14 辞典
話が一通り終わると、リョウはベッドに腰掛け、魔物辞典を広げた。
リョウの両親はテーブルを挟んで向かい合い、書類仕事を進めている。
リョウは兵士と役人だからハードワークなのは仕方ないかと思っていたのだが、託児所から家に帰る途中で、飲み歩いている様子の兵士とすれ違う経験を重ねていくと、自身の両親が仕事を引き受けすぎなのではないかと感じるようになっていた。
チョウガンは今年で三十歳、リンはその二つ下だ。少なくとも七年前には長期任務を任され、チンハオを部下として持っていたはずのチョウガンは、かなり出世の早い方だと感じられる。
官僚や役人、兵士といった国家公務員になるためには、ケメルデ王国が認可した学園に十歳から十五歳まで六年間通い、さらにその職種に応じ、専門性を高めた学院に三年間通う必要がある。
チョウガンとリンは王都の公務員養成学校に六年間通い、チョウガンは南部にある兵士育成のための学院、リンはそのまま王都の官僚養成のための学院に通ったらしい。
当時面識はなかったそうだが、同じ校舎に通っている時期があったことで、共通の教員の話題で盛り上がっているのをリョウは聞いたことがある。
細かい地名は分からないが、リンの実家は王都にあり、リョウの祖父母もそこで暮らしているらしい。
チョウガンに関しては、父母の話をするのを見たことがないので、リョウは勝手に既に亡くなっているか、縁を切っていて連絡がつかないのだと予想している。
そもそも、アワルに一家が揃っている家庭は珍しい。
前線に近い開拓村であり、盗賊やスパイによる治安的な問題があるからだとリョウは教わっていたし、その理由に納得をしていた。
しかし、魔物の存在を知った今では、それが理由の一部ではあるだろうが、全部ではないことがわかる。
つまり、壁外には魔物がいて、兵士が定期的に出張して討伐を行なわないと危険な地域だからだということだろう。
魔物図鑑の表紙には、緑色のツノの生えたウサギのイラストが描かれている。
託児所で最初に与えられた人工土のラトルの意匠は、制作会社のイメージキャラクターなどの架空の生物ではなく、実在の魔物を元にしていたようだ。
目次を開くと、最初の章に魔物の歴史を解説するページがあった。
そのページによると、「魔物」とは、魔法を使う生物を、他の生物と区別するために便宜的につけられた名称であり、同じ生物の中でも魔法を使うものと使わないものがいる場合もあれば、魔法を使うことを前提として進化した場合もあると言うことだ。
前者を低位、後者を高位と呼ぶことが通例で、低位魔物は「ウサギ→魔ウサギ」、高位魔物は「ユニコーン」が例として挙げられていた。
(日本で知られているものと結構近いんだなあ。ワイバーンとかのページもあるし)
現在主流となっている学説では、魔法を使わない生物が魔法を手に入れ、魔法に適応する過程で高位魔物に進化したと言うのが通説になっているそうだ。
その学説を補強する資料として、今から十年前にあたるケメルデ暦三二七年の国立魔法生物研究院の研究結果がイラスト付きで紹介されている。
長い間高位魔物として認識されてきたスライムだったが、コロニー化した微生物が変質した魔法土をまとったものであるということが判明したため、低位魔物に分類されるべきではないかというレポートが出されたのだ。
『現在は色とりどりなスライムの秘密や、その他の高位魔物の進化の経緯を辿ろうという研究が盛んに行われている。』というのがこのページの末文であった。
初学者や兵士向けの実用的な参考書らしく、その後数ページに渡って魔物研究の歴史や魔法の使用用途による低位魔物の分類などの解説が簡潔に紹介された後は、実際の魔物を個別に解説するページが続く。
見開きの左側に魔物全身のイラスト、右側に各部分のアップやその解説が載っていると言う構成である。
その解説の中には、魔法に関する用語が繰り返し出てくるため、リョウは辞典を熟読する前に雑誌を読むことにした。
雑誌のタイトルは、『月刊 魔法と生きる 六月号』だった。
この世界でも時間や距離の単位は地球の標準単位と同じものが使われている。
リョウは生まれた時、言葉が日本語に聞こえる経験をした。
当時は(日本語ではないが、なぜか理解できる)という認識だったが、現在のリョウは自然とその言語に適応しており、実際にリョウが発話しているのも周囲と同じ言語だ。
逆に今リョウを日本語の環境に放り込むと、数日間は違和感を感じるだろう。
ただし、単位系に関しては自然に理解できているというわけではなく、本当に地球のものと全く同じものが使われている。
カレンダーに関しても太陽暦が使用されており、リョウの誕生日は五月二十八日だ。
この雑誌も発行日は五月二十八日となっており、リョウと同じ日に生まれたことになる。
日本の雑誌のように発刊日と何月号かが大きく乖離することはなく、六月号は六月中に読むために発行されているようだ。
この雑誌には、『初心者のための魔法絶対成功ガイド』という特集が組まれていた。
魔法を生計を立てるための手段として活用している三人へのインタビュー記事で、魔法を初めて発動させた時のイメージや、実用的な魔法を学んだ方法などが紹介されていた。
インタビュー記事で一番最初にリョウの目を引いたのが、インタビューを受けている国立魔法学園の教員の名前である。
ホウファレン・クラシーク。
リョウがリョウとして生まれてから目にすることのなかった、苗字らしきものが存在していたのだ。




