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【諦観】

 アリシアが記憶を取り戻したあの日から五年が過ぎ、この国の貴族が皆入学することを義務付けられている貴族院へ通う年齢となっていた。

 貴族院という名前のまなびや。貴族の子女が通うその学院は、法律や学識はもちろん、貴族であれば誰でも持つ魔力の扱いなども学ぶこととなる。

 前の人生では貴族院の籍はあったものの、教会での仕事が忙しくほとんど通うことができなかったアリシア。

 今回の人生では、教会の聖女にさせられることもなく、そして国選の聖女職をも固辞したアリシア。聖女という肩書きがルイスの婚約者に選ばれる理由であった過去とは違い、今世ではまだ誰とも正式な婚約は結んでいなかった。


 アリシアの魔力、その加護の多さは貴族の間では知れ渡っていたせいか、聖女庁などからのスカウトも後を経たないほどではあったけれど、それでもそれを公爵家の権力をもって固辞し続けたのだった。

 当然のように婚約の打診も数多くの貴族からもたらされていた。

 しかし、それらも全てケムに巻くように逃げていた。

 いや、父ライエルに、「アリシアにはまだ早い」と言わせてやんわり断らせていたと言ったらいいか。

 正面から断りを入れると角が立つ場面でも「あの子はまだ幼いから、婚約なんてまだまだ考えていませんよ」とライエルが言えば、それでもと押し切ってくる者もいない。

 せいぜい、子煩悩な父公爵、といった評判が立つだけだった。


 それでも実は王家からは何度もルイス王子との婚約をとつつかれていた。

 ルイス自身が直接アリシアに言い寄ってくるわけでなく、周りから絡めてで打診がくる。

「まあ、ライエル公爵には絶対に了承しないようにって言ってあるのよね?」

「ええ、だってルイスだけはダメよ。わたくしはルイスとマリサの恋を応援しなきゃなんだもの。ここで婚約してしまったら、前と同じだわ。それは嫌だから」

 王命が出てしまったら断るのも難しい。でも、今はまだそんな気配はなかった。

 ルイスの立太子が済んでしまえば、もしその頃まで彼に婚約者が決まらなかった場合は、王家サイドも本気になるかもしれない。

「なら、その前にあなたが相手を決めてしまえばいいんだわ」

「わたくしが? 相手を?」

「だって、それが一番全て丸く治る方法じゃなくて?」

「それは、そうかもしれないけど……」

「学院にはよさそうな方はいないの?」

「うーん。まだ十歳よ、子供だわ」

「先輩だったらもう十五歳の方もいるでしょう? あ、そうそう、バッケンバウワー公爵家のルドルフか弟のクリストなんかどう? どちらも性格はよさそうよ」

「だって、ルドルフは……」

 前回、クリストがマリサの婚約者として選ばれていたけれど、ルドルフの方といえばアリシアが悪役令嬢だった世界で最後アリシアを手にかけた張本人だった。

 マリサに毒を盛ったと断罪されたアリシア。

 そのアリシアを拘束し連行したのがルイスの右腕だったルドルフだった。

 そして。牢に繋がれる直前、逃げ出そうとしたアリシアを……。


 剣で切り殺した張本人がルドルフだったのだ。




 上位の貴族ともなれば、多少の差はあれ血縁関係で結ばれているものだ。

 ブランドー公爵家とバッケンバウワー公爵家にも、過去に何度も政略的に婚姻を結んでいたりする。実際アリシアの母フランソワと現バッケンバウワー公爵はいとこに当たる。フランソワの父、前ブランドー公爵の妹がバッケンバウワーに嫁ぎ、その子が現バッケンバウワー公爵であるライオネス・バッケンバウワーであった。

 そういった家同士のつながりもあって、アリシアと同い年のルドルフや、マリサと同い年のクリストとも、アリシアがまだ貴族院に上がる前から交流があった。


「まあルドルフは嫡子だから色々と難しいのかもしれないけれど、それでも過去に無い話でもないわ。貴族の嫡子同士の婚姻で、次代のことはその子世代で考えるのもありよね。なんならあなたが二人産んで、どちらかをバッケンバウワー家どちらかをブランドー家の後継にしてもいいのだから」


「そんな先のこと……」


「だからね、ルイスと結婚したくないならないで、それ相応の地位の男性があなたの婚約者には求められてしまうのじゃ無いかしら? あなたがブランドー家を捨ててしまうっていうのなら、こんなことは考えなくてもいいんだけど」


「だけど、だからって……」


「ん? 物語の悪役令嬢だった時のことを考えているの? だって、それはあなたじゃ無いでしょう? あなたが悪役令嬢で、断罪された時の相手全てと関わらない、って、そんなのは無理よ?」


 ミーナのいう通り。

 アリシアには自分が悪役令嬢だっただなんて記憶があるわけではない。

 あれはこの世界に転生するその前の世界、アリシアではなかった時に読んだお話のストーリー、だったはず。


「そうね。悪役令嬢だったアリシアは、結局この世界全てを憎み、恨んで死んでいったのだもの。前回の人生のわたくしよりも、敵対していた人は多かったはずだわ……」


「でしょう? だからあなたが気にしすぎちゃダメよ。前回の人生でだってルドルフやクリストと何かあったわけじゃ無いでしょう?」



 覚えているのは常にいらつくような表情を見せるルドルフ。

 何か、決定的な出来事があったわけではなかったけれど、気がつくと嫌われていた。

 当然、こちらから気安く声をかけるなんてまねもできず、向こうもそうなのか、何か話しかけられた記憶もなかった。


「まあ。たぶんだめよ。わたくし、彼には嫌われてるもの」


「そう?」


「相性、悪いのよきっと。しょうがないわ」


 アリシアはそういうとかぶりをふって。


「学院はね……わたくし前回の人生ではほとんど通うことができなかったから、楽しいのよ」


 そうしみじみと語った。

 ウィルヘルムのミーナは言葉は返さずただ微笑み見守ってくれ。それがアリシアには嬉しかった。

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