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第6話 目を閉じていれば平和なまま

 それはリンにとって期待ではなく、確信であった。

 笑顔で駆け下りる彼女の頭の中は彼への喜びと謝意でいっぱいで、他の可能性など微塵も考えていない。


「アルバ!」


 何せ今日は休業日だ。

 プラス予約の受付もやっていない日に、わざわざ店を訪れるなんて一人しかいないはず。


 しかしそんな考えと共にちょっと興奮気味で来客を出迎えた扉の先には、リンの迫力に驚いてビクッと身体を震わせる幼く小さな白い花――フランが立っていた。


「あ、あの……」

「フランちゃん!? あ、えと、ごめんね。勘違いしちゃった。驚かせちゃったよね?」

「大丈夫、です」


 そう言ってフランは何かを見たのか察したのか、目を逸らして俯き、両手で自身の服の裾をギュっと握る。


(あっ……私今、顔に出てた!?)


 少しでも、不安にさせてしまった。

 焦ったリンは咄嗟に彼女を店内へ誘導する。外で立ち話もなんだ。きっと何か話があるのだろうし、ゆっくりと中で聞けばいい。


「フランちゃん、よかったら中で話さない? 椅子もあるし、お姉さんが作ったハーブティーもあるよ?」


 リンの言葉にフランはコクンと小さく頷き、中へ入る。

 すると来客の知らせに遅れてガーネットも上から覗きに来て、リンと小さく可愛いお客さんの様子を見てすぐにお茶とお菓子を持って一階へ下りてきた。


「あら可愛いお客さん。リンの新しいお友達?」

「あはは、そんなところです」

「こん、にちは」

「はいこんにちは。偉いわね」


 気まずそうに椅子に座りながら、けれどしっかりと挨拶できるフランの姿にニッコリと笑むガーネット。彼女にとってこういう子は、どこか昔のリンを思い出させる。


 対して当の本人はガーネットが持ってきたお茶とお菓子をテーブルに置き、フランが食べやすいようにいくつか見繕って彼女の前の皿に乗せる。

 やはり似た者同士だからか、それとも過去リン自身が他人にされた・されなかった経験からか。ちゃんと年上しているリンの姿に成長を感じたガーネットは、嬉しそうに少しニヤニヤしながら二階へ戻っていった。


(なんかガーネットさん、変に嬉しそうだったな)


 ごゆっくりー、と行ってしまったガーネットに若干の違和感を覚えながら、リンはゆったりとフランの対面に座る。多少の緊張はあるが、これで話しやすくなったはずだ。


「よかったらお皿のクッキー食べてね。あ、あと果物ならなんでも出せるから、フランちゃんの食べたいのあったら教えて」

「あ、ありがとう、ございます」


 沈黙。両者揃って手を膝に、肩が少し上がったまま俯き始める。


 リンからすれば、わざわざ来てくれた理由があるはずと待ちの一手。

 自分からズカズカと聞いては向こうも話しづらいかもしれない。でも、むしろ自分から話しかけた方が要件を言いやすいかもしれない。


 そんな思考の狭間で揺れるリンと同じく、フランもまたどうするすべきか悩んでいた。


(あ、えと……せっかくだから食べた方がいいかな? それともお姉さんに何か、創ってもらった方がいいのかな?)


