第28話 運命の日
運命の日。四月五日。
今日はリンの誕生日であり『可憐王国フラワ』の建国記念祭『桜祭り』の当日だ。
「よし、頑張るぞ!」
固い決意のもと、リンは自分と天に誓うように宣言する。
今日のフラワは雲一つない快晴。平和そのもの。
ガーネットと共に出店を置く自然公園は既に多くの人でごった返しており、テロの可能性を知らない人々が今か今かと開催の瞬間を待っている。もちろん事情を知るリンだって似た気持ちだ。叶うなら、無事に始まり、無事に終わってほしい。
ただ、仮に未来がマリアの【未来視】通りだったとしても、この場の人達は絶対に自分が守る。そう決めたから、リンは今も息をして立っていられる。
「リン~? そこの薔薇取ってくれる?」
「はい! 今行きます!」
もうすぐ準備も終わる。
ガーネットの呼びかけにリンは笑顔で応じ、二人で最終確認をした。結局不安は少し残ったままだが、出店を通常通りやると決めたのはガーネット。それを手伝うと決めたのはリンだ。
互いの決定が、互いを支える。
大丈夫。リンは周囲を見回しながら思う。何かあっても自分がいる。マリアがいる。キョウがいて、アルバやリリーもいる。それに大勢の薔薇十字騎士団だって。
リンの心はいつになく冷静で自信に満ちていた。
この青空と、多くの人々の笑顔。彼らの期待感は既にこの広い自然公園の空気を破裂させんばかりに膨張している。その中でもリンは念の為と【生命探知】を使っているが、今のところ異常は無い。
(アルバも……向こうで頑張ってるかな?)
対して王城前。
そこには今年から入団となる新人騎士達が全員並び、彼らの前にはフラワの新女王と大司教であるマリア。加えて他国からの賓客が並んでいた。
響くファンファーレ。式典が始まる。
女王が壇上に立ち、お言葉を述べる。
アルバも当然、新人騎士達の中で凛々しく立ち、前方からの地位や身分といった圧力と後方から感じる民衆の声・熱・眼差しを受けながら、何よりも自らの心から溢れる期待感とリンとテロに対する不安を感じていた。
初めての経験だ。メリュラントの時とはまた違う、底知れぬ緊張。
これが集団心理というやつだろうか。などとアルバが呆けている内に、まだ幼さの残る新女王が『桜祭り』の開催を宣言した。
直後、世界を割らんばかりの大歓声。打ちあがる花火。舞い上がる花々。
荒れ狂う喜びの嵐は一瞬でアルバに実感と落ち着きを取り戻させ、別の場所にいたリンも観光客の対応に追われながらも開催の安堵に息を吐く。
その瞬間、一陣の春風がリンの手から薔薇を奪って空へと運び、桜の花弁と共に地面へ――
「ッ!?」
落ちた薔薇を拾おうと屈んだリンの時間が止まる。
脳に流れる大量の生命反応。人間だ。それらは速く、おおよそ人間の出せる速度ではない。あの日と同じ、最初から存在していたかのように。
薔薇に触れようとする指が震える。
呼吸が浅く、視界が少しぼやける。
怖い。嫌だ。怖い。嫌だ。
数秒の葛藤。リンが自らの状況と感情を飲み込めた時、そこでやっと世界にそっと静寂が訪れているのに気付いた。顔を、上げる。
「やめ……て」
耳鳴りが止む。現実を見たから。
零したリンの言葉は喧噪に消え、祈りも願いも王城の方から聞こえた轟音に砕かれた。
「やめて!」
ふいに咄嗟に、リンは拾いに出てきたガーネットの露店に振り返る。
燃えていた。崩れていた。たったの一瞬で、幸せだった祭りが壊れて、笑顔だった人々が戦々恐々、泣いて叫んで逃げ惑う。
ガーネットは地面に倒れていた。
それが見えて、世界が変わった。
見覚えのある無数の黒装束。戦う騎士団。
家々も燃え、崩れ、恐怖が支配している。奴らが来た。テロが始まった。嘘じゃない。可能性でもない。現実だ。自分のせいで罪の無い人々が殺されていく。
「私はここ! 花の界法師リンは私! あなた達『アイン教』の目的は! 私でしょ!」
叫ぶリンに奴らはにっこり笑う。
自分が目的の人物だと知っているのかいないのか、奴らは集団の目的より個人的な目的を優先した。刃物を振り上げ、界法で傷つけ、燃やし……殺す。楽しんでいるのが分かる。
瞬間、倒れているガーネットと目が合った。
「…………ッ!」
歯を食いしばり、両手で顔を握りつぶすように掴んで隠す。
アイツらが許せない。自分が許せない。何もかも許せない。自分の行動、判断が結果として国を、ましてや世界を変えてしまうのだと実感させられる。
そんな力、自分には無いと思っていたのに。
「ア、ハハ。ハハ……ぁぁ、ぁあああああ!!!!」
駄目だ。やっぱり駄目だった。
助けてと声が聞こえる。そこら中から聞こえてくる。
目の前のガーネットも、リンに向かって必死に叫んでいる。
ずっと、ずっと。
反響が止まらない。反芻が終わらない。
倒れたガーネット共々、助けるべき人を助ける為、リンは怒りに任せて叫んだ。
もう全部どうでもいい。何がどうなろうと知った事じゃない。事態は既に始まってしまったのだから、為すべきを為せと自らに刻んだ役割でもって無理やり、足を進ませる。
(倒せ。滅ぼせ。全部、私のせいなんだから。……滅ぼせ。敵を、滅ぼせ)




