【晩餐】
当面の目標を「マリサとルイスの二人の恋を応援する」と設定しようというミーナの言葉。
そもそも、アリシアに訪れるかもしれない断罪される人生を回避する、というのがまず一つ。
そして、自分を死に追いやった二人への復讐。
矛盾するようだけれど、こうして過去をやり直ししているのはこの二つの思いを成し遂げたいという願いが発端だったはず。
ミーナ、ウィルヘルムがチカラを貸してくれたのも全て、そんなアリシアの復讐劇を面白そうだと思ってくれたから。アリシアはそう認識していた。
「応援、していいの?」
「そうよ。していいの」
「わたくしの復讐劇を観たかったの、よね?」
「そうね。みせてくれるんでしょう?」
「二人の恋を応援するとなったら、あの子と、マリサと交流をもたなくてはいけなくなるわ」
「そうね。悪役令嬢としてではなしに、今のあなたとして自然に接すればいいのじゃないかしら」
「自然に……」
アリシアは、いじめもしないけれど、極力関わりあうことのない関係を模索していた。
「きっと、あなたが関わらなければルイスの婚約者はまずあなたに決まってしまうでしょう。条件が良すぎるもの。あなたが固辞すれば別の令嬢が、聖女の素質のある子が選ばれるでしょうけど、マリサ嬢はその選択肢にものぼらないと思うのよ」
「あ……」
「そうした場合、マリサとルイスにはまったく接点がうまれない可能性だってあるのよ」
たしかに。マリサは確かに物語のヒロインだった。けれどそれもアリシアに虐められた薄幸の少女であったからこそ、ヒーローであるルイスに救われるというお約束があったからだ。
逆行前は、といえば。
もしかしたらやっぱりそれもアリシアが原因だったかもしれない。
アリシアがルイスの婚約者に選ばれたからこそ、物語とは違いアリサの嫉妬からアリシアからルイスを奪おうとしたのでは? そう考えると納得もできた。
だとしたら?
アリシアが悪役令嬢の役割を果たさず、ルイスとの政略婚も固辞した場合、マリサとルイスが恋に落ちる可能性、その確率はかなり下がってしまうのではないか。
そうも思える。
「積極的に動いた方が良いって、そういうことなのかしら」
「物語の強制力に逆らいあなたの人生をまっとうするためには、ちゃんと確固たる意志をもって生きなきゃだわ。前にもいったけれど、流されるのだけはだめ。わかる?」
「アリサとも、ルイスとも、そして義母マリアンヌさんとも、積極的に関わっていかなきゃダメっていうこと?」
「そうよ。あなたにも彼らに対しての許せない気持ちがあるのはわかる。だから最初は演技でもいい。今までとは別の、ほんとうのあなたの人生を生きましょう」
晩餐の席にはライエル・ブランドー公爵と、隣には白のドレスに身を包んだマリアンヌ、ひまわりのような黄色いかわいいドレスのマリサ、そして白いお髭を蓄えたマイケル・ロンウォール侯爵とその夫人がすでに腰掛けていた。
ちょうど空いていた、ライエルの正面反対側の席に案内されたアリシア。
「ごきげんよう。アリシア・ブランドーでございます。この度は我がブランドー家にようこそおいでくださいました。皆様のために、当家のシェフが心を尽くし晩餐をご用意いたしました。ご堪能いただけましたら幸いでございます」
今回は紫のドレスに身を包んだアリシア。華麗にカーテシーを決めると女主人よろしく歓迎の挨拶を述べた。
実際、家に寄りつかないライエルに代わり、ここ数日ブランドー家を取り仕切ってきていたのはアリシアだった。何名の晩餐になるかを執事長に知らせたのはライエルだったけれど、そこからの準備、今夜のメニューを決める段階から関わってきていたアリシアは、この場を完全に掌握し、執事、侍女らにも目配せをする。
各々の席のグラスに飲み物が注がれる。侯爵夫妻には事前に好みをお伺いしていたから、今夜は食前には白ワインを選択していた。
アリシアとマリサの分はぶどうジュース。
乾杯の挨拶はライエルに譲ったが、この場の主導権まで譲るつもりはアリシアにはなかった。
「お父様、それではそちらのご婦人方を紹介していただいても良いかしら?」
「あ、ああ。隣にいるのがマリアンヌ。マリアンヌ・ロンウォール嬢だ。私の妻となることとなった。そしてその隣の子は……」
「マリサです。お姉様、よろしくお願いします」
オドオドしてモゾモゾと話すライエルの言葉を遮りマリサがそう明るい声で応えた。
天真爛漫、そんな言葉が本当に似合う、ひまわりのような少女。
まだ四つだというのに、その瞳にははっきりした意志を見るものに感じさせた。
「マリサ、さん、ね」
表情一つ変えずにそういうアリシアに、ライエルが言葉を続ける。
「ああ、アリシア。この子は私とマリアンヌの娘なんだ。おまえの妹になる。どうかなかよくしてやってくれないか」
