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第26話 開く

 霧の牢獄。私の故郷『アトプルマウの棺』。

 あの卑怯な勝利から数ヶ月で私の準備は完了した。


「行ってらっしゃい、リン。気を付けて」

「…………」


 それはつまり母様との別れを意味する。

 涙など、絶対流さない。いや、流せない。


 自分で決めたことだ。

 自分で掴んだ勝利だ。

 自分の我儘を通した結果だ。


 仮に悲しくとも、そもそも『悲しい』だなんて思ってはいけないのだ。


「っ、ぐすっ……」


 霧の境界線。

 私は泣き出す。


 不安。恐怖。期待。好奇心。

 複雑な感情の中、最も多くを占めるのは「もう会えない」という喪失だ。


「駄目だ。それは許されないよ、リン。君はこの私に勝ったんだ。だから、胸を張って前へ進め! 所詮、大人に出来るのは夢の手伝いまで。選ぶのも掴むのも、君なんだ」

「はぃ……私、頑張りっ、ます!」


 厳しくも優しい言葉に涙を拭い、振り返る。

 そこには涙を堪えるメリュラントの姿があった。


「師匠?」

「…………リン、餞別だ」

「え?」


 直後、私の視界を覆うように、頭にポンと彼女の大きな三角帽子が被せられる。


「渡せなかった誕生日プレゼントも兼ねてかな。ずっと欲しがっていただろう? 一応、外での生活に役立つような界法も付与してある。何かあれば、これで私を呼びなさい」

「いいんですか?」

「あの日は願いを聞いただけだろう? さ、私の気が変わらないうちに進め。二度と、振り返るんじゃない」


 そう言って彼女は私の身体を半回転させ、背を押した。

 私も、その意味を深く受け止めて一歩進み、二歩三歩と徐々に進む速度を上げていく。霧は濃く、外の世界はまだ見えない。不安と焦り。それと約束は私に【身体強化】を使わせて、一気に結界を突破させた。


 そして私は外の世界を見る。

 初めて見る本物の陽光。荒れた大地。遠くに見える木々と、その更に奥にそびえる月の国のビル群などが作り出す異様な光と影。一応時間帯は朝だというのに、薄暗い世界は故郷と同じ。


「…………」


 ふと、思わず振り返る。

 これは約束を破ったことになるのだろうか。


 霧を抜けたばかりのはずが、振り返ると故郷は遥か遠く。立ち昇る霧が薄雲の空と繋がって見え、天地の境を狂わせていた。私も、家と外界の境界で心が揺らぐ。


「……行ってきます」


 だが帰る訳にはいかない。

 外の世界が理想と違っていても、見たかったのは現実の世界だ。


 こっちの私も、そろそろ帰ろう。

 嫌な経験も多かったが、進んだ先でガーネットさんと出会い、アルバ達とも出会えた。楽しいだけでは無いけれど、多くの人の協力で一つ大きな障害を取り払えたんだ。あとは、喜ぶだけ。


