30 石壁
ベルッセからの遠征組の帰還を控え、護衛任務に就く兵士や、最終調整を行う商人・文官たちは、アワルの北東部に集まっていた。
一方、リョウたちは南西部から脱出し、そこから最も近い森人の出現地点へ向かう計画を立てている。
書店で手に入れたニンニンの森の地図によれば、南門から南西へ一五〇〇メートルほど進んだ地点に、森人の目撃記録があった。
三人は、そこを目指していた。
アワル南西部の石壁に辿り着く。
豪農の家屋の裏手にあり、周囲から死角になる場所で、三人は立ち止まる。
「本当に、リョウの魔法でここを登れるのか……?」
ガオが呟いた。
石壁は、高さ三メートルほど。
三人の前に立ちはだかっている。
「ああ。僕の計算だと、可能なはずだ。
登る順番はガオ、ユイ、最後に僕。
壁の上には少しだけ幅があるはずだから、先に登った二人は、そこで待っててほしい」
リョウは、壁から数センチ離れた位置に、緑色のキューブを生成した。
「ガオ。ここに右足を乗せて、壁に両手をついてくれ」
作戦は単純だった。
登る人の足元に、左右交互にキューブを生成し、それを垂直に積み上げて足場にする。
この数日間、リョウは足場として十分な安定性を持つキューブの生成を目標に、集中的に練習してきた。
建築業者は、セメントの圧力に耐える魔法土の土台を作っている。
ならば、子供一人を支える足場くらい、作れるはずだ。
実際、浴場では自分自身が登る分には、問題なく実践できていた。
(……きつい!)
三十個ほどのブロックを生成した時点で、リョウは息を詰める。
ガオの足は、すでに一・五メートルほどの高さにある。
あと二、三段積めば、腕力で壁の上に届く計算だ。
だが、消耗が激しい。
(自分が登る時は、あんなに楽だったのに……!)
この方法の難しさは、ブロックを作ることだけではない。
維持し続けなければならない。
ブロックにかかる圧力を常にイメージし、反発の強さを調整し続けなければ、足場は揺れ、最悪崩れる。
リョウ自身が登る時は、体の動かし方も含めて無意識に制御できていた。
同じ脳で、塔の生成と登攀を同時に行っていたからだ。
だが、ガオの動きは違う。
動きを感知してから、対応する。
その数十分の一秒の遅れが、塔の維持に大きな負担をかけていた。
ガオの登り方が悪いわけではない。
むしろ、体幹は驚くほど安定している。
日々の訓練の成果か、生まれ持った感覚か。
ここまで揺らさずに登れる人間は、そう多くないだろう。
(よいしょ!)
振り絞るように、リョウはもう一つブロックを生成した。
ガオは新しいブロックに右足をかけ、次の瞬間、壁の上を目指して跳ぶ。
圧力に耐えきれず、魔法の維持が解けた。
「やばっ」
リョウは息を呑む。
ガオは、いつの間にか右手に持っていた木刀を壁の上部に引っ掛け、それを支点に体を捻る。
半回転。
「いててて……」
腹を少し擦りむいたようだが、ガオは壁の上に到達した。
うつ伏せのまま、こちらに指を二本立てる。
「本当に登れたぞ! リョウの魔法、すげえな!」
リョウは、ガオの明るさと運動神経に、心から感謝した。
ユイが登るのは、それほど難しくなかった。
体重が軽いことに加え、ガオが上から木刀を差し出し、掴まれるようにしてくれたのが大きい。
ユイは、直立したまま壁と同じ高さまで辿り着いた。
問題は、リョウ自身が登ろうとした時だった。
「おい、君たち! 何をしている!」
壁に向かって左側、すなわち南門の方向から、声と足音が迫る。
ガオとユイはその声に驚き、体勢を崩した。
次の瞬間、二人は揃って壁の向こう側に消えた。
こちら側には、リョウ。
向こう側には、落ちた二人。
そして、迫ってくる足音。
絶望的な状況の中で、唯一の幸運は、ガオとユイが、大怪我を負った様子ではなかったことだけだった。
本日は一話の投稿になります!
どんな話が読みたい・この部分を詳しく説明したほうがいいなどの改善案があれば、お気軽にコメントしていただきたいです。
最近学業が忙しく、執筆に多くの時間が取れないことをもどかしく思っていますが、細く長くになったとしても、絶えることなく投稿し続けます!