 結果、二人は互いに悩みながら様子を窺い続け、生み出した静寂が余計に二人の口と心に重くのしかかる。聞こえるのは時計と、来客を知らせる鈴の音だけ。


 これでは、いつまで経っても埒が明かない。

 そう二人の心情を見透かして、見かねた『彼女』は店に入るや否や、友人が帰るまで閉ざすはずだった口を開いてフランに囁く。


「フランはリン様に昨日のお礼が言いたいのですよね?」

「あ、えと……はい。昨日は、ありがとう、ござい、ました。今度、パパとママも……」

「えっ!? いいよそんな、大したことはしてないんだから。……すみません、なんだか助けていただいて……あれ?」


 聞き馴染みのある声に後押しされ、やっとお礼を言えたフラン。

 対してリンはその優しくも温かな女性の声に馴染みがない。それどころか、自分達を助けてくれた相手の姿が見えない。


「フラン、少しリン様をお借りしますね? キョウちゃんお願いします……あら、そうですか」

「ッ……!?」


 声だけの誰かに、リンは椅子を倒しながら立ち上がり、フランを守るように彼女の前へ。後ろではフランが困惑の声を上げるが、説明している暇はない。


 ただ、テーブルが壁際で良かった。

 見えない相手に、両手を広げることでフランへの攻撃を限りなく防げる。リンは警戒心を高めながら五感を研ぎ澄ませ、加えて【生命探知】を発動して相手の居所を探す。


「ならこれでは? あら残念、やはり帽子の界法器が原因のようですね。分かりました」

「さっきから一人で話してないで姿を見せたらどうです? 私、さっきのお礼がしたいんですけど」

「あっ、お姉さん。違うの、待って」


 鋭い口調にフランが後ろで何か言っているが、リンは構わず思考と観察を続ける。


 これで二日連続。狙いはフランで間違いないだろう。

 なら彼女は何かしらの界法師か、それとも王都に住む名家のお嬢様か。貴族制度自体は半世紀以上前に解体されたが、まだまだ彼らの力は健在だ。特に今回の相手、見えない誰かと遠隔から何かしようとしている誰かの二人。これだけでも敵の本気度が窺える。


(【生命探知】の反応からして正面に一人。他の生物の目を借りても見えないってことは光学迷彩や擬態の類じゃなくて、直接視界に干渉されてるのかも。なら、相手は認識世界への干渉に秀でた精神世界か視界の界法師……)


 思考を深めながら、リンはいつでも【華凛かりん】を打ち込めるよう構える。

 遠くで何かしているもう一人が少し気になるが、襲ってくるのが正面の見えない敵だけならば問題ない。


 界法師との戦いは、いかに早く相手の意識を奪うかの戦いだ。

 その点リンの【華凛】は対界法師に特化している。直接相手に触れなくてはいけないものの、触れれば粘菌が迷路を最短でクリアするように相手の脳へと一瞬で侵入し、『セカイ』が宿る相手の心諸共、コンクリートを突き破る野花の如く貫き散らす。


 悪意に心が擦り減るように。

 脳が揺れれば倒れるように。

 生物が皆、死にゆくように。


 起きてしまえば決して防げぬそれらと同じく、リンの【華凛】は相手の界法を強制解除し、一時的に使用を困難にさせる。つまりは界法師が相手なら誰であれ、物理的にも精神的にも完成された技なのだ。


「フランちゃん動かないでね。大丈夫、花屋ここで『花の界法師(私)』が負けるはずないから」

「違うの! 赤く、ならなくていいの! マリア様は、黒くないの!」


 重く、冷たくなっていくリンの言葉に、フランは必死に思いを発しながら行ってしまわぬようにと彼女の服を掴む。

 こうでもしなければ、きっと目の前のお姉さんは『彼女』と戦ってしまう。そんな気がして。


「あら、何か勘違いさせてしまったようですね。申し訳ありません」


 フランの言葉に戦闘モードだったリンの心が僅かに揺れる。

 直後、向こうも状況を察したのか、一言虚空から「解除」と言ってその隠していた姿を二人に見せる。


「初めまして『花の界法師』リン様。ワタクシは、視界の代行者にして『目の界法師』マリア――」


 ゆったりとした口調と共に現れたのは白を基調に金の薔薇の刺繍が入ったローブを身に纏い、同じデザインのフードと黒のベールで口元以外を隠した、恐らく女性と思われる背の低い人物。


 正直リンが思うのもなんだが、金槌の柄を伸ばしたような銀の杖も相まって、外見の印象は怪しい聖職者か魔女にしか見えない。


 だからこそ、余計にリンは警戒したのだが……。


「――薔薇十字教会で大司教をやっております」


 その一言で、印象と認識が一変した。


「……は? ぇへっ!? え? 本物っ? 本人!?」


 我に返り、何度もフランとマリアを交互に見返すリン。

 そんな彼女はフランから本人だと伝えられると、徐々に顔が青ざめていった。


 何せ薔薇十字教会はアルバが目指す薔薇十字騎士団と同じ国家機関。

 その中で大司教と言えば枢機卿の次に高い立場であり、なんならフラワ国民からは外から何をしているのか分からない名前ばかりの枢機卿よりも信頼されている実質的なトップなのだ。


