王太子だった男の末路
かつて、彼は“選ぶ側”だった。
王太子アルベルト。
未来の国王。
悪役令嬢を断罪し、物語の主人公を選んだ男。
――そのはずだった。
「……また、拒否された?」
執務室で報告を受け、アルベルトは机を叩いた。
「ヴァレンシュタイン商会は、我が国との追加取引を“すべて”停止しております」
それはつまり、薬草も、穀物も、魔道具素材も。
国を回していた血液が、完全に止まったということだ。
「なぜだ……! 条件は譲歩したはずだろう!」
「はい。しかし――」
補佐官は言葉を濁し、視線を落とした。
「“信用がありません”と」
その一言が、刃のように突き刺さる。
信用。
かつてエレノアが、彼の代わりに築いていたもの。
彼は思い出す。
書類に目を通さず署名した日々。
「君に任せるよ」と、責任を放棄した自分。
それでも彼は、まだ自分が“王太子”だと思っていた。
だから、最後の手段を選んだ。
――自ら会いに行く。
隣国。ヴァレンシュタイン商会本部。
応接室で待っていたのは、見違えるほど落ち着いた女だった。
「……エレノア」
名前を呼んでも、彼女は一切表情を変えない。
「どちら様でしょう」
その一言で、心が折れかけた。
「支援してほしい。いや、取引を再開してほしい」
頭を下げる。
かつて断罪した相手に。
「国が……もう、もたない」
沈黙。
彼女は書類を一枚、机に置いた。
「過去の記録ですわ」
そこにあったのは、彼女が王宮で処理していた案件。
赤字を黒字に変えた交渉。
貴族同士の利権調整。
財政破綻寸前だった数字。
すべて、“彼の知らないところ”で。
「……私は」
彼女は静かに言った。
「あなたの代わりに、王をしていましたの」
言い訳は許されない。
怒鳴ることも、命令することもできない。
彼は初めて理解した。
自分は、何一つ選んでいなかった。
選ばれていただけだったのだ。
「取引はしませんわ」
即答だった。
「ただし――」
希望にすがるように顔を上げると、彼女は微笑んだ。
「あなた個人に、“仕事”を差し上げます」
それは、商会の末端補佐。
給金は低く、責任だけが重い。
「拒否権は?」
「ありません。これが、あなたの現実です」
元王太子アルベルトは、震える手で契約書に署名した。
王冠はない。
特権もない。
ただ、結果を出せなければ切り捨てられる日々。
その背中を、エレノアは一度も振り返らなかった。
――断罪されたのは、彼女ではない。
物語を理解しなかった王太子こそが、
静かに、確実に、地獄へ落ちていったのだから。




