【性格】
マリサももう九歳。
本来の小説の主人公らしく、性格も大人しく可憐な少女に育っていた。
「やっぱりわたくしのせいなのかしら……」
前回の人生でマリサがあそこまで意地悪な性格に育ったのは、アリシアが内向的な性格だったから?
そう思えてならない。
世界が本来のルートへと辿り着くために強制力のようなものが働いてマリサの性格までをも捻じ曲げてしまったのだとしたら、その責任の一端は自分にもあるのではないか。
そんな考えに囚われてしまっていた。
「バカね。そんなのいじめた人間が悪いに決まってるわ。いじめられていたほうにも責任の一端があったかも、だなんてナンセンスよ」
「だって、ミーナ」
「いい? アリシア。たとえあなたの前回の世界での性格が内向的だったからって、それがマリサの性格を捻じ曲げた? そんなことあなたの責任であるわけがないでしょ? 世界の強制力が結果としてあなたを断罪するといった結末を呼び寄せたのだとしても、よ」
「でもミーナ。強制力がわたくしを断罪するためにマリサをあんな性格にするだなんて」
「たしかに、人は環境によって変わるものでもあるわ。でも、あなたは流されなかったわ。その理論でいけはあなたは意地悪な悪役令嬢に育つはずじゃなかったかしら? でも、一度もそんな意地悪な性格にはならなかった。そうじゃない?」
「でも……」
「マリサが前回ああいう性格になったとしたら、あの子にもそういう面があったということじゃないかしら。何かのきっかけが人生観とか性格とかを決めてしまうとしたら、まあ今のマリサはアリシアのおかげであんなに愛らしく育ったのだと自慢してもいいくらいよ?」
「わたくしの、おかげ?」
「今世のあなたはマリサにこれっぽっちも冷たく当たらなかった。あの子を受け入れ、表向きにせよ尊重して過ごしてきたわ。あの子には、この人生でマイナスな部分はどこにもなかったのよ。それが、あんなにも天真爛漫に育つ要因にもなっているんじゃないかしら? 悪役令嬢にいじめられて育ったヒロインにはどこか影があったはずだわ。まあ逆にそのおかげでヒーローに「守ってあげなきゃ」っていう因子が生まれていたのもまた事実でしょうけど」
ミーナの言葉はその通りだと納得できることばかりだった。
それでもどこか、引っかかるアリシア。
「え、でも、そうしたら……、このままじゃぁマリサにルイスが惹かれてくれることはないかもしれないってこと!?」
いじめられている可哀想なアリサを守りたい。それはルイスが真実の恋に目覚める重要なファクターだったはず……アリシアはそう思い立ってしまった。
「そうねえ。これはあなたが全面的に応援しないとよね」
◇◇◇
週末のガーデンパーティ。
バッケンバウワー公爵家では、一族の交流と結束を深めるため、こうしたパーティが月に一度開かれていた。
通常は夜会が多かったが、陽気の良い初夏には日中にガーデンパーティが催されるのが恒例となっており、特に子供たちにとっては楽しみの一つだった。
バッケンバウワー公爵家の一族だけでなく、親交のある貴族にも招待状が送られ、当然、親戚でもあり筆頭公爵家でもあるブランドー公爵家にも、正式な招待状が届けられていた。
当日は雲ひとつない青空が広がり、庭園には心地よい爽やかな風が吹き抜けていた。
広大なバッケンバウワー公爵家の庭園には色とりどりの花が咲き誇り、中央の噴水が涼やかな水飛沫を上げている。
芝生の上に並べられたテーブルは白を基調に統一され、彩り豊かな果物やお菓子、軽食などが美しく盛り付けられていた。
「すごいわね……」
「お料理に見惚れすぎです。あなたは公爵令嬢なのですから、もう少し振る舞いに気をつけてくださいな」
「だって、ミーナ。こんなパーティ、初めてなんですもの」
思えば、前回の人生では公爵令嬢としてこうしたパーティに参加した記憶はほとんどなかった。
マリサがあちこちの社交の場に招かれていたことは聞いていたし、ブランドー公爵家でもそれなりの宴が開かれていたはずだった。
それでも——
「わたくし、ほとんど教会で過ごしていましたから……」
ミーナに小声で囁くアリシア。
ミーナは侍女服に身を包み、アリシアの斜め後ろにつかず離れず控えていた。
彼女は認識阻害の魔法を使っている。教室での同級生の姿も、お屋敷での侍女の姿も見ているはずのルイスやルドルフですら、特に気にするそぶりを見せなかった。
「お姉様!」
背後からライエルとマリアンヌの手を振り切り、アリシアに飛びついてくるマリサ。
淡いピンクのドレスに身を包んだ彼女は、満面の笑みでアリシアに頬擦りしてきた。
「ダメよ、マリサ。あなたは公爵令嬢なのだから、もう少し振る舞いに気をつけないと」
「だって、お姉様。こんなにも素敵な場所なのですもの。わたくし、嬉しくなってしまって……」
しゅんと俯くマリサ。アリシアに注意されたことが、そんなにショックだったのか。つい罪悪感を覚えてしまうアリシアだったが——
「そうね。でも、貴族であるなら、そういった気持ちを抑えることも学ばなくてはね」
そう付け加えると——
「はい、お姉様。わたくし、気をつけます!」
すぐに気を取り直し、笑顔を見せるマリサ。その様子が、アリシアには眩しく映った。
「では、お姉様、行きましょう!」
「あ、待って! そんなに慌てないで!」
しゅんとしたかと思ったら、次の瞬間には笑顔になり、ぱっとアリシアの手を取って急かすマリサ。
(もう、しょうがないわね……)
そう思いながらも、繋がれた手を振りほどくことはせず、アリシアはマリサの後を追った。




