003 古き良きゲームと悪魔との契約②
「王様の顔グラ付きか。いいね……って、王様みんな女じゃん」
「この世界じゃ女しか魔法が使えないんでさ」
「ああ……そういうこと。つか、この世界には男もいるんだよな?」
「男がいなけりゃキャベツ畑に実がなりやせんぜ。もちろんいやすが、政治の場にゃ滅多に顔を出さねえってだけの話で。まあ言うなりゃこの世界の逆バージョンといったとこでさ」
「なるほど」
「わかりやすく攻略難易度もおつけしやしょうか」
「おお。これはわかりやすい。Sが楽な方?」
「いえ、難しい方で」
「となるとSだな。Sは……ふたつしかないか。ここは?」
「ああ、ここはやめた方がいいですぜ。北の果ての孤島なんでさ」
「なるほど、それで難易度Sか。もうひとつのSはこの神聖アウラリア帝国だけど……何でここだけ王様の顔グラがないの?」
「ええ、それはでやんすねえ……あった。ありゃ、半年ほど前に崩御しとりやす」
「皇帝不在か」
「なになに……皇女殿下お二人のどっちかがもうすぐ即位する予定でやんすが、宮廷が割れててどっちが皇位につくかわからず」
「ほう」
「かつて繁栄を極めたのも今や昔で、帝国とは名ばかり。領土にしてみたところで、こぢんまりとした都を残すのみ」
「おお!」
「近隣は伸び盛りの強国ばかりで、このままじゃにっちもさっちもいかない。さながらオスマントルコに滅ぼされる寸前のビザンティン帝国ってな感じでやんすか」
「なにその俺好みの状況! ここ! ここにする!」
「通りやした、と。……相変わらず旦那のご趣味はわかりやせんなあ。だったらあとはブツと能力だけで」
「いいよそんなの。いらない」
「いらない!? いえ、そういうわけにはまいりやせん!」
「俺がいらないって言ってんのに?」
「悪魔には悪魔のルールってもんがありやす。魂に見合うだけのもんを持っていっていただけねえと契約できやせん!」
「よくわからないけど、まあルールなら仕方ない」
「へい、ルールなんで。こちらが能力のリストでやんす」
「どれどれ。この中だと……そうだな。ちょっとだけラッキーにしてもらおうか」
「へい。幸運値をアップ……と」
「これでいい?」
「へ? いいわきゃねえでしょ! まだまだぜんぜん足りやせん」
「だったら……そうだな。せっかくだし、ちょっとだけモテるようにして」
「魅了値もアップと……げ、旦那。魅了値はやめたほうがいいかも知れやせんぜ?」
「なんでよ?」
「この世界だと、旦那は自動的にモテちまうんで」
「どういうこと?」
「つまり、この世界の基準では、旦那は絶世の美男子なんでさ」
「美男子……って俺が? マジ?」
「マジでやんす。いえね、実んところカラクリがありやして。この世界での美男美女は、ちょうどこっちでの十人並みがそれにあたるんでさ。旦那はどこからどう見ても十人並み、モブの中のモブってなお顔の人。この世界でモテねえはずがごぜえやせん」
「……なんか全然褒められてる気がしないんだけど」
「だもんで、魅了値なんぞあげちまったら、そりゃもうモテてモテてしょうがなくなるわけで」
「いいよ、それで」
「……いいんですかい? あっしの予想だとそりゃもう大変なことになりやすぜ?」
「大変なことねえ……モテ過ぎて大変なんて言われても全然ピンとこない……あ、ひょっとして俺が全然モテないとでも思ってる? こう見えて俺、ちゃんと彼女いたこともあるし、そんなに女性免疫ない方じゃないんだけど?」
「そんなこと心配してんじゃありやせんぜ……ってか、旦那がそのお顔で恋愛マスターってことなら、なおのこといらん苦労を背負い込むことになるんじゃねえかって話で」
「恋愛マスターじゃねえよ。つか、『そのお顔で』とか余計だよ。いいよ、モテてモテてしょうがない男にしてくれよ。強大な魔力や伝説の武器なんかに比べりゃよっぽどマシだ」
「あっしはちゃんと忠告しやしたから覚えといてくだせえよ。では魅了値もアップ……と」
「これくらいでいい?」
「まだ半分も」
「なんだよそれ! だったらもう面倒臭いから適当に上げてくれよ」
「へい。……でやんしたら、支配値をマックス、剣技と馬術をマックス、傷病耐性をおつけして、おまけに身体能力をマックスに……と」
「待て待て待て! それじゃ完全にチートだろ!」
「適当に上げろと言ったのは旦那でやんしょ?」
「チートは嫌だってさっきから言ってんだろ! 聞いてなかったのか? 頭の横にとんがってるそれは飾りか? 飾りなのか?」
「……」
「ったく、悪魔だって客商売なんだろうが。客の要望ちゃんと聞かなくてどうするよ? そんなんだから業績あがらなくて同僚に先越されちゃうんじゃないの?」