『……あれ? 何これ?』


 あの日の私がどんどん進む中、私の足は進まない。

 見れば何か黒く粘性の高い液体が足元に広がっていて、それが私の足を沈ませている。


『嫌っ……嫌だ! 行かなきゃ! 戻らないと!』


 いつの間にか世界が暗い。

 背後からはあの液体が大波となって迫ってくる。


 死ぬ。間違いなく飲み込まれれば死ぬ。

 その直感が焦りをより加速させ、足を更に深く沈ませた。


「お、大丈夫か? リン」

「ふふっ。リンは相も変わらず、お転婆でおっちょこちょいだね」


 瞬間、声が聞こえた。

 誰かの手が私の肩に触れ、安心の後に底知れぬ恐怖を与えてくれた。


『アルバ!? 師匠!?』


 思わず振り返ろうとして、前のめりに倒れる。

 遂に両腕も粘液に囚われ動けない。駄目だ。顔だけを上げ、二人を見る。二人とも私が今までに見たことが無いくらい晴れやかな笑顔で大波に向かって行く。


「うっし! 後は任せとけ!」

「大丈夫だリン。すぐに終わる」


 嫌だ。見たくない。

 そう願っても波は二人を飲み込む。無慈悲に、一瞬で。


『あぁ……嫌ぁ、止めて……』


 這いつくばる私の下に、かつて大波だったものが二人の死体をサァっと運んで見せつける。アルバは半身を穿たれ、メリュラントは全身から血が失せて死んでいた。


 二人の開いたままの目が、私を見ている。

 絶望は心の底を外し、同時に地面を奪った。そして加速しながら落ちていく感覚に私は死を――



***



「アルバ!!」

「うぉっ!? っとと、あぶね~。危うく林檎りんご落とすとこだった」

「アルバ!? 本物!? ガーネットさんは!?」


 飛び起きながら手を伸ばす先に、彼はいた。

 生きている。驚いた表情をして、手にしたナイフと林檎をどうしようかとあたふたしている。


「ちょまっ、落ち着けリン。ガーネットさんは無事だし、俺は正真正銘本物の――」

「よかった! ちゃんと生きてた!」

「あぶねってリン! いきなり抱き着いて……ん? お前こそ本物だよな?」


 答えを聞くや否や病院のベッドを飛び出す勢いでアルバに抱き着くリン。

 対してアルバは手にしたナイフが当たりそうになり反応が遅れ、次いで感じたのは女の子にハグされている事実ではなく『あのリンが素直に』喜んでいる違和感だった。


「うん。お互い生きててよかったね」

「あぁ……ん? なんで他人事?」


 これは、本当にリン本人か怪しむべきか。

 それとも今回の戦いで精神的な重傷を負ったか。


(なんかいつもより子供っぽいけど……まぁ、ガーネットさんの件とかあったしな)


 抱き着くのを止めて真っ直ぐこちらを見るリンの瞳は間違いなく純粋な喜びに輝いている。それはもう欲しかった玩具を貰えた子供のような無邪気さで。


 となると、今のリンの状態は後者と思うべきか。

 自分だって目覚めてすぐは何が何やら困惑していたし、後の出来事をキョウから聞いた時は理解の範疇を超え過ぎていて混乱した。


「あれ? ここって病院?」

「そ。お前、一週間も眠ってたんだぞ?」

「一週間!?」


 驚きに自分の体をペタペタと触るリン。

 乙女として、流石に一週間のベッド生活は色々と気になり過ぎる。


 対してアルバは本当に何も気にせず、むしろ自分の思考に意識を集中させながら器用に林檎の皮をナイフで剥いていく。


「よし、食べるか?」

「えっ? あ、ちょっと待って。ついでにその皮貸して――【分解】」

「すご。皮が土みたくなった」

「『セカイ』に分解してもらったの。ゴミ箱ってある?」

「ほい」


 ざっくり半分にされた林檎を受け取り、リンは界法で分解した林檎の皮とその他で構成されたゴミをゴミ箱へと捨てる。大切なのは、ソレが何かを知っている自分があくまでも無味無臭なゴミなのだからと恥じらわぬことだ。


「…………」

「なっ、何よ?」

「いや? 別に。前見てただけ」


 そう言うアルバには、正直元気そうというか、何かを照れ隠すリンの姿を見ていると徐々に元の彼女に戻っているように思えた。


 しかし彼女の微笑みに僅かでも恐怖を感じるのも事実。

 今までの事。アイン教と戦ったあの日の事。夢で見た彼女。そして、自分が『死んだ』あとの話。その深く広い溝が、どうしても埋められない。


「な、なぁリン。あの日の事ってどこまで覚えてる?」

「ん?」

「ほら俺、途中で敵にやられたっていうか……死にかけたんだろ?」

「……うん。確か私が応急処置して、その後すぐにキョウさんがアルバを病院に連れて行ってくれたんだと……思う、多分。ごめんね、私もあんまり覚えて無いっていうか、アルバが死んじゃうんじゃないかって混乱してて……」


 俯く少女の長い髪が、その瞳と開けておいた窓からの風に優しく揺れる。

 混乱しているのは何もアルバだけではない。リンだってガーネットの一件で深く傷ついている。他にも薔薇十字教会の司教であったカエルムの裏切りしかり、特に渦中のマリアは今日も議会や騎士団からの『質問』に答えているはずだ。


「そ、そうだよな。ハハ。いや~キョウがさ、お前を助けに転移したら周りが森になってて焦ったらしいからさ、俺が倒れた後に何があったのかな~って」


 咄嗟の愛想笑い。下手な誤魔化しだと即座にリンは見抜くが、彼の意図までは推測できず静かに見守る。

 きっと事情があるのだろう。今はいい。どうせ、彼はそのうち話してくれるはずだ。


 そうリンが思っていると、女性看護師がこちらに近付いてきて目覚めたリンに話しかけてきた。


「あーリンさんお目覚めですか。あとで担当の医師と一緒に来ますんで、それまでに窓閉めてもらっていいですか? あんまり風が入るとよくないので」

「あぁ、はい。分かりました」

「それとアルバさんもそろそろ検査の時間なので、自分のベッドに戻ってくださいね」


 淡々とした口調から放たれる優しそうな言葉に、二人は思いに耽るのを止めてそれぞれ動き出す。それから数十分後、二人は無事に退院となった。


「はー! やっと自由だー!」

「ホント、お互いどこも悪く無くてよかったわね」

「それこそリンのおかげだな」

「そう?」


 病院を出てから歩いて少し、アルバの言葉にリンは嬉しそうに「ふふっ」と笑う。


 いつものことだ。

 二人で歩く。話す。そこに違いはない。

 けれど病気や今回のような入院。そういう非日常に身を晒すと人間、普段の何気ない一つ一つが嬉しく尊いものだと再認識できる。特に、終えたのは命がけの戦闘だったのだから。


