【復讐】
◆◆◆
学園では慎ましく。
あくまで大人しく。
それでいて気品を忘れず。
聖女のオーラは、常に纏って。
アリシアとマリサ、母親は違ってもその顔立ちはよく似ていた。違いと言えばアリシアが母譲りの白銀の髪で、マリサは茶系の金髪、それくらいの違いだろう。
幼い頃と違い、一歳違いではあるけれど14、15さいとなれば背格好も同じくらいに見える。
しかし、今のアリシアとマリサには決定的な違いがあった。
アリシアの聖女のオーラは他のものからも十分に感じられるくらい輝いていて、遠目に見てもそれがわかるぐらいだった。
アリシアの慎ましさも好意的に見られたのだろう。
そんな聖女と仲良くなりたいと思ってくれる人も多かった。
だからだろう。気後れして寄ってこない男子と違って、令嬢方のうち、割とおとなしい部類の子たちとはそれなりに交流を持てた。
マリサの取り巻きにはいつも嫌味を言われたりいじめめいたことをされたりもしていたけれど、それでも反抗したりせず、ひたすらにお淑やかに過ごして。
——イメージ作りはやっぱり大事よね。
——そうだよね。アリシアは元が美人なんだから、そうしているとほんとお姫様みたいだよ。
そんなミーアの耳打ちに、ほんのりと頬を赤らめる。
その姿がまた、周囲からは好感を持たれて。
——あの、周り中から冷ややかな目で見つめられた時は、悲しくて怖くて。もうどうしていいかわからなかったから。
それも。やり直したい。
そう願った結果だった。
あの断罪の一番の名目が、アリシアがマリサに対して暗殺未遂事件を起こしたと、そういう話だった。
「それも、回避したいんだけど」
「でも、それがなかったらあんな断罪劇は起きないんじゃない?」
「そうね。でも、わたくしにはその未遂事件の犯人にも心当たりもなければ、どんな事件だったのかさえわからないのよ」
そう。前回の断罪は、あっという間に済んだので。
弁解の機会も、詳細を尋ねる暇も、アリシアには与えられなかった。
証拠がある。
そういう王子ルイスのセリフだけ。
「うーん。そこだけは、ちょっとだけ力を貸してあげようか?」
「え? ミーア。いいの?」
「まあね。大サービス、かな。本当は見ているだけのつもりだったけど、そこの部分が起きなかったら逆に面白くないしね」
「もう、ミーアったら」
「未然に防ぐわけじゃ、ないよ? どんな経緯なのかをあの妹をこっそり見張ることで解き明かしたいだけさ」
「それでも、ありがたいわ。そこだけはもうどうしようもなかったから」
「もちろんアリシアの切り札はそれだけじゃないんでしょう?」
「ふふ。ミーアにも細かいところは教えてあげない。っていうか、知っちゃったらつまらないでしょ?」
「それもそうか。あたしは退屈が解消されればそれでいいんだから」
そうして。
時が流れ。
卒業パーティのその日が来た。
運命の、その日が。
◆◆◆
「アリシア・ブランドーよ。王太子ルイス・カロラインの名において、そなたとの婚約を破棄することをここに宣言する!」
突然のそんなルイスの宣言に。
周囲の目が一斉に、アリシアに向けられた。
「申し訳ありません殿下。理由を、お聞かせ願いませんでしょうか」
そう、口にするアリシア。
ここまでは、前回と一緒。
殿下の背後にはマリサが控えている。
こちらに向けて、いじわるな瞳を向けて。
「白々しいぞ、この悪女、いや、魔女め! お前のようなものが聖女とは、いささか我が国の教会の面々も、目が曇っていると見える!」
「いったい、何を……」
「お前が実の妹であるマリサ・ブランドー公爵令嬢を暗殺しようとした証拠は上がっている。犯人の証言も取れているのだ。もはや言い逃れはできるとは思うな!」
「わたくしは、存じませんわ。そもそもわたくしに妹を暗殺しようとする理由がありませんでしょう?」
「っく、お前はマリサに嫉妬したのだろう? 自分と違い周囲の愛情を一身に受ける妹に。だからあんな騎士崩れのものを雇ってマリサを亡き者にしようとしたのだ!」
「あんな騎士崩れ、と申しましても。わたくしにはわかりませんけれど。証言、と、申しましたわね。もしよろしければそのものをここに連れてきていただけませんでしょうか?」
「強がっても無駄だ。もう犯人は処刑されている頃だ。お前に依頼を受けたとの証言は警邏のものがちゃんと聴いている!」
声がちゃんと出るのはもちろん先ほど渡された飲み物を飲む前に無毒化したから。
——あれを、殿下が毒を盛った証拠にしてもよかったのですが、それでは少し弱いですから。
その時。
バタバタと騎士たちが一人の罪人らしき人を連れ、広間へと入ってきた。
警護署長ライデンバーク氏が指揮をとっている。
「聖女様。お連れいたしました。あなた様に罪をなすりつけようとした罪人にございます」
そう、礼をして先ほどから話されている犯人を目の前に転がすライデンバーク。
「そうですか。ありがとうございますライデンバーク様。殿下? あなたがおっしゃった犯人というのはこの者のことでしょうか?」
いきなりの出来事に、目を白黒させる王子、と、後ろにいるマリサ。
「助けてくれ!! 俺はそこの娘に頼まれたんだ! 自分と同じ顔をした娘がもうじきそこを通るから、そうしたら少し脅してやってくれ、って。殺すつもりなんて、本当になかった。ただ刃物をちらつかせて脅せばいいと言われて」
そうして、王子の後ろに隠れているマリサを指差す犯人。
「嘘! わたくしは襲われたのよ! だったらあんたにそう言ったのはそこのアリシアでしょ!!」
「ああああ、見間違えるもんかよ。確かにあんたらの顔はよく似ている。顔だけなら。でも、纏っているオーラが違いすぎるじゃねえか! あんな、聖なる氣を纏った聖女様、ひと目見ただけで恐れ多くて近づけやしねえよ!!」
「そういうことでしたの。実は先ほど殿下にいただいたお飲み物に毒が入っておりました。喉を焼く程度の軽い毒でしたけど。わたくしでなければ声も出なくなっていたことでしょう。殿下とマリサ、二人で共謀してわたくしを貶めようとした。ということでよろしいのでしょうか?」
「な!!」
小首をかしげ、コケティッシュにそう話すアリシア。驚愕の表情をするルイスの顔が、もう一段と驚きに塗れるそんな人物がそこに現れた。
「何の騒ぎかと思ってきてみれば。ルイスよ。先ほどそこの聖女アリシア殿より、婚約を辞退したい旨を告げられた。そなたが愛しているのが妹のマリサ嬢だから、アリシア嬢はその真実の愛を応援しているので、どうか認めてあげてほしい、と。それなのに。なんだこの失態は!!」
「父上、いや、これは何かの間違いなのです!」
「間違いなどであるものか! お前がアリシア殿に向かって婚約破棄を告げるところをわしが見ていなかったとでも思うのか!!」
項垂れる殿下。
——これで、君は満足、かい?
アリシアの心に、そんな声が聞こえて。
——ええ。そうね。これで。
そう、目を瞑ってそれまでの感慨に耽った、——その時だった。




