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38 客間

リョウの胸には、可能性が繋がったことへの希望と、ユイの案が思った以上に好意的に受け止められたことへの戸惑いがあった。


(領主一家には、ユイの提案を受けるメリットはないように思えるけど……何か、僕が知らない前提情報があるんだろうか?)


ケメルデの国民を誘拐し、労働力として販売する。

このビジネスモデルに、リョウ自身は倫理的な違和感を覚えているが、フータン族の社会では、それなりに浸透した仕組みのようにも思えた。


リョウたちの行動力に心を動かされた部分はあるにせよ、ユイへの共感だけで、敵対勢力の奴隷販売会に参加する必要があるとは考えにくい。


さらに言えば、ディアンがいることで多少軽減されてはいるものの、結婚に対する認識の違いも懸念材料だった。


リョウの知る限り、アワルの平民は一夫一妻制であり、当然ながら、ユイの年齢で結婚している者など見たことがない。


結婚の約束が、どれほどの拘束力を持つものなのかも分からない。


ディアンは「婚約者として奴隷販売会に参加することは百歩譲ってできたとしても」と言っていた。


可能性には、責任が伴う。


ユイがどれほどの覚悟を持ち、両親を奪還できる可能性がどれだけ高いとしても、その先にあるリスクを考えずにはいられない。

それが、リョウという人間だった。




三人が布団に入ると、しばらくしてガオが呟いた。


「ユイ、俺たちに先に相談してくれてもよかったんじゃないか?」


ガオ、リョウ、ユイの順に川の字で寝ているため、その言葉は必然的にリョウの耳にも届く。


「でも、リョウもガオも反対するでしょ?」


「ああ、そうかもしれないな。ガオもそうだろ?」


リョウが会話に加わる。

ガオは反射的に否定しかけたが、少し考えてから答えた。


「……ああ、俺は今でも反対だ。

ユイの父ちゃんと母ちゃんは、そうやって助けに来たユイに感謝するのか?

自分たちのせいでユイが結婚することになって、それでも助かって喜ぶのか?」


まっとうな意見だ、とリョウは思った。

リョウは子を持つ親の立場を経験したことはないが、ガオの言葉には現実味があった。


「パパとママは関係ないもん」


ユイの返答は、リョウの想定とは違っていた。


「どういうこと?」


思わず問い返す。


「ユイがパパとママに会いたいの。

別に、パパとママが今のユイに会いたくなくてもいい。

ユイが会いたいから、ユイはユイのために提案したの」


「でも、ディアンさんが言った通り、森で暮らすことになったら、それから会えない可能性もあるんじゃないか?」


「それは違うよ、リョウ。

だって、その時、ユイのパパとママは、ユイが自分でここにいるって知ってるもん。

ユイも、パパとママとお兄ちゃんが幸せに暮らしてるって知ってるし。

今までの状況とは、全然違う」


リョウは、ユイの考えの深さに息を呑んだ。


カイが言っていた通り、託児所では虚勢を張って明るく振る舞っていたのだろう。


毎晩、泣きながら自分の気持ちと向き合ってきたのだと、リョウは思う。


「ねえ、リョウ」


ユイに呼ばれ、声の向きから、こちらを見ているのが分かる。

リョウは、右に体を傾けた。


ユイと目が合う。

暗い部屋の中でも、その大きな茶色の瞳は、涙で潤んでいるように見えた。


「あっち向いてて!」


命じられるまま顔を背けると、心地よさそうに寝息を立てるガオが目に入る。


(僕が気絶してからは、きっとガオがユイを支えてくれてたんだよな)


心の中でガオを労っていると、ユイが言葉を紡いだ。


「もし、もしも、ユイが森から出られなくて、パパとママとお兄ちゃんが村で危ないことになったら……リョウが助けてくれる?」


「……」


「へへっ、リョウが答えられないのも分かってたんだ。

できるかどうか分からないもんね。

でも、実際にそうなったら、リョウが一番考えてくれるのも、ユイは知ってるんだ」


ユイは、そこで言葉を切った。


背後から、かすかに涙を啜る音が聞こえる。


「これからどうなるのかなんて誰にも分からないのに、どうしても嫌なことが思いついて、泣いちゃうの。

たぶん、カイにもいっぱい心配させちゃった……」


ユイの声は、次第に涙声になる。


リョウは背を向けたまま、静かに言った。


「約束はできない。

それぞれが全力を尽くす以外に、できることなんてないと思う。

まずは、ユイのお父さんとお母さんを助けて帰ることだ。

そのために全力を尽くす。

今日は、もう寝よう」


ユイは小さく笑い、「リョウはいつも優しいね」と言った。


期待と不安を胸に、二人は眠りについた。


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