36 膠着
階段を登った先は、木造の屋敷の軒下に繋がっていた。
全員が地下室から出ると、すでに後ろに回り込んでいたアンダルが地下室の扉を閉める。
取っ手の付いた四角いマンホールのようなその扉は、上から重いものを置くことで、獄中の人を二重に閉じ込められる設計になっているようだ。
(月明かりが差し込んでくる時期でよかったなあ)
リョウは、目が覚めた時に何の光源もない状態だったなら、その時の自分は混乱に陥っていたかもしれないと考えた。
月明かりのおかげで落ち着いていたかと言えば、決してそうではない。
それでも、人は都合の悪い記憶を後から少しだけ書き換えてしまうものだった。
リョウたち三人は、大きな円形の座卓が中央に置かれた部屋に通された。
会議室として使われていそうな部屋だ。
外から差し込む月光が、天然木の床を淡く照らしている。
アワル出身の三人の子どもと、フータン族の三人家族が、等間隔に座卓を囲んで座った。
「まずガオとユイに伝えておきたいことがある」
リョウは言葉を選びながら話し始める。
「ユイのお父さんとお母さんは、フータン族……森人に捕まっていた場合、ケタマカンという人物が主催する奴隷販売会に出される可能性が高い」
ガオが眉をひそめる。
「なにに売りに出されるって言った?」
「奴隷販売会よ」
ディアンが静かに言葉を引き取った。
「捕まえた人たちを、働くための人として他の人に売るの」
ユイが、膝の上で指を組んだまま、ぽつりと聞いた。
「パパとママも、売られるの?」
「分からないわ」
ディアンは、はっきりと答えた後、続ける。
「ユイちゃんのパパとママは、どんな仕事をしていたの?」
「お薬屋さん。山で葉っぱを集めてた」
「……そう」
ディアンは一瞬だけ視線を落とした。
「専門的な知識があるなら、買い手が付く可能性は高いわ」
その言葉は、厳しくも告げられるべき現実だった。
「だったら、俺たちが買えばいいだろ」
ガオが声を荒げる。
「ディアンお姉さん、お金を貸してもらえませんか?」
「そういう時だけお姉さんって呼ぶのは感心しないわ」
ディアンは苦笑しながらも、首を横に振った。
「それに、それはできないの。
ケタマカンの奴隷販売会に参加できるのは、フータン族の貴族か、ケタマカンが特別に認めた他国の貴族だけよ」
「じゃあ、知り合いの貴族に頼めませんか?」
ガオが食い下がる。
「実はね」
ディアンは、ゆっくりと言った。
「私たちは貴族なの。このトンジョラン地域を治めている領主が、私の夫のチャンドラー」
息子と会話しながら書き物をしていたチャンドラーが、こちらに気付いて軽く会釈する。
「フータン族では、地域の領主と、その血縁の子孫、そしてその結婚相手だけが貴族を名乗れるわ。
だから私は貴族の一員」
ディアンは一息置いて続けた。
「でも、販売会に参加しても、ユイちゃんのパパとママの顔が分からなければ、どうにもできないの」
「僕を、奴隷候補として送り込むことはできませんか」
リョウの提案に、ディアンは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに首を振った。
「暴れるつもり?
確かにトリオーノが見た君の魔法はすごかったみたいだけど、人を二人連れて逃げ切れるとは思えないわ」
「いえ、奴隷側として接触して、合図を伝えるだけなら……」
ディアンは少し考え、チャンドラーに短く問いかける。
チャンドラーの返答は即座だった。
「販売される奴隷は、商品として検品を受けてから売りに出されるそうよ。
今から忍び込んでも、ユイちゃんのパパとママと接触できることはないわ」
リョウは、検品という言葉に、得体の知れない寒気を覚えた。
「じゃあ、助ける方法はないってことかよ」
ガオが噛み付くように言った。
「ユイに嫌な話だけ聞かせて、どこかで生きてるから安心しろって終わらせるのかよ。
それとも、ディアンさんみたいに、いつか帰って来られるって励ますのか?」
ガオは立ち上がりかけ、そこで踏みとどまった。
「ふざけんなよ……」
自分の言葉が、理不尽な八つ当たりだと分かっているのだろう。
それでも、感情は止まらなかった。
ガオの悲痛な声を最後に、円卓には長い沈黙が訪れた。