 そんな人を相手に、自分は敵だとばかり……。

 瞬間、リンは自身が知る最大限の謝罪と敬意を表す行為を実行した。


「し、知らなかったとはいえ申し訳ありませんでした! フランちゃんも、教えてくれてたのに! ごめんね!」


 両膝を地につけ、背筋と両の手の平をピンと伸ばす。

 それから手を膝前の地面へ八の字になるよう置き、その間へ額を深く沈める。


 これこそリンの知る最大の謝罪方法『土下座』。

 彼女はしっかりとマリアに一礼した後、拳を立てて体をフランの方へ擦り動かし、もう一度頭を下げる。


 だが二人はこの礼法を知らないようで、言葉と態度から行動の意図は推測できるものの、突然地面に丸まり出したようにしか見えない。


「リン様? 何をしているのか分かりませんが、とにかく頭を上げて下さい」

「うん。私も、大丈……夫、だから」


 若干困惑気味の声にリンはガバッと顔を上げ、伝わっていないのかと不安そうに二人の顔を見る。


「あの、土下座ってこっちだと伝わらないんでしたっけ? ……あ、そっかこれヨスガ式……」

「いえ、謝罪の意は受け取りました。ですのでこれ以上ご自身を責めないで下さい。元を正せば、ワタクシが不審な真似をしたのが発端ですから」


 そう言って差し出すマリアの手をリンはありがたく取り、立ち上がる。

 話を聞けばフランとマリアは個人的な付き合いのある友人同士で、ここで会ったのは偶然だったらしい。


「それにしてもリン様はえんの国のご出身なのですか? 先程のヨスガ式の謝罪といい、そのお帽子も、異国の品のように思うのですが」

「いえ、出身は南方の奥の方です」

「なるほど月の国の……道理で博識なのですね。異国文化だけでなく界法についてまで」

「あれ? 私界法の話なんてしましたっけ?」

「ええ、仰っていましたよ? 心で、ですが」


 そして突如として増えたマリアもテーブルに着き、気付けば三人は世間話に花を咲かせていた。ついさっきまで臨戦態勢だったはずなのに。大きな音や声にガーネットが様子を見に来る雰囲気も無く。


「……そういえば昔、ワタクシもルナへ行ったことがありまして。最南端の禁足地にある『アトプルマウの棺』を初めて見た時は、あぁ、あの霧の牢獄こそ『災厄の魔女』が封じられている場所なのだと、その荘厳さに改めて神話と地続きの場所なのだと実感したものです」

「あ~、あそこは確かに、外から見ると凄いですよね。近付くとただの霧なんですけど」


 マリアとリンの会話に、フランが途中不思議そうに首を傾げる。

 何か、気になる部分でもあったのだろうか。そうリンが思った直後、自身の頭の痛みに何かを思い出す。


(気になる? そうだ、何かがおかしい。なんだっけ? あれ? 違和感……静かすぎる?)


 人類にとって痛みや発熱がウイルスなどに対する抵抗であり警報であるように。

 この痛みもまた世界に生きる自分自身が他者の『セカイ』に干渉されている警報であり、今も抵抗し続けている証明なのだ。


「……ええそうですよフラン。神話の『災厄の魔女』は絵本の『隙間の魔女』の元となった方です。絵本だと境界の界法であらゆる隙間からこちらを見つめる恐ろしい魔女ですが、神話では優しい方だったと。それでも最後は神ヴァニタスと争いになり、楽園だった世界を六つの国に分け隔てた罪で『アトプルマウの棺』に封印されてしまったのですけどね」


 故に、リンは考えなくてはいけない。考えなくてはいけないのだ。

 フランはマリアの言葉に頷いている。まるで最初から分かっているようだ。いや、そもそも相手は『目の界法師』、心を見透かすなど朝飯前か。


 だが、それ以上にリンは自身が何か根本的な部分を【見落とし】ている気がしてならない。集中して考えたいが、気付くとマリアから【目が離せず】に、彼女の言葉や動向を自然と【目で追って】しまう。


(駄目だ。頭が痛い。ここは一度落ち着いて、お茶でも飲んで目を閉じて、ゆっくり深呼吸。……そうだ、思い出した。なんでこの人、わざわざ隠れてうちに――)


「ふふ、それはワタクシの立場のせいです。こうして人の目に留まっては、色々とご迷惑をかけてしまいますから」


 当然の如く心を見透かすマリア。

 けれどおかげでリンは向こうの力をはっきりと理解し、意識を内へ内へと集めて深く思考を始める。


(目を閉じたのが良かった。目的はなんだ? 時間稼ぎ? でもフランちゃんとは本当に友達らしいし、界法だって抵抗や世界との摩擦でいつかは効果が切れる……ならなんだ?)


