28 硬貨
「父さんはベルッセについていくことになってるから、帰りは母さんのお迎えな。リョウ、この前ベルッセのお菓子食べたんだろ? どうだった?」
「大福ってやつのこと? 甘くて美味しかったけど、それがどうしたの?」
「父さんが仕事を頑張れたら、これからもいっぱい壁の外からお店が来るようになって、珍しいものも食べられるようになったり、お肉とかお野菜も安くなったりするんだよ。
リョウが大福をまた食べられるように、父さんはお仕事を頑張ってるんだ」
「それは嬉しいな。ユイも喜びそう。そういえば、カレーはどうだったの?」
「あ、ああ、カレーな」
チョウガンは、ユイの名前を聞いて、ほんの一瞬だけ動揺したような反応を見せた。
「結局、料理人もベルッセから来ていたから、逆にうちの兵士たちが教わっていたよ。父さんの勉強も意味なかったな」
そう言って、チョウガンは笑う。
リョウも、それに合わせるようににこやかに返した。
「いや、めっちゃ辛かったけど、あれはあれで美味しかったと思うよ。
あ、シャオユーさんとカイだ! またね! お土産楽しみにしてる!」
リョウは言い切ると、そのまま走り出した。
父親は、恐らく捜索打ち切りに関して知っている。
胸の奥に生まれたほんの小さな失望を振り切るように、リョウは全速力で走り、その勢いのままカイの頭に軽くチョップを落とした。
「カイ、今日は早いな! やっぱりタオちゃんが帰っちゃうのが寂しいか〜?」
「あ、ああ」
カイは強張った表情筋を、無理やり解きほぐすように笑ってみせる。
同じ家で暮らすことになってから、カイはユイのことを気にかけ続けていた。
リョウの計画を聞いたときも、カイはユイの同行に難色を示していた。
それでも、ユイの覚悟を感じ取ると、その覚悟を支える側に回り、計画への協力を約束したのだ。
今日は、カイにとっても勝負の日だった。
オレンジの部屋には、すでにランとユイがいた。
「これ、リョウに渡せばいい?」
ランが紙袋の中を少し開いて見せる。
普段は積み木を持ち込むために使っている袋だが、今日は袋の底に、鈍く光るものが覗いていた。
一万ディストリー硬貨が三枚。
積み木に隠されるようにして、袋の中に入れられている。
リョウは硬貨を受け取り、履いているズボンのポケットに入れた。
ずっしりとした重み。
それはケメルデ王国で二番目に価値の高い硬貨であり、直径は十センチほどもある。
ケメルデ王国では、ディストリーという通貨単位が用いられており、十進法で一ディストリーから十万ディストリーまで、六種類の硬貨が存在する。
リョウは以前、一ディストリーがどれほどの価値を持つのか、正確に把握しようと試みたことがある。
例えば、兵舎の近くにある店では、干し肉と数枚の葉物野菜を挟んだ、サンドウィッチのような軽食が、一つ一五〇ディストリーでテイクアウトできる。
一方で、大通りに面した生鮮食品店では、最も安い猪肉が百グラム一二〇〇ディストリーほどで売られている。
需要と供給によって価格が決まる以上、数値は地域によって大きく変動する。
その事実に行き着いたリョウは、諦めて「一ディストリーは一円程度」と仮定し、その換算で物価を考えることにしていた。
チョウガンが購入した『ゼロから作るスパイスカレー』は、三五〇〇ディストリー。
せいぜい二十ページの本にしては高いんじゃないかと感じたため、その金額を、リョウは正確に覚えている。
昨晩、リョウは本の相場をランに共有していなかったと気付き、胸の奥がひやりとした。
金額が少なすぎれば本は買えない。
多すぎれば荷物になるし、何よりランの盗みが露見する可能性が高まる。
それでもランは、結果として、リョウの感覚で三万円前後に相当する金額を、自宅の金庫から持ち出してきたことになる。
絶妙な線を突く判断ができる、賢い女の子だった。
午前十時を回った頃、リョウは行動を起こす。
「シャオユーさん。父さんが取り寄せてもらっていた本を、中央の本屋に受け取りに行ってきてもいいですか?」
「え、中央? 一人で行くの?」
「何度も行ってますし、道に迷うことはないと思います。おやつの時間までには戻ります」
「本当に一人で受け取れる?」
「父さんからお金も預かってます」
リョウは堂々とポケットを叩いた。
金属が擦れる音が鳴る。それはもちろん、ランが持ち出した一万ディストリー硬貨の音だ。
「お父さんが了解してるならいいわ。気をつけてね」
リョウは深く頷くと、堂々と託児所を出た。
中央と南部を結ぶ大通りを、北へ。
(ランのお金のおかげで助かった。
もう少し完璧な言い訳を考えられたらよかったけど……)
視界の先に、中央広場が見えてくる。
目的地「アワル書店」は、もうすぐそこだった。




