29.5 炎海(カイ視点)
【ケメルデ暦三三七年五月二八日】
七歳の誕生日にもらったボールは、ガオのチャンバラから逃げるためだったけど、結局あんまり使っていない。
ここに置いてあるゲームも面白いし、リョウやランが思いつく遊びも面白い。
だから、チャンバラもボール遊びも、そんなにやらなくなった。
リョウは大体どのゲームも強い。
だから、二番目に強い俺と三番目に強いランが同じチームになる。
今日、ランと二人で考えた作戦で、いっぱいリョウに勝てたのはすごく嬉しかった。
でも、作戦をたくさん考える時間があったのは、
ユイのお兄ちゃんが、おやつの時間に運ばれてきたからだった。
血がいっぱい出ていて、すごく痛そうだった。
怪我は何とかなるらしいけど、まだ治療中だし、ユイの父ちゃんと母ちゃんも見つかっていない。
だから、ユイはしばらく俺の家に泊まることになったらしい。
俺の家は、オレンジの部屋の建物のすぐ隣にある。
オレンジの部屋で寝た方が広いのに、って思ったけど、前に母ちゃんに聞いたら、夜中は兵士さんが鍵を閉めるから入れないんだって。
なんでこんなことを考えているかって?
正直に言うと、俺はユイが苦手なんだ。
いつも元気だけど、何を考えているか分からないし、結構わがまま。
同じ家にいたらうるさそうだし、仲良くできる気がしない。
ユイは、思っていたより静かだった。
母ちゃんと同じベッドで寝るから、俺が下で寝ることになるのは嫌だったけど、
自分で言ったことだから仕方ない。
最初、母ちゃんはユイと俺が一緒に上で寝るように言ったけど、それよりはマシだ。
……ん?
ユイ、泣いてる?
母ちゃんが頭を撫でている。
ユイの父ちゃんと母ちゃんは、まだ見つかっていないらしい。
でも、いつも元気なくせに、泣くなんて弱いよな。
俺は父ちゃんがもう死んでいるから、全部は分からないけど、もし、母ちゃんと、たとえばチンハオさんとが帰ってこなかったら……
俺も、泣くかもしれない。
ユイと同じなのは嫌だから、早く寝よう。
【ケメルデ暦三三七年六月九日】
ユイは、家に来てからずっと夜に泣く。
オレンジの部屋では平気そうにしているのに。
それに、昼の元気は、前のユイの元気とは少し違う気がする。
みんな、気づいてるのかな。
ガオは、気づいてないだろうな。
リョウは、みんなのことを見てるから、多分気づいてる。
……話してみるか。
「リョウ、ユイのこと、どう思う?」
「どう思うって? 元気に振る舞ってて偉いなって思うけど」
「そう見えるよな。夜中、急に泣くことがあるんだ。
リョウは、どうすればいいと思う?」
「正直、どうもできないよ。
お父さんとお母さんを探すのは兵士の仕事だし、
お兄さんを治すのはロウシンさんたちの仕事だし」
「……だよな。
リョウがどうにもできないなら、俺には無理だな。
何か思いついたら教えてくれよ」
「分かった。考えとく」
【ケメルデ暦三三七年六月二四日】
「考えとく」って言ってたけど、
森に行くって、そういう意味かよ。
しかも、ガオとユイも一緒らしい。
森の中にいる「もりびと」に協力してもらうって言うけど、そんな人がいるなら、どうして兵士さんたちは見つけられてないんだ。
もし、ユイの父ちゃんと母ちゃんが死んでたらどうする?
兄ちゃんは早く見つかったのに、あんなに血が出てたんだ。
父ちゃんと母ちゃんが死んでるのを見たら、
ユイは、すごく悲しむと思う。
そうなった時、リョウはともかく、
ガオが何とかできるとは思えない。
そう思って昨日まで反対してたけど、ユイは行く気満々だ。
本人が行くなら、俺は止められない。
父ちゃんも母ちゃんもいなくなった気持ちは、俺には分かってあげられないから。
だから、三人に協力することにした。
ランはノリノリだけど、俺の母ちゃんはしっかりしてる。
気を引くのは、かなり難しいと思う。
失敗する可能性は高いんじゃないかな。
ランは頭がいいと思ってたのに、こんな作戦にのって家のお金を盗むなんて馬鹿だ。
母ちゃんが、ユイやガオが出ていくのを見逃すことなんて絶対にない。
だからこそ俺は、「絶対にない」ことをしないといけない。
【ケメルデ暦三三七年六月二五日】
母ちゃんがリョウを見つけて、外に出ていく。
リョウの叫び声は聞こえなかった。
作戦は決行だ。
昨日、キッチンから火をつける道具をこっそり持ってきた。
油を染み込ませた紙を、お絵描き用の紙の束に乗せる。
火をつける。
力がいる。
……ふん。
火花が散って、燃え移った。
思ったより、勢いよく燃える。
本当の火事になれば、三人は逃げられる。
でも、俺はすごく怒られる。
ランが、驚いた顔をしている。
もっと上手いやり方があったかもしれない。
相談しておけばよかった。
でも、みんな色々考えてたから、俺が邪魔しちゃいけないと思ったんだ。
だから、俺にはこれしか思いつかなかった。
叫ぶ。
「火事だー!!」
母ちゃんがこっちを見て、
上着を脱ぎながら走ってくる。
怒られるんだろうな。
ガオとユイは、抜け出せたみたいだ。
よかった。
母ちゃん、悪い子でごめん。
火は止まらずに、いつの間にかテーブルや棚に燃え移っている。
母ちゃんは誰かを呼びに行った。
俺とランは、
オレンジの部屋の隅で、
どんどん燃え広がる火を眺めていた。




