19 分岐
次の日、リョウはチョウガンに連れられて家を出た。
いつもより早い時間だ。
託児所の前に出てきたシャオユーとチョウガンが二言三言交わし、そのまま角を曲がって練兵場へ向かう。
リョウは黙って後をついていった。
(昨日の今日だけど……何があるんだろう?)
朝が早いため、兵士たちの訓練の声もまばらだ。
受付でカードを見せ、今度は左へ進む。
「第一訓練室」と書かれた扉をチョウガンが開くと、中にはガオと訓練服姿の男がいた。
黒いジャージのような服を着たその男が、ガオの父親、ジンなのだろう。
(そういえば、勝負の約束をしてたんだっけ)
第一訓練室は、小さめの体育館のような空間だった。
チョウガンとガオが中央で木剣を構え、向かい合う。
ジンとリョウは、試合の主審が立つような位置で、壁にもたれる。
「ジンさんはガオのお父さんですよね。槍使いなんですか?」
「チョウガンさんに聞いたのか? 確かに槍も使うけど、剣も同じくらいかな。
ガオはリョウくんのことを賢いってよく言ってるけど、武術はやったりしないのかい?」
(父さん、嵌めたんだな……そういう意味だったのか)
本来、槍は集団戦向きの武器だ。
機動力のある軽装歩兵と、重装備で突撃する槍兵が正面からぶつかれば、槍が有利になる。
圧倒的な実力差がない限り、剣が槍に勝つのは難しい。
チョウガンの発言は嘘ではないが、真意を伏せた言い方だったのは間違いない。
「ガオと模擬戦をすることはありますけど……ガオの方が背も高いし力も強くて、あまり勝てないんです。
大きくなって、父さんくらい背が高くなったら、剣術も習ってみたいです」
リョウは嘘をついた。
魔法に出会うまでは、託児所の庭で普通に遊んでいた。
だが七歳の誕生日以来、暇さえあれば魔法のことを考えている。
父を尊敬はしている。
だが、自分の命を賭けて働く兵士になりたいとは、どうしても思えなかった。
どちらかといえば、母のように頭脳を活かして働く方が性に合っている。
(魔法を研究して、お金が貰えたら一番いいんだけどな)
そういう意味でも、会ったことのないホウファレンに、リョウは小さな嫉妬を抱いていたのだった。
チョウガンはガオの剣を丁寧に受け、捌く。
大きな隙が生まれた時だけ、ゆっくりと踏み込み、首筋に剣を添えた。
将棋の指導対局のようだ、とリョウは思った。
傍から見ても分かるほど、二人には力量差がある。
ガオは一度負けるごとに原因を尋ね、チョウガンは成長を見越して助言を与える。
次の勝負では、その助言を意識した動きを見せ、時にバランスを崩しながらも挑み続ける。
その光景は、まるで本当の親子のように見える。
リョウの胸に、かすかな痛みが走った。
チョウガンとジンは、そのまま仕事へ向かうらしい。
リョウはガオと二人で託児所へ戻る。
「ガオは、どうして兵士になりたいんだ?」
「どうしてって……かっこいいからに決まってるだろ」
「どんなところが?」
「ずっと訓練してるところ。街のみんなのために、壁の外の悪いやつを倒しに行くんだ。
そのためには、ずっと鍛えなきゃいけないだろ?
昨日まで知らなかったけど、あんな魔物がいるなら、なおさらだ」
「……魔物を倒せるようになりたいんだな」
「当たり前だろ。俺は街のみんなを守るんだからな!」
「……」
リョウは、何も答えられなかった。
帰りは、チョウガンが仕事終わりに迎えに来た。
「どうしてその服なの?」
チョウガンは、見慣れない襟付きのシャツを着ていた。
木綿の布に、赤や青紫の花が鮮やかに染められている。
(料亭の座布団みたいな絵柄だ)
「近々、隣の街から兵士団が来るんだ。偉い人が前乗りでな。今日は村長も含めた会議があってさ」
「会議に出たの? 父さんって偉いの?」
「うーん……出張が多いだろ? その関係で、担当みたいなもんになってるんだ」
「ふーん」
(礼服みたいなものかな……)
リョウは、それ以上聞かなかった。
人が誤魔化していることを、無理に暴いても良い結果にはならない。
利益相反の関係にないなら尚更だ。
「なあ、中央に寄りたい店があるんだけど、いいか?」
「うん、行きたい!」
リョウは、初めて向かう中央区域に、少しだけ胸を躍らせた。




