったことがあるようで少し眉間に皺を寄せる。詩の持つ知識は豊富なのだが、どうにも常人とはセンスが合わないらしく独特な表現に振り回されることが多いようだ。
「そうか? オレはなんとなくわかるけど」
「それは陣くんも変だからだよ」
「ゆっきー、今日は一段と言葉のナイフが鋭いじゃないか。じんじんだけじゃなくて、ボクにも今しっかり刺さったからね? ボクも人並みには傷つくんだよ?」
『えっ?』
「じんじんとゆっきーがボクのことをどう見てるかよくわかった。さながら動物園から脱走したゴリラの気分だよ」
「やっぱりよくわからない表現をするのね。ねぇ、美雪。いつもこうなの?」
「うん。だいたいこうだね」
クオンは眉をひそめながら、美雪に話しかける。美雪は普段と変わらない様子で、これが詩の平常運転であるとクオンは理解した。理解したくもなかったが。
「いやぁ、クーちゃんは素直で可愛らしいね。考えていることが全部顔に出ているよ。反応も実に豊かだし、ぜひ仲良くしてほしいものだね」
「その発言のどこに仲良くできる要素があると思ってるんだ?」
「? 何か変なところがあったかい?」
「そうだな。そういうやつだよお前は」
「そうだね。詩ちゃんはそういう人だよ。……クオンちゃん、詩ちゃんはこのアパートでもトップクラスの変人だけど、頭だけはいいから困ったら相談するのも考えておいてね」
「…………わかった」
「本当に今日のゆっきーはキレキレだねぇ。あの日かい?」
「詩ちゃん、同性でもセクハラは成立するんだよ?」
「おっと、これは失敬」
「ねぇ、陣。このアパート大丈夫なの?」
「詩を見れば心配になるのはわかるが、ここまで変わってるのは詩くらいだ。他の人たちは基本的に常識人ではある」
「いや、心配を拭いきれないんだけど!?」
クオンの叫びに陣と美雪は揃って少しだけ目を逸らした。住人のほとんどが亜人のアパートである。どの住人にも亜人的な特徴はあるし、普通の人間とは価値観も異なるのだ。どうあがいても常識人と断言はできない。
「それよりもコーヒーは飲まないのかい? 冷めてしまうよ?」
「今まで引っ搔き回してた本人がそれを言うの!?」
「うんうん、いいツッコミだね。クーちゃん。これからが楽しみだよ」
詩は自分のコーヒーを口に運んだあと両腕を胸辺りで組んで頷く。両腕を組んだことでその豊かな果実が強調されていた。そこに鋭い視線を向けたのは美雪である。美雪も年頃の女の子で若干だがコンプレックスもあるのだ。
「まぁ、コーヒーに罪はないからね。詩ちゃんが入れてくれるコーヒーは美味しいし。クオンちゃんは飲むのはじめてだから、飲みやすいように私が甘さとかミルクとか調整してもいいかな?」
「よくわからないから美雪に任せる」
「了解!」
「コーヒーに対するこだわり凄いもんな、詩」
「そうかい? 季節やその日の気分で変えているだけなんだが……」
「いや、インスタント飲まないじゃん」
「じんじん、何を言ってるんだい? あれはコーヒーじゃないよ」
「詩ちゃん。コーヒー過激派だよね」
美雪はそう言いながら、クオンの分のコーヒーにも角砂糖とミルクを入れた。マドラーで角砂糖とミルクを混ぜたあと、クオンにカップを渡す。受け取ったクオンは首を傾げた。あれだけ話をしていたにもかかわらず、カップからは湯気が上っていたからである。
「これ全然冷めてない。なんで?」
「あぁ、一番美味しい状態で飲んで欲しいからね。飲み始めるまではある一定の温度で保温しているんだよ。魔法でね」
「凄いけど、使い方が……」
「実に平和的で便利な使い方だろう?」
詩はドヤ顔で語るがクオンは少し不満そうだ。アニメや漫画、ゲームといったサブカルが好きなクオンからすれば魔法は敵を倒す、遠い場所へ移動するといったイメージが先行してしまう。日常が便利になる。それは確かに凄いことだが、クオンにはどうにもショボく思えてしまった。
「不服そうだね。いいかい、クーちゃん。ボクたち亜人はね、【化け物】なんだよ」
『……っ』
詩の真剣な表情に全員が息を飲んだ。
「どれだけ制度が充実しようが、人間と関係を深めようが、それは変わらない。包丁が人を笑顔にする料理を作るための道具になるか、人を殺める凶器になるか。それは持つもの次第なわけだ。ボクたちも同じさ。生まれ持った力を何に使うのか。それが【亜人】と【怪異】の分水嶺になる。世界平和なんてたいそうなことは言わないが、ボクの生まれ持った力は優しい使い方がしたい。ボクの手を取ってくれた人はそういう人だからね」
詩の視線が誰を捉えたのか、それは明白だった。
「……ごめんなさい」
「クーちゃん、ボクは怒ってるわけではないんだけどね。これから知っていけばいい。亜人のことも、人間のことも、世界のことも。クーちゃん――世界はキミが思っているより遥かに広いぜ」
「詩さん」
「つまり、今のキミは皮をむいたばかりの大根なんだよ!」
「……はい?」
「これからたくさんの経験をして味の染みた美味しい大根になればいいんだ!」
『……』
ドドンッとでも音が聞こえてきそうなドヤ顔とポーズを決めた詩だったが、なんとも恰好がつかない。
「包丁の例えはわかりやすかったし、いい話だったのに最後は大根。まぁ、これが詩ちゃんなんだよね」
「包丁のあれは完全に受け売りだからね。ボクとしては目からキャビアが落ちるくらいの衝撃だったのだけど、言った本人は覚えていないようだし」
呆れる美雪に詩は陣へ視線を向けながら答えた。視線の先にいる陣は身に覚えがないようで首を傾げている。言われた側は覚えていても言った側は覚えていない。よくあることである。
なんとも言えない空気が室内に満ちたそのとき、美雪のスマホから通知音が鳴った。どうやら、透香の準備ができたらしい。
「詩ちゃん、今日はありがとう! 透香ちゃんも準備できたみたいだから行ってくるね!」
「おや、もうそんなに時間が経っていたか……また、遊びにおいで。もちろん、クーちゃんも」
「ありがとうございます。詩さん、また」
透香から連絡を受けた美雪がクオンを連れて足早に203号室から出ていく。玄関を開けた先に見える空には、星たちが踊りはじめていた。おそらくこのままでは遅くなってしまうと思ったのだろう。陣も二人のあとを追うように203号室から出ようとしたが、詩が陣の右腕を引っ張り胸元へ抱え込む。バランスを崩した陣の耳元に詩は口を寄せた。
「ボクは愛人でもいいからね?」
そこには陣だけに見せる女の顔をした詩の姿があった。
「バカ言ってんじゃねぇよ……またな」
陣は拘束されていない左で詩の額にデコピンを決めると、二人のあとを追いかけた。そのとき少しだけ陣の頬が赤みを帯びていた気がする。
「う~ん、もう少し胸の穴を広くするべきかな」
陣の去っていく背中を見つめながら詩がぼそりと呟いた。たぶん、そこじゃない。
詩が外を見ると夜の帳が町を包みはじめていた。過去から届く星の光が詩の影を映す。それはまるで映写機によって映された映画のワンシーンのようだった。
ミア「最後までお読みいただきありがとうございます」
クノート「感想や評価も待っているぞ。また会おう」