 もちろん、これらの思考が見透かされるのも想定済み。

 いざとなれば【華凛】を打ち込む。もうリンは自分というセカイを見失ったりしない。


 そして彼女は視覚以外の四感覚を研ぎ澄ませ、【生命探知】を発動する。

 これでマリアは逃げも隠れも出来ないはずだ。加えて、見落としていたもう一人仲間の存在も思い出した。恐らく、この空間だけ切り取られたような静かさが、もう一人の宿した『セカイ』の力。つまりは聴覚、または音関係。


「……マリアさん、そろそろ要件を言ってもらえませんか?」

「あら。ふふっ、そうでした。ワタクシったら、つい楽しくて……」


 目を閉じたまま話すリンの言葉に、マリアはどうやら微笑んだ様子。

 一体全体マリアが何を考えているのか分からないが、これで答えは二つに一つだ。


 敵か、それ以外か。


 瞬間、リンは強烈な頭痛と共に強制的に目を開かされ、同じ力で口を閉ざされる。

 まるで両方の開閉が零か百かしかなくなったかのように、目は最大まで見開き、口は唇を内へ巻き込むほど噤んでいる。


 むしろリンは界法が界法で対消滅し、相互干渉である以上、自分よりも行使している相手の方が更に強烈な頭痛を受け意識を削られていると知っているため、この状況を維持していることに驚愕すらした。


「んんっ!? んんぅんんんっーー!!」


 いや、この場合は界法にも向こうの精神力にも、と付け加えるべきだろう。

 リンは驚き立ち上がった反動を活かすように、半分無意識で掌底を目の前のマリアへ叩きつけようと構え……。


 しかし直後、彼女と【目が合って】、【華凛】を放とうとしていた手が思わず止まる。


「中央教会の花壇に、リン様の界法で新しく花を咲かせて頂きたいのです。後程、ワタクシの使いを向かわせますので、出来れば今日中にお願いしたのですが……」


 そこには黒のベールを上げた、純白のように白いマリアの顔があった。

 真っ白な肌と、少し見える真っ白な前髪に真っ白な左目。唯一の色彩はローズマリーのような青い右目だけだが、それがかえって目を引き、その美しい瞳に意識が吸い込まれてしまう。


 結果、否が応でも彼女の目を見ざるを得ない。

 仕方が無いのだ。その美しい瞳にリンは目を見開き、惹かれ、引かれ。そして目が合うと、マリアの機微がリンへと流れ込んでくる。


『リン様の身に危険が迫っております。それも、国の存亡がかかる程の危機と共に。……後程使いを寄越しますから、くれぐれもご内密にお願いいたします』


 目は口ほどに物を言うなんてことわざがあるが、創った当人もまさかここまで語れるとは思っていなかっただろう。


 リンは聞こえてきた言葉と【アイコンタクト】で受け取った言葉をなんとか脳で処理してから、わざわざ忍んできた大司教の『内密に』を最大限尊重する形で返答した。


「えっと、分かり……ました?」

「それは良かった。でしたら後程、夜にはワタクシの仕事も終わっているでしょうから、細かなすり合わせはその時にいたしましょう」


 喜びにこちらの手を両手で握るマリアの顔は、既にベールで隠れ、しかし口元だけで十分に嬉しさを認識できる。

 気付けばリンの思考は正常を取り戻しており、今までの界法もすべて解除されたのか、頭痛も消えていた。


 残ったのは、大量の疑問だけ。

 そうしてただただ複雑怪奇で膨大な情報量に困惑しボンヤリとしてしまうリンの前に、次なる不確定要素が鈴の音と共に扉からやってきた。

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