17 魔弓
一度に受け取った情報の量が多すぎて、リョウは混乱していた。
(こんな状況、聞きたいことしかないに決まってるじゃん)
冷静に見れば、目の前で動かなくなった生き物は、魔物辞典に載っていた魔イノシシに似ている。
図鑑では毛並みは茶色だった気がするが、魔物にも個体差があるのだろう。
それよりも、気になることが多すぎた。
どうして魔物を放ったのか。
どうやって突進する魔物に命中させ、しかも当たった後に消える矢を制御しているのか。
苗字があるということは貴族なのか。
少佐とはどれほど偉いのか。
なぜあんな奇妙な服装をしているのか。
その疑問の一つを、リョウの父であるチョウガンが呆れたように代弁した。
「どうして魔物を放った? 子供たちが怪我でもしたら、責任を取れるのか?」
ガイは本当に理解できないといった表情で、肩をすくめた。
「怪我なんかさせるわけないじゃないか。私がいるんだから。むしろ、君には邪魔されたくらいだろ」
「邪魔……だと?」
「邪魔だったさ。君が間に入らなければ、魔猪はぶつかる直前で跳び上がるように誘導していたんだ。その方が、魔物の脅威をより感じられただろ?
君のせいで、予定より早く弓を放つ必要が生まれたんだ」
今度はガイが、呆れたように首を振った。
初対面のリョウには、ガイの言葉が本気なのか冗談なのか判別できない。
ただし、自分の腕に絶対の自信を持っていることだけは、はっきりと伝わってきた。
「なあ、少年。せっかくのデモンストレーションだったのに、チョウガンの背中しか見えなかっただろ?」
ガイの視線の先にいたのは、ガオだった。
「俺、びっくりして目つぶっちゃって……正直、何が起きたのか全然……。あの黒い魔物? は、お兄さんが倒したんですか?」
「ほらな、チョウガン。彼は見えていなかったようだ」
そう言うと、ガイは天に向けて弦のない弓を構える。
次の瞬間、先ほどと同じ薄緑色の矢と弦が、魔法によって形作られた。
「こういうことだ」
矢は放たれ、数十メートル上空まで打ち上がる。
頂点に達し、少し落下したところで、霧が散るように消えた。
「これが私の魔法だ。ロウシンの土魔法は見たのだろう?
私は土魔法で弦と矢を生成し、放つ、魔法弓師だ」
再びガオに向き直り、ガイは続ける。
「これが魔法でできることの一例だ。そして、あれが魔物。魔法の力で牙を強化したイノシシだ。
壁の外には、ああいうのがいくらでもいる。むしろ、あいつは弱い部類だな。
他に質問はあるかい? なければ、壁の外の魔物について詳しく話そうと思うが」
リョウは、おずおずと手を挙げた。
「苗字があるってことは……ガイユエンロウさんは、偉い人なんですか?」
「ああ、よく勉強している」
ガイは頷いた。
「ガイさんでいいよ。呼びにくい名前なのは自覚しているからね。
確かに私は貴族の家に生まれた。でも兄や姉が多くてね。正直、貴族らしい暮らしとは縁がなかった。
ここまで来て兵士をやるくらいしか、やることもなかったし」
「なるほど……」
(貴族の家でも、いろいろあるんだな)
その時、意を決したようにユイが口を開いた。
「ガイさん。ニンニンの森には、どういう魔物がいるんですか?」
声も表情も硬い。
「うん。君がユイちゃんだね。じゃあ、ニンニンの森を中心に話そうか。
正直に言って、あの森の魔物はかなり強い。
魔ウサギ、魔イノシシ、角を強化した魔シカ、魔法の針を飛ばす魔ハリネズミ……。
厄介なのは、空を飛ぶ魔物だ。狩りの瞬間だけ、爪を魔法で伸ばす猛禽類が一番面倒だね」
一息置いて、続ける。
「それと、森の中で暮らす人型の生物もいる。アワルでは森人と呼ばれている。
奥地に行かない限り、滅多に会うことはないがね」
「じゃあ……お父さんとお母さんは……」
ユイの目に、涙がにじむ。
「ああ。レンユさんとユエンさんは、まだ見つかっていない。
でも、気休めかもしれないが……レンユさんは薬草集めの家に生まれ、経験も長い。
魔物の習性についても、兵士並みの知識はあるはずだ。
私たちは、どこかで生き延びていると信じて捜索を続けている」
ガイは、真剣な表情でそう答えた。
「魔物については、こんなところだ。
矛盾するようだが、壁の外は危険だ。絶対に出てはいけない。
ユンくんが無事だったのは、奇跡と言っていい。見つけたチンハオに感謝だな」
「へへへ……」
チンハオは照れたように頭をかいた。
「さて。じゃあ、次は魔法の解説に移ろうか」




