37 突飛
円卓の中央に置かれたランプの炎が、わずかに揺れる。
その揺らめきに合わせて、それぞれの影が床の上で伸び縮みしていた。
リョウは、視線を円卓の中央に落としたまま考え続けていた。
可能性は、ことごとく潰されている。
制度、距離、時間、そして身分。
すべての制約が、ユイの両親を助けたいという真摯な願いに立ちはだかっていた。
ガオは、拳を膝の上で握りしめたまま動けない。
ディアンは、何度も口を開きかけては閉じている。
慰めの言葉が意味を持たないことを、理解しているのだろう。
チャンドラーは書き物をやめ、ただ黙って座っていた。
その隣では、トリオーノが泣き出しそうな顔で座っている。
ガオの迫力に気圧されているのか、それともユイの境遇に共感しているのか、リョウには読み取れなかった。
これまでユイは、ほとんど感情を見せていない。
小さな肩がわずかに上下しているが、泣いているわけではない。
呼吸を整えているように、リョウの目には映った。
まるで、覚悟を決めているような。
リョウは、ユイが森に同行すると言い出した時と同じ危うさを、その姿に感じる。
「……ユイ」
声をかけようとして、リョウはやめた。
ユイに正面から向き合う覚悟が、自分にあるのか。
そんな逡巡だった。
「ねえ」
ユイの声は、驚くほど落ち着いていた。
全員の視線が、自然と彼女に集まる。
「フータン族の貴族ってさ」
ユイは、ゆっくりとディアンに顔を向ける。
ディアンが、わずかに姿勢を正した。
「領主と、その血の繋がった子供と……結婚した人、だよね」
「ええ、そうよ」
ディアンの返答は、単なる事実確認だった。
ユイは、少しだけ顔を上げる。
月光が、その白い横顔を淡く照らしていた。
「じゃあ」
言葉を正確に伝えるため、一拍おく。
「結婚したら、参加できるの?」
その場の空気が、一瞬止まった。
リョウは、すぐには意味を理解できなかった。
理解できなかったというより、理解する思考が一瞬遅れた。
ガオが、思わず声をあげる。
「は?」
ディアンは、目を見開いたまま固まっている。
トリオーノは、母親とユイを交互に見て、状況を測りかねている様子だった。
チャンドラーだけが、静かにユイを見つめていた。
「ユイちゃん……?」
次に口を開いたのは、ディアンだった。
その声には、困惑が滲んでいる。
ユイは、再びディアンに目線を合わせて問いかける。
「トリオーノくんは、領主の子供なんだよね?」
「それは、そうだけど……」
「じゃあ」
ユイは、その右に視線を移す。
トリオーノが、両親に挟まれて座っていた。
「トリオーノくん、ユイと結婚してください。
ユイが……どうなるかはわからないけど、ユイのパパとママを誰にも渡さないために、協力してください」
誰もが、口を挟めた。
その言葉を、その覚悟を、止めることはできた。
ただ、誰もしなかった。
それが単なる思いつきではなく、長い沈黙の中で、ユイ自身が導き出した結論であることを、全員が感じ取っていたからだ。
「えっ?」
困惑の声をあげたのは、突如として求婚を受けることになったトリオーノだった。
ディアンがすぐに口を挟み、息子への求婚の返答を制する。
「ユイちゃん、あなたは何を言っているのか分かっているの?
ユイちゃんがトリオーノの婚約者として奴隷販売会に参加して、ご両親を買い戻すことは、百歩譲ってできたとしても、その後の人生は保証できないわ。
たとえば、これから一生、この森で暮らしていく覚悟はあるの?」
この問い自体が、ディアンがその案を現実的な選択肢として考え始めている証だった。
ユイは、即座に答える。
「あります。
パパとママを助け出した結果だったら、ユイは後悔しません」
ディアンは、選択のボールがすでにアワルの子供たちではなく、自分たち家族の手に渡っていることを理解した。
「……時間をちょうだい。
日が明けてから昼にここを出れば、奴隷販売会には参加できるはずよ。
それまで、私たち家族で話し合いの時間をとらせて」
ディアンは一度言葉を切り、ユイを見つめる。
「ユイちゃん、考え直しても私たちは責めない。
夜の間、しっかり考えてね。
それと……もし望まない結果になったとしても、恨まないでほしいわ。
その場合でも、何とかできるように、私たちも一生懸命考えるから」
そして声を張る。
「アンダル!」
ディアンの呼びかけに応じ、部屋の入口にアンダルが姿を現す。
ずっと廊下で待機していたのだろう。
リョウたち三人は、アンダルに導かれ、布団が三枚敷かれた客間に通されたのだった。
文章表現に悩んだところがあり、少し遅れての投稿になっています。
何卒よろしくお願いします。