懇願するような瞳でこちらを見る父ライエル。
(そう。あなたはそういう人だったのね。よくわかったわ……)
卑屈な表情を浮かべるライエルに、逆行前に父に対して感じていた印象が百八十度変わった。
全てはやはり自分が引きこもって泣きじゃくっていたのがいけなかったのだ、と。
そう納得し。
そうだ。この父は好きで公爵などという地位にいるわけではなかった。
アリシアに繋ぐまで、と思い重圧に耐えてきたライエルは、その肝心のアリシアが親類縁者から匙を投げられ、公爵家を守るためにも他の公爵家から養子を迎えないといけなくなり……。
失望からアリシアに対しても辛く当たっていた、というのが本当のところ。
ならば。
自分にできることは。
「分かりましたお父様。マリサさん。妹ができてわたくしも嬉しいわ。仲良くしましょうね」
そう、笑みを作って小首を傾げる。
自分にできる最大限の子供らしい笑み。
それを披露した後で。
再び女主人の顔に戻ったアリシアは、侍女たちに食事を運ぶよう手招きする。
「はじめに、こちらのスープをお召し上がりください。魚介の旨みを存分に引き出し、刻んだ干しエビや昆布を仕上げに添えた、風味豊かな海鮮スープでございます」
始終穏やかに終わった晩餐。
ロンウォール侯爵夫妻はにこやかに見守るだけでとくに会話にも参加する様子でもなく、最後に夫人がアリシアに「貴女はその歳でもう立派な公爵家の家長なのね。安心したわ」と声をかけてくれた。
元々親族の中でも力のある家柄であるロンウォール家。
とすれば前回アリシアを見限りライエルに、バッケンバウワー公爵家から次男のクリストを養子に迎えるよう指示したのもこのロンウォール侯爵かもしれない。
筆頭公爵家であるこのブランドー家の血筋よりも、王室のスペアであるより濃い血の方を優先した、ということなのだろう。
ブランドー家ほどではないにしろ、バッケンバウワー家にも何代にもわたり王室の血筋のものが降家して血を繋いできた歴史があった。
(合格した、そう思って良いのかしら?)
ほっと胸を撫で下ろす。
(わたくし、ちゃんと主人としてのおもてなしができたのね)
それが嬉しい。
そして。顔見せのための晩餐の主役のはずのマリアンヌは、というと。
喋るのはほとんどマリサ。「おいしいわ」とか、「おねえさま、これはどんなお肉なの?」とか、無邪気に喋るマリサに対して注意するでもなし、じっと黙って食事をしていた彼女。
その都度アリシアが、「マリサさん、お料理を褒めてくださってありがとうございます。でも、お口の中に食べ物が入っているあいだに話しかけるのはよしたほうがいいわ。ちゃんと食べてからお話ししましょうね」とか、「こちらはラオ高原のラオ牛の仔のお肉ですわ。柔らかく味がとても良くて、こういう席にぴったりのお肉なのです。でもマリサさん、両手にカトラリーを持ったまま振り回してはダメよ。お行儀が悪いわ。直しましょうね」など、一言注意しつつ答えて。
まだ五歳のアリシアと、四歳のマリサ。そんな普通であればまだまだ子供らしくしていればいい年齢なのにも関わらず、こうして大人びた言動をするアリシアに、侯爵夫妻はすっかりと感心しきっていた。
本来であったらマリアンヌがそう注意してあげるべきだろう。とも考えていただろうというのはアリシアにも想像ができたけれど、あえてそこは口には出さずにいた。
(人柄が、見えないわ)
この人はここまで無口であっただろうか。
前回の人生でもあまり話をしたことがなかった。
アリシアをいじめるのはマリサ。冷たくあたるのは父ライエル。
しかし、マリアンヌが何かした記憶はあまりない。
というか、なぜかアリシアの記憶からこのマリアンヌの存在が抜け落ちている?
(このお顔は見知ったお顔だ。それはわかるの。でも、お義母さまのお名前がマリアンヌであったことも、彼女とどんな会話をしたかという事も、記憶から抜け落ちているみたいにわからないわ……)
接点は、あまり無かった。
彼女は控え目で、いつもマリサやライエルの後ろにいたイメージしか無い。
◇◇◇
晩餐が終わってお部屋に戻ったあと、ミーアと話してもそれは間違いなかった。
「不思議ね。この間みせて貰ったあなたの記憶の中にも、本当にマリアンヌという名前は見当たらなかったわ。あなたが興味が無くて覚えて無かっただけの可能性はあるけど」
「そう、なのでしょうか」
「まあでもいいじゃない。マリサに与えたあなたの第一印象は、たぶん上出来よ。これならあの子があなたを恨む事もなさそう。あとは上手にルイス王子とあわせてあげればいいかもしれないわね」
「薔薇園に連れて行く、とかです?」
「そうね。一ヶ月後くらいにはマリアンヌとマリサはここに引っ越してくるのでしょう? そうしたら一緒に薔薇園に行きましょうか」




