表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/24

第20話 生まれる

 声が聞こえた瞬間、リンは鷲掴みにした右手に力を入れ【華凛かりん】を発動させる。連続的な使用の反動に右腕と脳が痛むが、まだ大丈夫。


 むしろ、問題なのは敵の方だ。

 目の前のアインソフ嬢は明らかに、先程よりも効き目がないのだから。


「あがッ!? ガ……は、きゅぅぅ。お、姉様ぁ、と、仲……いいん、だぁ~」


 二度も【華凛】を受けてなお話せる少女。

 つまり彼女は今まで戦ってきた誰とも違う。強いて一人あげるなら、たった一度の例外と思っていた師匠だろうか。


 だがメリュラントですら効いた界法だ。

 効果は間違いなくある。恐らくは回復速度が師匠と同じくらい早いのだろう。

 現に彼女の髪色は黒から灰桜に、瞳も黒から深い紫色へと変わって……否、戻っていた。


「アルバ! ごめん、剣を抜いてこっちに来て。ゆっくりね」

「あ、ああ」


 推測を重ねるリン。恐らく敵は心身の回復に界法を特化させている。

 ならば脳への負荷と『セカイ』への抵抗を増やし、選択肢を限りなく狭めさせる。現状リンの【華凛】は、もうこれ以上の効果を望めない。


 既に壊すべきものを壊した。

 一応、リンの【華凛】には通常版とは別に派生形で、心身を衰弱させる【枯れ萎め】と、より破壊に特化させた【乱れ咲け】の二つがあるが、これ以上は相手の『セカイ』が崩壊し、暴走の危険もある。特に派生させた【華凛】はリンへの反動も大きく、一度使えば放った身体部分も使い物にならなくなる。


 既に右腕では通常版を二回。切り札を使うにしても、制御などを考えるなら左腕か。


「世界、樹……かしら? 内包してる、から……無理に根を伸ばして、壊して」

「――【生えろ】【生えろ】【生えろ】」

「ごへっ! ゴぅぽッ……お姉様の、世界に対する優しさと怒りの象徴みたい。ふふっ。これが愛なのね。素敵」


 意図は分からない。が、恐らく敵なりに【華凛】を考察している。

 やはりリソースの観点からしても、自分がこれ以上思考能力を奪われるのは危険だ。


 だから、今は少しでも敵に対応させるしかない。


 すぐさま判断を下したリンは鼻や口から体内へ植物を生み出し、そこから内部で更に生い茂らせる。こうすれば直接身体に干渉していない為、抵抗が少なく、それでいて相手の身体を確実に傷つけられる。特に『物質』である以上『概念』や『認識』で逃げられるものではない。


「お、おいリン。何もそこまで――」

「手に口を創造して話せるくらい、敵には余裕がある。分かってる? 応援の部隊が来るまで私達はコイツを止めてなくちゃいけないの」

「……アハ。あなた、震えてる。怖いのね? これから何をするか知ってるから」


 意識を、とにかく敵の意識を心身の回復に集中させる。

 躊躇っている暇などない。リンの語気がアルバに対しても強くなる。彼はまだ分かっていないのだろうか。それともアインソフ嬢の言う通り、分かっていて恐れているのだろうか。


 正直仕方がない……とは言い切れない。

 覚悟をすぐにでも決めてもらうべきだ。リンの手持ちには今、敵の肉体を切り裂き破壊するような武器も無く、【華凛】以外の界法を新たに創る暇も余裕もない。


「黙れテロリスト。……アルバ? 悪いけど覚悟を決めて。殺せなんて言わないから、こいつの背に剣を突き刺して。動きは私が止めてるから、お願い」

「……分かった」


 瞬間、アインソフ嬢が「ヒヒッ」と笑う。

 それは今までリンに見せていたような、慈愛か何かを張り付けた笑顔ではなく、もっと単純で分かりやすい邪悪な笑顔だった。


「お仲間だぁ~」


 直後ざわめくアルバの心。

 固まりかけていた覚悟が風前の灯火のように揺らめき、転びそうになる。


 しかしリンは違う。

 即座にアルバを助けようと、覚悟の火を絶やさぬよう火種に手で壁を作って守ろうとする。敵を空いた左手で何度も殴りつけ、何かしらの界法を破綻させるために右手で【華凛】を心肺蘇生に使う器具のように打ち込む。


