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004 真夜中の襲撃と絶世の美女①

 ――といった一連の流れのあと、祐人は夜の森の中に立つ自分を発見したのである。


 黒々と茂る木々の上には十六夜の月、あるいは待宵だろうか、満月よりわずかに欠けた月が浮かんでいる。おかげで夜の森にあっても、周りの様子がだいぶはっきりと見て取れる。


 手の中には拳銃があった。悪魔(メフィスト)の出所にちなんでかルガーP08によく似た無骨な銃で、ぱっと見、オートマチックのようだ。だが裏返してグリップの底を眺めてもマガジンのようなものは見あたらないし、そもそもちゃんと弾が入っているのかもわからない。


 一応、使う前に構造を把握しておきたかったのだが、この暗い中ではまあ仕方がないと祐人は諦めた。


「ここが、悪魔(あいつ)の言ってた世界なのかな」


 そう思っても、まったく実感がわかなかった。あの部屋にいたはずがいきなり森の中だったことを考えれば、何か超常的な力で飛ばされたということまでは理解できるが、ここが本当に今まで自分がいた世界とは別の場所なのかということについては、いまいちはっきりしない。


 ――契約のとき悪魔が言っていたことをもう一度思い返してみる。


 魂と引き換えに俺を代行世界に移行させる。そこで俺が『透明な支配者』となれるように能力を上げ、拳銃もつける。あとは俺次第、やれるもんならやってみろ――と、まあそんなところだったと思う。


 しかしゲームやりたさに悪魔に魂を売るなどと、俺もまた大それた契約をしたものだ。


 もっとも、厳密には売ったわけではない。こっちはこっちで魂を賭けた悪魔とのゲームで、敗北条件は――


()っ……」


 魂をとられる条件について思い出そうとした瞬間、頭に電流を流されたような痛みが走った。……なるほど、と祐人は思った。契約に至るまでの悪魔とのやりとりは覚えているが、その部分の記憶だけがすっぽりと抜けている。


 ……考えてみれば、それはそうだ。俺が()()を知っていては賭けにならない。となれば、そっちはなるようにしかならないだろうし、ひとまず忘れることにしようと祐人は思った。


「……それにしても」


 問題はこっちのゲームである。祐人はもう一度あたりを見回した。


 深い静寂に包まれた夜の森だった。フクロウの声はもちろん、虫の鳴き声さえも聞こえない。


 ……こんなところに一人で放り出されて、いったい何をどうすればいいのだろう。これなら戦場の真っ只中にでも送り込んでくれた方がマシだった。


 オープニングイベントが始まる気配はないし、そもそも人の気配さえない。これではまるでインストールしたはいいが起動しないバグゲーではないか――などと思いながら祐人が舌打ちしかけたとき、不意に闇をつんざく悲鳴が木々の向こうから届いた。


「――っ! ――っ!」


 どうやら女の悲鳴のようだ。そう思って祐人は声のした方へ歩き始めた。しばらくも歩かないうちに、悲鳴の正体が明らかになった。


 三人の男が、一人の女を襲っていたのだ。一人が女の腕を、もう一人が脚を押さえ、残る一人が荒々しく服をはぎ取りにかかっている。――どうせ殺して埋めるんだ。――こんな女でもこれだけ暗けりゃ。そんな男たちの声が聞こえてくる。


 ……だがその声を聞いて祐人は場違いにも、なるほど言葉はわかるようだ、などと考えていた。男たちが口にしている言葉は、祐人のまったく知らない言語のようだったが、祐人はその意味を理解できた。とりあえず言葉が通じずに苦労するような事態は避けられた――


 そんなつまらないことを考えてしまうほど、目の前の光景には現実味がなかった。そもそもここが本当に別の世界なのかわからないところへ持ってきて、なぜこんな森の中で女が襲われているのかわからない。画面の向こう側の映像を見せられているようで、とても現実のものとは思えない。


 それが理由で、祐人には目の前の出来事への恐怖もなければ、助けなければという義務感もなかった。だが少しだけ考えて、やはり女を助けようという結論に辿り着いた。当たり前過ぎて面白くないが、人としてそうすべきだろう、と。


