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第2話 界法師(かいほうし)

「うーっし、とりあえず歩こうぜ」

「別にいいけどアンタ、何か話があって来たんじゃないの?」

「そうだけど?」

「なら先に言いなさいよ」


 店を出てすぐ、太陽に向かって伸びをするアルバにリンは怪訝な表情を向ける。

 本当なら一人でどこか、静かに散歩でもと思っていた矢先にこれだ。声と身長がデカく、なんなら態度もデカいアルバとの行動は自分の理想とは真逆。そのうえ昔は王都でも相当な悪ガキだった彼は何かと目立ってしまう。まぁ別に、リンもだからといって嫌ではないのだが。


「まー別にいいだろ? 後のお楽しみってことでさ」

「はいはい。とりあえず目的地は自然公園でしょ?」

「大当たりー」


 そう言っていつも通り近くの自然公園へ歩いていく二人。

 道中、アルバの知り合い何人かと偶然会って世間話をしたが、相変わらず彼は良くも悪くも顔が広い。だが、似たような感覚をアルバもリンに感じている。


 キリッとした印象の整った顔に、自分より少し低い百七十二センチの高身長。

 加えて鍛えられたスレンダーな肉体美もあってか、歩いているだけでモデルか何かと間違われる程に優雅で優美だ。しかも、そこに桜色の髪と薔薇色の瞳に、ダメ押しの大きな三角帽子まであるのだから、目立たぬ方が難しい。


 そのうえ最近は「帽子が見えたからアルバもいると思ったよ」なんて話しかけられることもしばしば。どうせ自分なら、あの魔女帽子の子と一緒だろうとでも思われているのだろうか。


「何? ジッと見つめて」

「いや、お前の今日の服装……」


 自分の感覚の真偽を確かめる為、アルバはリンの方を見る。

 瞬間、幅広な三角帽子のツバにぶつかりそうになりビクッと身体を硬直させると、彼女はムッとしながらも見やすいように立ち止まってくれた。


 おかげで、しっかりと観察できる。


「ッッッ! ……ねぇ、何かあるなら早く言って」

「…………」


 ベルスリーブと呼ばれる袖口に向かって広がっていく袖が特徴的な若緑色のロングワンピースに、下ろせば膝裏まで真っ直ぐ伸びている髪を結って、大輪の花を作るお花ハーフアップの装いは、リンの髪色も相まってより春を感じさせる。

 加えて、彼女の大切な三角帽子にも装飾として花の咲いた桜の枝があり、アルバは総評として……


「ザ・光の魔法使いって感じだな」


 と、リンの期待の眼差しを一瞬で冷ました。


「はぁ~あ。アンタに褒めてもらおうだなんて、私が馬鹿だった。せめて光系統なら季節的に春光とか、色々あったでしょ」

「なっ! ちゃんと似合ってるって意味だからな!?」

「はいはい。お子ちゃまなアンタには何着ても似合って見えるでしょうね」


 呆れた表情と共にリンはジトっとした目でアルバを少し睨み、それからプイっと前を向いてカツカツと石畳の道を先に進んでいく。

 後ろからは「ちょっ、待てって」などと弁解しようとする声が聞こえるが、別に待たなくても追いつくと分かっているので当然止まらない。


「別にお子ちゃまって程の感性じゃないだろ? 実際、お前が何着ても似合うのは事実なんだしさぁ」

「バっ! バカじゃないの!? ホント」

「は? 何照れてんだよ」


 彼の正直すぎる言葉にリンは狼狽え、少しだけ帽子を深く被る。

 対してアルバの方は何故向こうが突然恥ずかしがっているのか分からず、自身の言葉を思い返して考えるが、何が悪かったのか全く見当もつかない。


「……うっさい。普通に褒められるなら、最初からしなさいよ」

「え? 俺今褒めてた?」

「あー! もう!」


 いつも以上にすっとこどっこいなアルバに思わず我慢の限界というか、自身の褒められ耐性の低さに悶絶したリンは、これ以上この会話を続けられたら恥ずかしさで爆発しそうだと話題を変える。


