【強制】
庭園の中央では本日の主催バッケンバウワー公爵夫妻が来客の挨拶を受けていた。
(あちらのご挨拶はお父様にお任せして——)
マリサは一直線に噴水の方に向かっている。アリシアは公爵夫妻を横目に、そのままマリサについていった。
噴水の前のテーブルではルドルフが主人となって子供らをもてなしていた。
彼の周囲に集まるご令嬢たちは、黄色い声を抑えながらも、彼に目を奪われている様子だった。
大人びた雰囲気のルドルフに比べると、幼く見えるクリストも、それはそれで人気があるようで、彼に話しかける令嬢も多い。
その一方で、他の幼い令息たちは隅に追いやられていた。
「ああ、やっと来たね、アリシア嬢。マリサ嬢も」
涼やかな表情に甘い声。長身ですらっとしているのにも関わらず筋肉質で隙がない。
まだ十歳になったばかりだというのに、アリシアには青年となったルドルフと今のルドルフが重なって見えてしまった。
どうしても、前回の人生で見慣れたあのこちらを見る冷たい瞳、侮蔑のこもった視線を思い出してしまう。
「お招きいただきありがとうございます」
華麗にカーテシーを決めて見せる。ここは貴族の目が集まる社交場。
誰もが相手を値踏みしている、隙を見せてはダメ。そう自分自身に言含めて。
「アリシア嬢、来てくれて嬉しいよ。今日は存分に楽しんで行ってね」
(社交辞令だとしても、それにしっかりと応えないと)
「とても素敵なパーティですわね。お天気も良くって、神様もきっと今日のこの日を祝福なさっているのでしょう」
「私はね、君ともっと話がしたいと思っているんだ。社交辞令なんかじゃないよ?」
距離をとり挨拶をするアリシアのそばまで来て、そう囁くようにいうルドルフ。
鐘を打つように、胸の奥が疼く。
早くなった鼓動を抑えようとして胸に手を当ててみるけれど、だめだった。
「おい」
背後からそう声をかけられ、はっと振り向くアリシア。
思わぬ動悸の高まりに混乱して固まってしまっていたけれど、その声に救われた気がして思わず安堵する。
振り向いた先にいたのは——ルイスだった。
「殿下……」
「なんだ、私を誘ったのはお前だろう? いくらなんでもその態度はないのじゃないか?」
「あ、申し訳ありませんルイス殿下」
アリシアは慌ててカーテシーをしてお辞儀をした。
(ああ、せっかくお誘いしたのに気分を害してしまったのかしら……)
なぜかルイスは最初から機嫌が悪い様子。どうしたのだろうと訝しんで見たものの、理由は分からなかった。
「殿下、よくおいでくださいました。皆も喜んでおります。どうかこちらへ」
「うむ」
ルドルフがルイスを子供達の集まっているテーブルの上座に案内して、ルイスも素直にその席についた。
あらかじめ、ルイスのために用意してあったのだろうその席は、ルドルフの隣でひときわ豪奢な椅子が置かれていた。ルイスの隣はもう一つ席が空いている。そこには誰が座るのだろう。そう思ったその時だった。
「アリシア様のお席はあちらになります」
ルドルフの従者だろうか、黒服の男性が指し示すその席は、ちょうどそのルイスの隣の席だった。
◇◇◇
ルイス、ルドルフと並ぶ上座、その反対側、ルイスの向かって左隣にアリシア、ルドルフの右隣にクリストとその隣にマリサ。
そんな順で席に案内されていた。
(もう、これじゃぁルイスとマリサの恋を応援できないわ)
ルイスが今現在マリサをどうこう想っているそぶりは見えなかった。それでもマリサはルイスの「真実の恋」のお相手のはず。
クリストにしてみても、マリサは運命の人に違いない。前の人生でも、前世の小説の中でも、クリストが好きになるのはやっぱりマリサだった。それでも——
(もし、この世界に本当に運命の強制力があるのなら……マリサがルイスを好きになるのがこの世界の強制力なのなら、クリストのためにもマリサを諦めてもらった方が良いもの)
そう、そのほうがいいに決まっている。そう心に言い聞かせ——
ルイスの機嫌が悪い。
それは隣の席になった今もひしひしと感じられた。
アリシアのいくところにはどこにでも現れるのに、今までもずっと一定の距離は保ったままだったルイス。
それでも今日の彼はどこかおかしい。今まで、これほどまでに不機嫌な彼を見たことがなく、アリシアは困惑していた。
(嫌われるだけなら問題ないのだけど、これが冤罪に繋がるのなら嫌だわ)
ピリピリした様子のルイスの隣は居心地が悪い。
ちらりと様子を伺うと、ルイスは目の前の食事にも何も手をつけていない様子。
「殿下、お食事はお口に合いませんか?」
そう声をかけてみる。
「いや、別に……」
つっけんどんな返事。
頬杖をつき、飲み物もほとんど手をつけていないルイス。
(つまらなそうね……。誘ってしまって申し訳なかったかしら……)
そう目を伏せたアリシアに、ルイスの隣からルドルフが微笑みかける。
「アリシア嬢、お料理はお楽しみいただけていますか?」
彼の爽やかな笑顔に、アリシアもつられて笑みをこぼす。
「ええ、とっても。美味しいお料理ばかりで目移りしてしまいますわ」
(やっぱりこうして見ているだけならルドルフは完璧な貴公子ね。前回の人生の時のあの苦々しいお顔が信じられないわ)
嫌われるのは悲しいものだ。先入観を持たずに見れば、ミーアのいう通りルドルフほどの有望株はもう現れないかもしれない。ふとそんなことを考えていると、隣のルイスの厳しい視線と目が合った。
(もう、ルイスったらどうしちゃったの!?)
ここまで嫌われるようなことをしたのだろうか。そう考えるも全く心当たりがない。何も、思いつかなかった。
(もう、ダメ。このままここにいるのは辛いわ)
厳しい視線にさらされいたたまれなくなったアリシアが席を立ってお手洗いにでも行こうかと思い腰を浮かせたところで——バックで流れていた楽団の伴奏がふっと変わった。
「ダンスの時間になりましたね。アリシア嬢、私と踊ってくれませんか?」
席を立ちアリシアのそばにきたルドルフが、そう言って手を差し伸べてきた。
(断る理由もない、わね。それに、自然と席を立てるチャンスかもしれないわ)
「ありがとうございます。お誘い、喜んでお受けしますわ」
と、ルドルフの手を取ろうと右手を差し出した。
——その瞬間。
「待て」
(ルイス!?)
アリシアの右手は、ルイスの左手にさらわれた。
「ファーストダンスは私と踊るべきだ」
(……え?)
「今日この場に私を誘ったのはお前なんだから、当たり前だろう!?」
そう言うや否や、ルイスは半ば強引にアリシアを広場に引っ張っていく。
握られた手を振り解くこともできず、アリシアはルイスについていくしかできなかった。