「……そこまで言われちゃ黙ってられねえ。そんならあっしも言わせてもらいやす! ええ、言わせてもらいやすとも!」
「なんだよ」
「さっきからチートだ何だと言ってられやすが、そもそも旦那が入り込みたいっていうこのゲームの中で、プレイヤーとしての旦那が死ぬことはあるんでやんすか? それとも、何があっても旦那は死なねえんでやんすか? さあどっち!」
「死なないな、そう言えば」
「でやしょう? でやしたら、あっしがお送りする先で旦那が簡単に死んだり大ケガしたりと、そんなんでいいんでやんすか? ゲームにならないでやんしょ? 違いやすか!?」
「なるほど、一理あるな」
「あっしは何も自分の都合ばっかり押し付けてるわけじゃねえんで。旦那のおやりになりたいことを形にしようってんで、これでも考えてるんでやんす」
「失敬、さっきの発言は取り消そう」
「わかっていただけりゃいいんで。……しかし、そうなりゃどういたしやしょうかねえ。あとは、あっしらが旦那から魂をいただく条件をいじくるくらいしか……」
「と言うと?」
「あっしらは旦那に魂を賭けていただく引き換えに贈り物を差し上げやす。これもある意味ゲームみてえなもんで、魂をいただく条件がラクだってんなら、そりゃもう途方もない贈り物を差し上げにゃなりません」
「たとえば?」
「たとえば……そうでやんすなあ。死んだら魂をいただく、なんてのは最悪でやんすね。人間の御方におかれちゃ、いつかは確実に死ぬもんでやんすから、よっぽどのものを差し上げねえことにゃ賭けになりやせん」
「だったら、その魂をとられる条件だけどさ」
「へい」
「××××××××××ってのはどう?」
「ふうん……斬新と言いやすか、確かにいい落とし所かも知れやせん。そんなら贈り物もあともう少し上乗せするだけで足りまさあ」
「だろ?」
「ただそうなるとこっちにも大義名分ができやす。××××××××××ところへもってきて、××××××××××ですから、××××××××××じゃ話になりやせん。幸運値をマックスまで上げて、申し訳ありやせんが身体能力も少し上げさせていただきやす。あとは……そうでやんすね、護身用にオーパーツをお持ちいただきやしょうか」
「オーパーツ? その時代に存在するはずがない文明の利器だっけ?」
「さすが旦那は話が早い。オーパーツとして、旦那にはあっし特製の銃をお持ちいただきやす」
「銃? 待てって。まだ銃のない世界なんだろ? そんなとこに銃なんか持ち込んだら――」
「新しい武器が生まれるきっかけになるやも知れやせんなあ」
「……」
「新たな文化や技術の萌芽となる、そんな期待が出てきてしまいやすなあ」
「……俺のツボわかってきたね、君」
「ご持参いただけるんで?」
「持っていくよ」
「これも通りやした……と。だったら残りは鼻クソみてえなもんでやんす。どうでやんしょ。ここはひとつ身体能力をもう少しってのは」
「身体能力はこれ以上アップさせたくない。残りは……そうだな、いっそモテ度を上げきってくれ」
「……魅了値をマックスにすりゃ丸く収まりやすが、本当にいいんですかい?」
「いいよ。毒食わば皿までだ。モテるったって、俺じゃどうせたいしたことないんだろうし」
「やれやれ。旦那のお顔にゃ今からもう女難の相が出てやすぜ。でしたら幸運値と魅了値をマックス、身体能力をちびっとアップ、おまけにあっし謹製の銃をおつけして、ゲーム開始ってことでよござんすか?」
「いいよ、それで」
「だったらこれで契約成立、ってことで?」
「ああ。契約しよう」
「でしたらこちらの契約書に旦那の血を一滴。針もこちらにご用意を」
「……痛て。これでいい?」
「契約成立でやんす。ふう……旦那みたいに疲れるお客は初めてで」
「じゃ、頼むよ」
「……もう送っちまっていいんですかい?」
「そういう気分なんだ。気が変わらないうちにとっとと送ってくれ」
「わかりやした。――旦那、最後にひとつ。あっしは商売抜きで旦那に興味が出てまいりやした。無粋な手出しは致しやせんので、あっちに移行していただいた旦那を画面のこっちから覗くくらいのことは許してくれやすか?」
「いいよ。それくらい」
「では、どうかご機嫌よう――」
◇ ◇ ◇
祐人が消えた部屋には、件のゲームのコマンド選択画面のまま止まっているPCと、彼を送り出した悪魔だけが残った。
悪魔はしばらく佇んでいたが、やがて祐人が座っていた椅子に座り、PCに顔を近づけた。古き良きウォーシミュレーションゲームの画面がモザイクのようにぼやけていき、やがてそこに夜の森が映った。
森の中には一人の男が立っていた。
それだけ確認すると悪魔は祐人の前では見せなかった文字通り悪魔のような笑みを浮かべ、立ち上がり、律儀にPCの電源を落として、闇に溶け消えていった――