 内心、自分のような人間のどこが良いのかと思う反面、彼からの称賛は何故か他の人達と違って自然と心にスッと入り込む。その不可思議な感覚に、リンは少しだけ思考を巡らせるが、最初に浮かんだ結論は『嘘を吐けるほどアルバは賢くない』なんて、消極的なものだった。


「そもそもなんで『ザ・光の魔法使い』って発想になる訳!? 普通、『界法師かいほうし』の私に魔法使いとか言う? 同じファンタジー職業なら、せめて白魔術師とかにしてよ」


 けれど、裏を返せばそれだけアルバを信頼しているのだ。

 人の心なんて分からないし、聞いたからといって本心からの答えが返ってくるとも限らない。そういうものだと、リンも分かっている。なのに、彼に対しては特別信じているのだから、詰まる所それが本当の答え。


「いや、俺そんなに詳しくないし……。てか結構合ってるだろ、光の魔法使い」

「……それ、絶対ワンピースと帽子だけ見て言ってるでしょ」


 もちろん、その答えに今のリンが気付くはずも無く、アルバもまた彼女の特別な感情を察せる訳もなく。

 むしろ、お互いに気付いていないからこそ今の関係があるとも言える。


「いや~そうか? まぁ確かにお前の帽子って絵本の『隙間の魔女』っぽいけどさ」

「は? 誰が子供達のトラウマですって?」

「や、闇の魔法使い……」


 睨むリンに思わず呟く。

 直後、アルバは自身の言葉がもたらす結末を悟り、ビクッと静止する。


 これはパーどころかグー……最悪の場合リンの界法かいほうでボコボコにされるかもしれない。と、そんな未来を予想しつつアルバはぎこちなく隣を見ると、恐ろしいほど優しく微笑む彼女と目が合った。


「フフ、忘れちゃったのねアルバ。前にも言ったけれど、魔法使いは架空の存在で界法師は現実の存在。それに向こうは万能に描かれたり大地の力の一部を行使したりって感じだけど、界法師が扱う力はあくまで世界に存在する『セカイ』が持つ力のみ。一応は私の弟子なんだから、そろそろ覚えて欲しいのだけれど?」


 表情と同じく優しい口調で教えてくれるリン。

 だが、その界法師特有の不自然な色をした瞳からは圧しか感じない。


 特に彼女と出会って三年経つアルバからすると、この先は二つに一つだ。善意による懇切丁寧過ぎる説明か、滅茶苦茶に問い詰められるか。今回がどちらかは言うまでもないだろう。


「そ、そりゃもちろん覚えてますよ? でもさ、ほら、ちょっとは似てるだろ?」

「いいえ、全く。五大元素でどうこうしないし魔力なんて力も無いから、当然魔力量とか消費魔力が~なんて問題も無い。それにこっちは理論上、『セカイ』と削れてく自分の意識さえ保っていればいくらでも『界法かいほう』を使える。ね? 全然違うでしょ?」


 話し終わる直前、リンの少し鋭い眼が僅かに和らぐ。


 実際、この『現実世界セカイ』には魔力も魔法使いも存在せず、ドラゴンも幽霊も概念上の存在でしかない。だが、超常的な存在が全くいない訳でもなく、二つ、確かに実在している。


 一つは神。そしてもう一つは界法師と呼ばれる、世界に存在する『セカイ』の力を行使する者達。彼らは『セカイ』を構築・構成する『物質』『概念』『認識』の三要素を用いて世界に干渉し、その意思と意志でもって世界を変える。


 その力とは、例えば宇宙。例えば国。それが社会や業界、家庭や頭の中であっても一つの『セカイ』だ。故に、もし異世界なんて『セカイ』の力を行使する界法師が現れたのなら、その界法を『魔法』と呼ぶのかもしれない。


「あーいや、そうじゃなくて……」

「何? 私が宿してる『セカイ』が自然界だから、殆ど魔法じゃないかってこと? あのねぇ、確かに広い概念だし世界観もそれっぽいけど、知識も練度も必要な訳で。じゃなきゃ『花の界法師』なんて名乗ってないわよ」


 若干呆れた様子でこちらを見るリンに、ようやくアルバは真意を察する。


(あれ? もしかして怒ってない……?)


