ヒロインは、物語の外で
私、マリアは“選ばれたはず”だった。
悪役令嬢エレノアが断罪され、王太子殿下が私の手を取る。
皆が祝福し、私は涙を流して幸せになる――そういう物語だと、信じていた。
けれど。
「……思っていたのと、違う」
王宮の私室は広くて、豪華で、冷たい。
誰もが丁寧だけれど、誰も本心を見せない。
殿下は忙しい。
会えば「君は優しいね」と微笑むけれど、政務の話は一切してくれない。
「エレノアがやっていた仕事は、誰が?」
何気なく尋ねた瞬間、空気が凍った。
「……それは、君が気にすることではない」
その日から、私は“何も知らされない存在”になった。
財政は悪化し、会議ではため息ばかり。
貴族令嬢たちは私を見て、微笑みながら囁く。
――あの方、何もできないのね
――そりゃそうよ、比べる相手が悪すぎたわ
比べる相手。
エレノア・ヴァレンシュタイン。
彼女は傲慢で、冷酷で、悪役だったはずなのに。
彼女がいなくなってから、国は確実に回らなくなっていた。
ある日、私は聞いてしまった。
「エレノア様がいらした頃は、こんなことは……」
「商会との交渉も、全部あの方が……」
胸が、ずしりと重くなる。
――私、勝ったんじゃなかったの?
鏡に映る私は、ドレスを着た“置物”だった。
物語の主人公だと思っていたのに、舞台装置ですらない。
その頃、噂が届く。
隣国で、女商人が成功していること。
冷静で、美しく、誰よりも自由だということ。
その名は――エレノア。
私は、初めて理解した。
悪役令嬢は、彼女じゃなかった。
何も考えず、何も選ばず、物語に甘えていた――私こそが。
「……思ってたのと、違う」
でももう、物語は書き直せない。
だって彼女は、もう振り返らないのだから。