 それにもうひとつ。悪魔の銃とやらの性能を試してみるのにも格好の機会だ。そう思い、銃を提げたまま祐人はゆっくりと男たちに近づいた。


「――っ! 誰だ!」


 振り返った男に一発。狙い違わず弾丸は眉間を撃ち抜き、男はものも言わず斃れた。


 脚を押さえていた男が立ち上がり飛びかかってくるのに一発。それも男の頭にあたり、左目より上が爆ぜて男は横倒しになった。


 最後の男が小さな悲鳴をあげながら逃げようとする背中にもう一発。心臓を撃ち抜いたのか男は伸び上がり、それから前のめりに斃れてそのまま動かなくなった。


「……ったく」


 たった三発で三人の男を殺した銃を眺め、祐人は大きくひとつ溜息を吐いた。


 ……やはりこんなことだろうと思った。悪魔お手製の銃などと言うからどれほどのものかと思えば、完全なチートアイテムだ。何しろ狙ったところに必ずあたる。どこぞのネコ型ロボットの同居人じゃあるまいし、射撃の経験がない人間が実銃を撃っていきなり的になどあたるはずがない。それがあんな適当に撃ってこの有様なのだから本当に嫌になる。まさに魔弾(フライクーゲル)だ。


 いっそこんなもの捨ててしまおうかとも思ったが、短気はいけないという悪魔の台詞が思い出されて、祐人は銃を懐にしまいこんだ。


 ……要はみだりに使わなければいいだけの話だ。これから何が起きるかわからないし、あとで後悔してもはじまらない。銃の性能はよくわかった。今はそれでいい。


「……で、だ」


 問題は女だった。女は男たちの死体の傍らで自分の身を抱くようにして蹲っている。こちらを見ず、虚ろな目で地面のあたりを見つめている。……当然だ、と祐人は思った。彼女はこんな暗い森の中で男たちに襲われかけたのだから。


 傍に近づこうとして――思い留まった。助けたとはいえ、自分もまた男であることに気づいたのだ。しかも三人の男を無造作に殺している。怯えるなと言う方が無理だ。


 少し考えて、祐人は女の隣に一人分の間をあけて座った。祐人が地面に腰をおろしたとき女が小さく身体を震わせたのがわかった。だが、女は逃げなかった。それだけ確認して祐人は、さっきそうしていたように木々の間から夜空を眺めた。


 月は月だ、と今更のようにそう思った。


 よく見慣れたものと同じで、ちゃんと兎が餅をついている。異世界探訪ものの本は祐人も何冊か読んだことがあった。中には月が二つの世界や、三つの世界もあったように思う。けれども自分が送られてきたここが、元の世界と同じ月が浮かぶ世界で良かった――と、何とはなしに祐人はそう思った。


 それにしても、夜の森の中で襲われている女を助けるイベントでゲームスタートとは、のっけからわけがわからないことになっている。ファンタジーRPGの入りなら王道中の王道だが、ウォーシミュレーションゲームのオープニングとしてはどうなのだろう。そもそもここは本当に悪魔が言っていた別の世界なのだろうか――


 そんなことを考えていた祐人の耳に、消え入るような女の声が届いた。 


「……貴方は」


「ん?」


「……貴方は誰?」


「ああ、祐人」


「……ユート」


「あれ? 名前聞いたんじゃなかった?」


「……」


「何て言うかその、事情はよくわからないけど、災難だったな」


「……」


「俺は君に危害を加えるつもりはないし、警戒しなくてもいいよ。まあ、そう言ったって今は無理かも知れないけど」


 女からの返事はなかった。祐人の方でも、あえて会話をつなげようとはしなかった。それきりまた女は黙った。仕方がないので祐人も黙って、再び夜空を眺めた。


 ……何ともいたたまれない状況だった。女の無事は確保できたわけだし、できるならこれ以上首を突っ込みたくない。


 だがぼんやりと黒い木々を眺めるうち、こんな森の中に一人で放置されるよりは良かったのではないかという気持ちになってきた。


 この(ひと)も今は怯えきっているとはいえ、落ち着いたら話のひとつもしてくれるだろう。そうすればこの世界のことを色々と聞き出せるかも知れない。


 ――そうだ。きっとこの(ひと)は、そうした役割をもって現れた、いわゆるチュートリアル要員に違いない。


 ふとそんな考えが浮かんで、にわかに女への親近感がわいてくるのを感じた。気候は春の終わりか夏のはじめのようで、暑くも寒くもない。このままここにいても凍えることはないが、できればどこかで夜露をしのぎたい。


「ひとつ質問していい?」


「……」


「ここらに屋根のある場所ってないかな?」


 祐人の質問に女は答えなかった。やはりまだ無理かと祐人が思いかけたとき、小さな声で女は「ある」と言った。


「どこに?」


「……近く」


「休むなら、屋根のあるところがいいと思う。案内してくれる?」


 祐人が言うと女は無言で立ち上がった。両腕で自分の身体を抱いたまま、よろよろと歩いてゆく。祐人はそのあとに着いて歩いた。

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