 散々ビクビクとしていたが、もしかするともしかする。

 前提の違い。論点のズレ。ちょっとしたボタンの掛け違い。


 怒っていると思っていたアルバだったが、実はそこまでリンは怒っていないのかもしれない。と、彼女の表情や話からそう解釈した彼は恐る恐る、喉に引っかかっていた言葉を口にする。


「えぇっと、そっちでもないっていうか。あれだ! 服の話! 服と帽子が魔法使いに似てるよねって話……だよな?」

「へ? アンタが界法師と魔法使いをごっちゃにしてるって話じゃないの?」

「いや、それは最初に覚えてるって」

「えぇ!? でも服が似てるって話は、私最初に肯定したよね!?」


 結果、アルバは賭けに勝った。

 この様子なら怒られることもないだろう。


「え? 言ってたっけ?」

「言ったよ。見た目だけで判断してる~的な事。あんなの自分で魔女っぽいって自覚してなかったら、言わないでしょ普通」

「なぁ~んだ。やっぱリンも思ってたんだな」


 だが、そう安堵して歩き出そうとするアルバの手首を、リンは後ろからしっかりと掴む。


「で? まだ話は終わってないけど?」

「あっ、いや~……」

「私、別に怒ってない訳じゃないからね? ただ丁度いい機会だし、ちゃんと界法師について教えようと思っただけで」


 何か勘違いしていそうなアルバに、リンは握る力を少しずつ強めて伝える。まだ、一つも謝罪の言葉を聞いていませんよ、と。


「あの~リンさん? そろそろ痛いんですけどぉ、止めてもらってぇ……」

「んふふ、アルバったら、また忘れちゃったのかしらぁ? せっかく界法師について学んだんだから、次は界法について……。知ってる? 肺に入った豆が発芽しちゃった人のこと。アルバで再現してみよっか?」

「ギャー! ごめんなさい俺が悪かったですぅ!? 俺のお子ちゃまな感性で魔女とかどうとか言ってー!」


 軋みだす手首に思わず悲鳴を上げて振り返り、その場で膝をついて謝る。

 もう逃げ場はない。というかそもそも界法師のリンとただの人間でしかない自分とでは最初から勝ち目がない。


「服じゃなくて闇の魔法使いに対しては?」

「嘘です冗談です、ホント……」

「ならよろしい。全く、一応これでも私、店では明るく元気な店員さんで通ってるんだから」


 そう言ってリンは満足そうな表情で掴んでいた手首から手を離す。

 全く、本当にアルバは何も分かっていない。だが彼も彼で即座に立ち上がり、彼女の間違った認識の原因を問う。


「明るく、元気なっ!? はぁぁあ!? 誰が言ってんだよそれ」

「何そんな驚いて……。よくいらっしゃるサクユリおばあちゃん。いつも会計の時に蜂蜜キャンディーくれて、『リンちゃんは孫娘と違って明るく元気でいいねぇ』って」

「あー、あの眼鏡の……。まぁ確かにあの人んとこの孫よりは……いや、でもリンの方が真面目で心配性だぞ? だいぶ」

「は?」


 話を聞いていたリンは途中少しばかりイラっとしたが、認識の齟齬などよくあることだと受け流し、彼より先に歩き出す。こうして立ち止まっていては、いつまで経っても目的地の自然公園に辿り着かない。


