【遊戯】
「おねえさまといっしょにお出かけできて嬉しいです」
素直な笑顔でそういうマリサ。
アリシアと一緒の馬車に乗って離宮の薔薇園に向かっていた。
「ねえ、マリサさん。お母さまがご一緒じゃなくて寂しく無いですか?」
アリシアがマリサを離宮行きに誘った際、てっきりついて来るだろうと思っていたマリアンヌは今日は留守番するという。
「私が王宮行きなんて恐れ多くて……」
と、侍女に漏らしていたという話はミーナが聞き出してきていた。
つい先日まで平民だったのだ。そういう気持ちになっても仕方がない。アリシアはそう納得したのだったが、それでもマリサは……。
(かわいそう。この歳で母親がついていないだなんて、随分と心細いだろうに)
と、そんなふうに思ってしまった。
この子が前回の人生で自分を死に追いやったのは、事実だ。
決して忘れることはできない。
理不尽に死ななければいけなかったあの仕打ち。その悔しさも、情けなさも、そして、悲しさも、絶対に忘れちゃいけないのだとも強く思っている。
仕返しに、ただ殺すだけでは飽き足らない。あの時はたしかにそう思ったのだ。
それでも。
この目の前の幼いあどけない姿が、あの時の妹マリサと繋がらない。
「マリサはおねえさまとご一緒だから寂しくなんかないです。おかあさまが一緒じゃ無くても、大丈夫です。ううん、おねえさまとご一緒できてほんとうに嬉しいです」
満面の笑みでそう答えるマリサの瞳が、キラキラと輝いてみえる。
アリシアの口調を真似るようにしながら辿々しくしゃべるその声。その言葉は嘘には聞こえない。本心からアリシアを慕ってくれているのがわかる。それがアリシアにはよくわからなかった。
(どうして? どうしてこの子はこんなにもわたくしを慕ってくれるの? 前回の人生で、あんなにわたくしを馬鹿にして意地悪していたマリサがどうして? 物語のヒロインだった時のマリサだって、アリシアを慕う描写なんかどこにもなかったわ。なのに、どうして……)
どうしてもそこがわからなかった。
馬車の中にはアリシアとマリサ、そして侍女として付き従っているのがミーナとマリサ付きのエレナの四人だけった。
周囲には護衛はもちろんついていたけれど、基本的にこのメンバーの中ではアリシアがリーダーにならなければ、という自負もあった。
その分、とくにマリサの様子についても注視していたのだったけれど。
(この子のこの天真爛漫さは、本物だわ……)
それはもう、疑いようが無かった。
「ふむ。アリシアの妹とな」
「はい。妹のマリサでございます。おみしりおきくださいませ」
「マリサです。よろしくおねがいします」
薔薇園にはアリシアを待ち構えるようにルイスがいた。
今日、ここに来ることは前もってレティシア様には伝えてあったけれど、それを聞いたのだろうか。そう不思議に思いつつもアリシアは、これ幸いにとマリサをルイスに紹介する。
なんにしても、今の二人がストーリー通り真実の愛とやらで愛し合ってくれればいい。
そう考えて。
それに、この二人が仲良くなってくれれば、必要以上に自分が関わらなくても済む。そんな思惑もあった。
いくら演技だとしても、いくら今の姿が前回のあの時の彼らと結び付かなかったとしても、それでもあの時の彼らを許したわけでは無かったから。
アリシアはそんな自分の中にある感情に押しつぶされてしまいそうで、怖かった。
だから、必要以上には関わりたくない、そんな気持ちでいたのにも関わらず、マリサは慕ってくるしルイスだって何を考えているのかはわからないけれど自分がここにくる時にはほぼほぼ先回りして待っていたりする。
(かといって、引きこもってしまったら前回と同じ、難しいわ)
「わたくしは、アリシア・ブランドーですのよ」
と、そう叫びたくなるのを抑え小声で呟く。
「あなたがストレスを溜めちゃうのはあまり良いことじゃないわね。うーん。ちょっと目を瞑ってみて」
わたくしの心の叫びを感じ取ったのか、ミーナが耳元でそう囁いた。
言われる通りに目を瞑るアリシア。
(ミーナだけだから。わたくしが心を許せるのは……)
「それもどうかと思うんだけどね」
心を読んだかのように、ミーナが囁く。
「さあ。目を開けていいわ」
ミーナのその声に、ゆっくりと瞼を開く。
そこには。
子供同士で遊戯にいそしむルイス、マリサ、そしてアリシア自身の背中が見える。
「え? どういうこと!?」
アリシアの意識は、子供らを俯瞰で眺められる場所にあった。
隣にはミーナ。しかし二人とも、実体ではない。
うっすらと向こうが透けて見える。それも、アリシアの身長はミーナと同じくらいになっていた。
「ちょっとあたしの魔法であなたの意識を分離させたのよ。あそこにいるあなたは今のあなたとしての記憶のない、純粋なアリシア」
「そんな、どうして」
「きっとね、あの子達と子供同士の遊びなんて今のアリシアにはストレスにしかならないと思って。ちょっとだけ助けてあげる」
そう言って笑みをこぼすミーナ。
「もう少しだけ、あなたの体があなたの意識に合うまでの間、こうして時々助けてあげるわ。だから、あなたはそんなに悩まないで良いのよ。あの子たちと一緒にいることが今のあなたにはストレスだろうから、逃げたくなったらあたしがこうして逃してあげるから」




