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【混然】

 母親の葬式にはブランドー公爵家の親族はもちろん王族の代表として現国王の叔母で王国の大聖女でもあるレティシア・カロラインまでもが参列していた。

 それもそのはず、アリシアの母フランソワの生母はレティシアの妹にあたる。

 アリシアは、王家のスペアである筆頭公爵家、その嫡子であったフランソワの一人娘なのだ。

 そこまで思い当たったところでよくよく考えてみると……。


(アリシアの立場って、かなり強いはず、よね?)


 当然こんな場面は小説の本編には出てこなかった。

 それもそのはず。

 あくまで主人公はマリサ・ブランドーなのだ。

 アリシアはそんな異母妹を虐めまくる悪役。そういう立場だったのだから。


(こうしてみると、アリシアがそんなふうに性格悪く育つのも、わからなくはないわね……)


 本来、このブランドー家の正統後継者はアリシアとなる。

 父ライエルなど、フランソワの夫であるからこそ公爵となれただけの、つなぎでしかないのだと。

 どこの誰ともわからない女性と再婚し、その娘マリサが例えライエルの実子だとしても、彼女はブランドー家の血筋では無いのだから。

 当然王位継承権という観点で見ても、それはアリシアにはあってもマリサには無い。

 この段階でのアリシアの王位継承権は第四位。前回の人生の時のように蔑ろにされていい立場では無い。

 そんな、自分の出自にプライドを持っているアリシアであったなら、父の再婚も同時にできた妹にも反感を持って当然だろう。


「わたくしはブランドー公爵家の息女、アリシア・ブランドーですのよ」


 そんなセリフでキラキラのバックを背負い登場した彼女。小説の挿絵の悪役令嬢としての彼女は、他を圧倒する高圧的な態度を崩そうとしない、高飛車な令嬢そのものだった。


 それなのに。


 思えば前回の人生でのアリシアは。

 この葬式のあとはずっと泣いて過ごし、部屋に引きこもって。

 親戚達ともろくに交流することもなく。

 父ともろくに話もせず、ただただおどおどとした内向的な娘として生きていたような気がして。


 妹に馬鹿にされても、父に冷たくされても、ただただ彼らに従い我慢をして。


(うーん。どうするのが正解だったのかしら)


 高慢ちきな態度をとったアリシアは父親に舐められる事なく自分の立場を維持したけれど、結果的に悪役令嬢として断罪される事になった。

 泣いて引きこもったアリシアは、公爵家嫡子失格の烙印を押されたかのように親戚中からも助けてもらえず不憫な人生を送ったけれど、最後には理不尽な断罪を受けた。


(そうね。ここはやっぱり)


 厳かな音色が響く教会で、葬儀はつつがなく進行していった。

 アリシアは目に涙は溜めていたものの、始終凛とした姿勢を崩さず、まだ五歳の幼い少女とは思えないほど大人びた態度で周囲に接して。

 言葉遣いもなにもかも、公爵令嬢として恥ずかしく無い、そんな姿を演じてみせた。


「アリシアや。まだ幼い貴女がよく頑張りましたね。これからはわたくしが貴女の後ろ盾になりますから、なんでも仰って」

「はい。レティシア大伯母様。すみません。少しだけ泣いてもいいですか……」

「いいのよ。この胸でよければ思い切り泣きなさい」

 そう優しくハグしてくれるレティシアの胸で、子供らしい涙も見せて。

 もちろん全てが演技な訳ではない。

 アリシアにしてみても、前世の記憶と今の幼い少女の自我が混然と溶け合っている状態だったから、母の死に泣きたい気持ちをずっと抑えてきたものが、ここで溢れてしまったというのが本当のところだったけれど。

 しかし、この王族でありながら生涯独身を貫き稀代の大聖女として神にその一生を捧げた彼女、レティシアとの交流は、きっとこの先の人生にとってプラスになるだろう、そんな打算も少しは心の中にあったのは間違いなかった。


(たぶん、ここは。これが正解ルート、だとおもう……)


 レティシアの胸で泣きながら、そんなふうにも考えて。





 ◇◇◇


 このカロライン王国はエウロパ亜大陸の中程、古来ガリアと呼ばれていた地に興った王国で、歴史も古く周囲の国と比べてもかなり裕福な国家だった。南部に広がる穀倉地帯、外海にも内海にも港があり、豊富な魚介類にも事欠かず、そして極めつけはそんな南部の港を中心とした港湾貿易による利益のおかげだろう。王族や上位貴族はそうした有望な商人のパトロンとなり、彼等を保護することで莫大な富を築いていた。もちろん貿易には税も課していたおかげか、商取引が増えれば増えるほど国富は潤う。そういう理屈だ。


 裕福ゆえに、周囲の国家からの妬み嫉み僻みが無かったかと言ったら嘘になる。

 しかし、この国に世界で数人しか居ないとされる大聖女が存在すること。そして、国王は帝国の皇室の血を継承する選帝侯であるという事実が他の国からの尊敬も集めていたおかげか、こうした妬み等があからさまに表に出ることを防いでいたのだった。


 エウロパ亜大陸。マグネシア高地より西、エウロパ亜大陸全土はただただ帝国とだけ呼称されるパスクの地だ。数多くの国家で構成されるこの帝国は、その中心に皇帝を戴き、互いの国家を尊重し平和に繁栄している。マグネシアより東には、海や陸を挟んでその先に華国という国があり、南の砂漠の先にはカナンという地があるのは知られているが、それらの国と帝国とはゆるく繋がっているだけで直接の交流が無いまま数千年の時が過ぎていた。


 帝国皇帝はその構成国全ての国から尊敬される存在であり、そしてまた各国に置かれている聖女庁聖女宮、その代表でもある大聖女もまた、宗教的な意味で帝国の民かの尊敬を一心に集める存在であったから。そのためこの国カロライン王家は周辺各国に比べても高い地位をしめていたのだった。


 前世のアリシアは聖女であったことがきっかけで王太子ルイスの婚約者として選ばれたのだった。それでも、あまり地位が高い聖女であったわけでもなく、ただただ聖女の中では一番貴族位が高かったという理由だけだった。

 聖女と言っても、王宮に隣接する聖女宮に詰める国選の聖女職と、市井の教会で神に支える聖職者の一人としての聖女がある。

 大聖女レティシアは帝国聖女庁から認定された大聖女であるのに対し、前世のアリシアは教会の募集の際、父によって売られただけの聖女であったから。都合よく使われるだけの聖女でしかなかったのだ。


(たぶんここも。違うのよね)

 記憶にあるストーリーの中のアリシアは確かに聖女ではあったけれど、それは聖女宮つとめの貴族令嬢が結婚まで持ち回りで務めるという、国選の聖女であったはず。

 ルイスの婚約者であったのは一緒だけれど、それも形だけの間柄だった。

 王家はその聖性維持の為、定期的に聖女をその家系に取り込んできた。

 アリシアの例もそれにならってのことにすぎなかった。


(できればルイスにはストーリー通りマリサと恋愛してもらいたいわ)


 ゆくゆく先の事を考えても、その方が都合がいい。

 そう考えていた時だった。


 このままいけば来年には父がマリサの母を連れて来るはず。

 その時に彼女らにどういう態度で接するのが良いだろうか。そんな作戦を考えながら、バラの香りを浴びていた所。

「お前、だれ?」

 離宮にあるレティシア大伯母様の薔薇園にお招きされ、そのバラの美しさに魅了されていたアリシアに、背後から声をかける幼い少年の声が聞こえた。





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