 それこそ、年上の責務だからだ。

 と、半年しか変わらない誕生日の差を四捨五入で計算しているリンは、内心で誇らしく思いながら涼しい顔で話し始めた。


「まぁいいや。それよりどこで知り合ったの? サクユリおばあちゃんと」

「ん? いや会ったのは二回か三回で、どっちかってっと孫娘の方と知り合いなんだよ」

「へ~……じゃあその子も騎士団目指してるの?」

「いや、向こうは教会関係者」


 少し踏み込んだ質問をするリンに、アルバは話したい本題と結びつきそうだと頭をひねる。


「あ~孤児院の。ならアンタ、身の回りの世話とかその子に迷惑かけないでよ?」

「お前なぁ、むしろ身の回りは自分でするんだよ。それをやらない奴とか、馴染めねぇ奴をどうにかすんのが、シスターの役目」

「ふ~ん。なるほどねぇ」


 しかし、適当に話をしながら歩いている内に、気付けば自然公園は目と鼻の先。

 二人はそのまま境界を越え、石畳の道から柔らかい草原の地へと足を踏み出す。その時には既にアルバの頭から本題についての話は飛んでいた。


「おっし、とうちゃーく!」

「はぁ、相変わらず元気ね」


 楽し気なアルバに、呆れ半分で苦笑するリン。毎日のように通っている公園は、今日も今日とて広く開放的だ。

 柔らかな草原。生い茂る木々。奥にはアスレチックなどもあり、子供や大人が遊んでいるのが小さく見える。


「うっし! リン、今日もやろうぜ!」

「ん、今日も体術から? それとも先に対界法師戦?」


 だが平穏な雰囲気もここまで。公園に入るや否や、二人は好戦的な笑みを浮かべて戦闘訓練の内容を決め始める。


 もはや二人にとって日課となりつつある公園での鍛錬。信頼関係の下、少しずつ殺伐とした空気が流れ始める。元々、鍛錬自体はそれぞれ一人でしていたのだが、三年前にアルバがリンに話しかけたことで二人は共に高め合う師弟となり、友人となった。


「体術で」

「分かった。一応もう少し入り口から離れとこ? ぶつかったら大変だし」

「そうだな」


 ただ、強さを求める理由は二人で違う。


 リンは親代わりのメリュ師匠の言いつけ通り、危険な世界で生きる為に鍛錬を。

 対してアルバは『凄い英雄になって馬鹿にしてきた連中を見返す』という夢の為。そしてその前段階であるフラワ王国の治安維持組織『薔薇十字騎士団』への入団テスト合格を目標とし、日々鍛錬に励んでいる。


「あれ? そういえばアルバ、入団テストの結果ってもう発表されてなかった?」

「……え? あっ、今日その話しようと思ってたんだ」

「なっ!? バカ! そういう大切な話は忘れる前に言いなさいよ!」


 だからこそ、テストの合否は共に鍛錬しているリンにとっても重要だ。

 師匠として弟子が万が一にも不合格だったのならば、それは自分の落ち度でもある。

 なのにこの弟子ときたら大切な合否の発表日すら驚かせたいからと曖昧にしか教えず、挙句その結果を言い忘れるだなんて……。


「違うって! マジで忘れてたとかじゃなくて、さっきまで別の話してただろ? あれでちょっと本題を脳の隅に置いてただけだから!」

「そ! れ! を! 忘れてたって言うんでしょ!? いいから、どうだったのか早く教えて」

「あぁ、実はさ――」


 自分で話題を振っておきながら、直後にリンの心がズキっと痛む。


 怖い。どうか、どうか受かってて欲しい。

 照れくさそうに笑う彼が次に何を話すのか、期待と不安でゴチャゴチャになる。


 出会ってからの三年間、アルバは自分なんかの弟子として、界法師でもないのに一生懸命に体術や界法師との戦闘について学び、鍛錬を積み重ねてきた。

 そんな彼の行動を『孤児で落ちこぼれなんだから当然の努力』なんて枠組みで語りたくはない。誰にでも出来る事ではないと、今日だけは素直に褒めてあげたい。


 だってそれは、自分にはない心だから。


「イヤァアアアアアア!」


 だが、そう覚悟を決めたリンの耳に聞こえたのは、アルバの声をかき消すほど大きく甲高い子供の悲鳴。

 瞬間、不安に揺れていたリンの心はピタリと静まり、反射的に彼女は声の方へと全力で走り出していた。

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