「――ッ! アルバ避けて!」

「え?」


 だから、もう誰も傷つけさせない。


「退院おめッ――」


 直感がリンを動かす。

 アルバを退かし、来ると思った虚空に向かって半ば無意識に拳を振るう。直後、誰かの声が聞こえ、気付けば拳を止めていた。


「なんだ。キョウさんでしたか」

「…………うん、怖いから早く手ぇ退かして?」


 風も無いのに押し出される空気と、自分の『セカイ』と誰かの『セカイ』が触れたような感覚。それらを感じた瞬間にリンの肉体はアルバを守ろうと行動を起こし、結果【華凛かりん】を打つつもりで殴ろうとした虚空にキョウが突然現れたのだ。


「すみません。何かが来る感じがしたので、つい敵かと思って」


 一連の出来事に驚きすぎて絶句するアルバと、あまりに戦闘向き過ぎる思考と感覚のリンにドン引きするキョウ。当の本人は純粋な善意百パーセントで、むしろよく攻撃を止められたと日々の鍛錬の成果すら感じていた。


「えぇ……マジかリン。……え? マジで直感だけで殴ったのか?」

「違うよ!? 周りに風も無いのに、空間が押し出されるような風と、何か『セカイ』の干渉を感じたから空間座標に何かする攻撃か転移の類かなって!」

「わーん。こわーい。ホント、お姉さんが味方でよかったよ。うん」

「あれ? キョウさん? 何故距離を?」

「ん~? お姉さん人見知りでしょ? だから適切な距離を保ってるんだよー」


 スススとアルバの後ろに隠れるキョウに、何か意図を感じてわたわたと弁明しようとするリンだったが、彼女の親切心の可能性に引くことも押すこともできず。ただただ一人「ぐぬぬ」と挙動不審するしかなかった。


(キョウやるな。普通にリンの扱いがうまい)


 対してアルバからの評価は高く、あのリンが自分の気持ちと相手の気持ちを天秤にかけて迷うだなんて成長したなと感心した。ただ、これが本当にリンの精神的成長なのか、それともキョウが人との距離感や相手の懐に飛び込む能力に長けているのかは分からない。彼の個人的な見解は一旦『両方』で片付いた。


「そんで、何しに来たんだ?」

「え~? 単に退院をお祝いしに来たんだけどぉ?」

「お前に限ってそんなわけあるか。基本的に面倒がるだろ、そういうの」

「ひひっ。アタシってそんなに冷たく思われてるの?」

「冷たいんじゃない。お前のは無頓着って言うんだ」


 見上げるキョウの悪戯な顔が、アルバの言葉で嬉しさ交じりの驚きに変わる。

 今のは傍から見ているだけのリンにも分かる、信頼感に溢れる言葉だった。本当に、彼はよく人を見ている。そんな感想がリンに、二人の近くへ行く勇気を与えた。


「ふーん。ま、実際そうなんだけどね」

「やっぱりな」

「それって私も関係ある話ですか?」

「あるよー。というか、メインはお姉さんまである」


 再び普段の悪戯な笑みを見せるキョウ。

 対して続く言葉を待つ二人は少し身構える。単純に考えれば、アイン教との戦闘に関する事情聴取など、あの一件に関係する話だろう。


「実は……マリアの命令でお疲れ様会をやるからさ。そのお誘いに来たんだよね」

「「へ?」」


 そう考えていた二人の耳に、聞こえてきたのは平和な提案。

 思考の端にもかかっていなかった話に思わず二人の声は完璧に重なり、その様子にキョウは大笑いした。


「ふっひひっ! 何それ、息ピッタリじゃん」

「「…………」」


 押し黙る二人。思っていたことをキョウに言葉にされ、二人して下を向く。

 当然、キョウは再び笑う。笑いに笑って、遂にリンが恥ずかしさに怒ってきそうなのを感じ取ると彼女は二つのカードを「じゃ、これ招待状」と言ってアルバに渡し、すぐさま境界の界法で逃げた。


「むぐぐ……逃げられた」

「なんだよリン。結構キョウと仲いいじゃん」

「そう? んーでも確かにちょっと親近感というか、母様と同じ『セカイ』だからかな?」


 招待状をリンに渡し、アルバは先に歩き始める。

 リンもまた隣を歩き、前を向く。完璧には遠いかもしれないが、あれだけの事件があっての今、少しでも幸せだと思えたのならハッピーエンドに違いない。


「じゃ、俺こっちだから」

「うん。気を付けて。あ、あとキョウさんやマリアさん……あとリリーさんにもお礼を言っといて」

「うぃー。またなーリン」


 分かれ道。けれど、願う未来は同じ。

 リンは少し心が軽くなった気がした。

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