【運命】
(悪役令嬢、かぁ。あんまりいい響きじゃないわね)
気に入らないな。それが最初の印象。
そんな存在に生まれていただなんて、前回の人生では気がつきもしなかった。
断罪された罪、それだって濡れ衣だったし意地悪していたのは妹の方、自分はされていた側だったのに。
よくよくストーリーを思い出してみると、確かにわたくしが好きだったロマンス小説の登場人物であるアリシアは、意地悪な姉だった。こんな人にはなりたくない、そう思わせるほどの性格の悪さで……。
(え? じゃぁ、まさか前回の人生のルイス様、わたくしのことをそんな悪役らしい意地悪な姉だと本気で思っていたってこと!!?)
罪を擦りつけられただけ、そう思っていた。しかし。
小説の登場人物として考えると、あの断罪はストーリー通り、で。
「ううん、でも、わたくしは本当に何も悪いことしてないわ……」
そう小声で呟いたところで、とある考えが頭に浮かんで。
(え、でも、もしかしたら……)
もしかしたら、前回の人生でも深層心理の部分で悪役令嬢という自分から逃れたいと思って行動していたのだろうか?
と。
(ああ、考えれば考えるほど、これが正解に思えてくるわ……)
そもそも、前回の断罪はあまりにもひどすぎる。
理不尽すぎる。
そう考えていた。
何も、何一つ嫌われるような行動はとってこなかったはずなのに。
ずっと控えめで何一つわがままも言わずに耐えてきた、その結果があの理不尽な断罪だった。
だからこそ許せなかった。
そのまま死んでしまうことにどうしても耐えられなかった。
でも。
確かに少し、いやおもいきり不自然に理不尽すぎる気がしないでもない。
しかしそれが、本来のアリシアの運命通りだったのだとしたら?
歴史、未来、ストーリー、全てがその運命のためにあったのだとしたら?
(もし、わたくしが自分の運命に逆らってモブに徹しようとしたせいで、逆にあんな不自然な理不尽がおきたのだとしたら……)
怖かった。この先自分が何をしても、どう足掻いたとしても、運命には逆らえないのか? そう思うことが……。
「なに深刻そうな顔してるのよ」
「ウィルヘルム」
「もう。この姿の時はミーナでいいわよ。ヴィルヘルミーナ、ね」
「ええ、ミーナ」
「っていうか、あなた、もう何もかも諦めましたって顔してるわよ。まだこんな子供なのに、まだなんにもしてないのに。なに? 復讐あきらめちゃったの?」
「いえ、そういうわけじゃぁ……」
「だったらなんでそんな辛気臭い顔してるのよ」
アリシアはかぶりをふって、一回頷いてから、しっかりとミーナの目を見つめて。
「ねえ、もしもよ。もしこの世界の因果が決まっていて、それがわたくしを断罪する未来だったとしたら……。そこから逃れることはできるのかしら……?」
「あはは。そんなこと心配してたの? いいわ、いいこと教えてあげる」
侍女服のミーナがそっとベッドに座ったアリシアに顔を近づけて、こつんとおでこをあわせる。
途端に、ぶわっとアリシアの頭の中にとあるイメージが流れ込んできた。
それは。
人が生まれる前に見た記憶。いつか眺めた光景。
エーテルの海に浮かぶ無数のマナの泡。
「見える? これが世界。あたしたちのいるこの世界は、この小さな泡の上の揺らぎでしかないの。この泡はね、くっついたり離れたり、分裂したりまた一つになったりしながら漂ってる。この泡の一つ一つのそれぞれに、刻が流れているのよ」
「時間を遡る時に、ここにいたような気がするわ」
「正確に言うと、ちょっと違うのよ。時間なんてものはね、やっぱりこの泡の中の揺らぎでしかないの。泡の一つ一つに別の時間がながれているのよ」
「え、でも、だったら、どうして……」
「厳密に言えば、あなたはあの世界ではあのまま死んでいったのよ。あたしがあなたの心だけ掬い上げて、この隣の世界に移したの。ちょうどあなたアリシアが産まれる刻にあわせてね」
「じゃぁ、この世界はまた別の世界なの?」
「それもまた正確じゃないわね。無数の泡は、分裂や統合を繰り返しながら揺らいでいるの。この世界はあなたがあなたとして産まれた以外は、前の世界と寸分と違いはないわ。だから安心してね」
「でも、それじゃぁ、やっぱり…」
因果は、運命は、変えられない?
「運命や歴史なんてものはね、そうとわかっていれば抗いようがあるものなのよ。ただ流されてしまえばそれまで。いくら途中が多少違っても、元の泡とくっついて仕舞えば元通りにしかならないわ。でも、だからこそ、流されてはダメ。明確な意思を持って抗うの」
「でも、この世界のストーリー、わたくしが前世で読んだ小説と瓜二つなのだもの……」
「なるほどね。あなたの記憶、少し覗かせてもらったわ。ねえ、人の心もエーテルに浮かぶマナの泡の一つだって言ったら、信じる?」
「え?」
「人の心自体も、マナの泡なの。その中に産まれる物語も、また一つの泡として産まれるのよ。だからね、この世界が誰かの想像から創造された世界なんてことは普通にありえるし、その逆もあるのよ。どこかの世界を夢に観たりとかもね。だから、あなたが読んだ小説とこの世界が似通ってても、それは普通にあり得るの。だからって結末までが絶対に一緒になるかは別の話。あなたが運命を知ったうえで流されずちゃんと抗えば、結末は変わるわ」




