【嫉妬】
母親の葬式以降も家に寄り付かず愛人の家に入り浸りだったと思われるアリシアの父が帰宅した。
いつものように自分になど会いに来ないだろうと出迎えもせず部屋に篭っていたアリシアだったけれど、今日は少し事情が違った。
侍従長のセバスが部屋の前まで訪ねて来て、父が呼んでいると告げたのだ。
「お嬢様、お父様が居間でお待ちです。お嬢様にお話があるとのことですが……」
控えめな声でそう部屋の外から声をかけてきた。
「わかりましたセバス。準備をして居間に行きますから、少しお待ちになってと父様に伝えてくださいな」
それだけ答えると、さてどうしましょうかと算段を始める。
「じゃぁ思いっきりドレスアップしましょうか。泣き寝入りなんかしないで済むよう、しっかり戦闘服で身を固めましょう」
アリシアのそばで侍っていたミーナ、目を輝かせクローゼットに向かう。
「ミーナ? 戦闘服って?」
「だって、以前のアリシアはここでつまづいたのでしょう? あの父親に弱いところを見せてはダメよ。あなたが正当な後継者であるという気概を見せなきゃ、好きにされてしまうわよ?」
確かに。そうだ。
レティシアを味方につけたとはいえ、所詮自分はまだ子供。
弱く見られ軽んじられたらこの家の中を好きにされてしまうかもしれない。
それはこの人生では避けるべきだと、そう決意した。
「わたくし、悪役令嬢の時のアリシアを演じた方がいいのかしら」
「ふふ。別に、悪役になる必要はないけれど、悪役令嬢だった時の気概とかプライドとかは前面に出さないとよね」
ミーナはクローゼットから真っ赤なドレスを選んできた。
薔薇の花びらを模った、派手といえば派手、そんな豪奢なドレス。
子供サイズではあるけれど、それでも大人びたデザインのものだ。
ウエストがキュッと締まり、スカート部分はふわりと広がる。
髪はおろしたままだけれど、お化粧も大人びたものにして。
「お待たせいたしました」
アリシアが居間に到着した時には、父ライエルはすでに軽く飲酒を始めていた。
ソファーにどっしりと腰掛け、右手には赤いお酒がなみなみ注がれたグラスを持っている。
「ああ。アリシア。話があるのだが」
ライエルは、虚に漂わせた目でこちらをしっかりと見もせずそう話を始める。
「なんでしょう。お父様」
ライエルが左手で向かい側のソファーに座るよう招くのに応えるように、アリシアは一礼しゆったりと腰掛けた。斜め左後ろにミーナが控える。
「おまえには酷な話かもしれない。まだフランソワが亡くなってそれほど刻が経っていないこの時期ではあるが、私は公爵として社交の場に出る際のパートナーが必要なのだ。わかってくれるか?」
「それは、お父様が再婚されるという意味なのでしょうか」
淡々とそういうアリシアに、驚いたような顔を見せるライエル。
「ふむ。そこまでわかっているのなら。来週、おまえにも紹介しようと思う」
「わかりましたわ」
優しく透き通る声でそう応えるアリシア。しかし、その瞳はキツく真っ直ぐにライエルを見つめている。
そんな娘をまともにみることができないライエルは、目を逸らし酒に逃げたようにも見えた。
事前に聞かされた父親の再婚相手の名前は、マリアンヌといった。
市井の出で家名はないため、一時的にロンウォール侯爵家の養女となってから婚姻の手続きをするということだった。
その手続きのため、アリシアへの顔見せは明日の晩餐でと決まっていたけれど、実際の婚姻までは一ヶ月以上を要するという。
「明日はマリサも連れてくるのかしら?」
アリシアは、前回のこのあたりの経緯がどうだったのか、よく覚えていなかった。
泣いて引きこもってるうちにいつのまにか義母と妹が屋敷に居たという印象しかない。
「マリサはあなたの一つ年下なのよね? だったらまだ四つの子供ね」
「ええ。まだ子供」
「どうするの? もしきたらちゃんと受け入れてあげる予定なの?」
「ええ、どうするのが正解なのか、まだ迷ってるのよ」
「そうね。毅然とした態度でいる必要はあるけれど、虐めるのは今のアリシアには似合わないものね」
「似合わない、ですよね。悪役令嬢だったアリシアはどうしてあんなに妹に冷たかったのかしら」
「まず、自分の血筋に矜持がある分、半分とはいえ血のつながった妹とはいえ、彼女と自分は違うのだってプライドがあったのは間違いないわね」
「そうね。それはわかるのよ。でもミーナ、それだけであそこまで虐める気持ちになるのかしら」
「それはもちろん、嫉妬でしょう。両親に、それも父親に愛されている妹に対しての嫉妬。人間っておかしなものね。自分より立場が下だと思っている存在が自分より幸せなのが許せない、とか、そういう人間、多いもの」
「嫉妬、していたの?」
「そうよね。お話の中ではアリシアの胸中は語られなかったのよね? だから想像でしかないけれど、逆に、そんな嫉妬の感情が自分の中にあることが許せなかったのもあるんじゃないかしら? アリサは自分より立場が下のはずなのに。だけれどアリサの方が周囲から愛され幸せに見える。それに嫉妬してしまう自分と、逆にそんな嫉妬心があるということ自体がプライドを傷付け、そのことを直視できずに許せない」
ミーナはアリシアの前で両手を頭の横にひろげて、オーバーに頭を振ってみせる。
「バカよね、ほんと馬鹿ね、悪役令嬢アリシアって」
吐き捨てるようにそういうミーナに、アリシアの胸はズクンと痛む。
(嫉妬、かあ。嫉妬ならたぶんわたくしもしていたわね……)
愛されない自分とくらべ、愛情を一身にあつめ成長していく妹を見るのは辛かった。
そんな気持ちを持つ自分も嫌いだったから、よけいに自分にプライドを持てず、心を押し殺す方向に向かってしまった。
そんな過去の自分は、やっぱりあんまり好きじゃなかった。
だから……。
「そうね。今度の人生はそんな嫉妬は辞めたいわ」
「そうよね。今のアリシアには、そんな嫉妬は似合わないわね」
こちらをみつめるミーナの笑みが、嬉しかった。
そばに居てくれてよかった。そう思うとアリシアの顔にも笑みが溢れる。
「ありがとう、ミーナ」
「あ、そうだわアリシア、あなた、ルイスとマリサがストーリー通り恋愛して欲しいって言ってたわよね」
「ええ。あとあとを考えてもその方が良いと思うもの」
「なら、演技でも良いから、思いっきり二人の恋を応援するのはどうかしら? 当面の目標をそこに置くの」