 そこでアルバは気付く。

 あぁ、そうだった。人間は大義の為、誰かの為、守る為、非情になれる。

 もちろんアルバはアイン教の行動や言葉に納得していないが、それでも互いの出力した結論は暴力に他ならない。


「アルバ? 大丈夫? 無理なら私が――」

「いや、俺がやる」


 剣を抜いた手が震える。

 顔が青ざめているのが自分でもわかる。

 無抵抗の人間に馬乗りになって殴打し、もう片方が剣を抜いて突き刺す。ここだけを切り取れば酷い話だ。けれど、この行いはフラワの民にとって、平和を信仰する人々にとって神話のように崇められるだろう。


 きっとリンなら躊躇わない。

 それは、彼女の生い立ちや環境・過去がそうさせるのだ。もしくは、話に聞いていた通り、敵の少女と同じく『命』を創造できる存在だからだろうか。


 これ以上の思考は要らない。アルバは振りかぶり、そして敵の背に剣を突き立てた。


「ガァあああああッ! あはは、あはははっ! ……は、ぁ、ぁ」


 痛みによる絶叫。

 少女に訪れる、意識の混迷。そして途絶えたのを見届け、界法でも確認したリンは笑顔で振り返る。一先ずこれで、緊急性の高い状況は脱した。最後まで敵は不気味で理解できなかったが、一緒に戦いたいと言っていたアルバが覚悟を決めて行動してくれてよかった。


「アルバ! ありがと……アルバ?」

「…………」


 リンからすると、戦う側の人間として最初の一歩を踏み出せた記念だ。

 しかし、アルバは違った。振り返った時、そこに立っていたのは墓標を見つめる只人のような、死の現実を受け入れられずに今にも泣きだしそうな姿だった。


「アルバ!?」


 見るからに歯を食いしばり、剣の柄を握る手は強すぎて血がこぼれている。

 さっきは少し不安で顔が青いのかと思ったが、今は間違いなく危険な状態と言える程に青白く、呼吸が浅い。


 そう気づいたリンは駆け寄り、彼の手に触れて話しかける。

 敵はもう意識を失い、向こうの『セカイ』も出血や心身の損傷を最低出力で治すのに必死で手一杯なはずだ。


「アルバ? 落ち着いて、ゆっくり息をして。アルバ!」

「あ? あぁ、聞こえてる……大丈夫……俺は……」


 彼を診るなら、今しかない。

 会話は多少できる。けれど目の焦点が合っていない。体もフラフラと、声もどこか浮ついている。そう思った瞬間、彼は一瞬だけ意識を失い倒れた。


「アルバ!?」


 無理に起き上がろうとするアルバを力で寝かせ、冷たくなった彼の手を握る。

 そして今できる限りの脳のリソースを使って回復の界法を発動する。不安・恐怖・ストレス。過度な緊張とその緩和が彼の心身バランスを大きく乱したのだろう。


 全部、自分のせいだ。

 彼の様子を見ながら、リンは思う。自分が敵を殺さずに捕えようとしたから。自分だって頑張ればできたのに、それを彼に押し付けたから。彼が自分と一緒にと言っていたから、それを理由に嫌な役目を押し付けた。


 自分なら躊躇なく殺せた。

 自分なら傷ついても『セカイ』が治してくれるのに。

 全体の為に、彼を傷つけた。もしかしたらアルバはもう、二度と戦えないかもしれない。


「ハハ、めっちゃ呼んでくれるじゃん」

「大丈夫!? 起きないで。まだ安定してないから」


 滝のように冷や汗を流しながら、それでもアルバは笑う。

 これでまた一歩。大きな一歩だ。今度はちゃんと、リンの役に立てた。自分の役目を全うし、目に見えて勝利に貢献した。


 同時に、忘れられないものも、ある。

 リンが平然と……いや、自分の周りにいる人達は全員『コレ』が出来る人間なのだ。マリア。キョウ。プニュリア。正直、みんなが平然と殺せるかは分からない。葛藤もあるだろう。しかし未熟な自分とは違い、葛藤があっても彼らは立ち上がり、前に進める人物達だ。


 こんなところで寝ていられない。


 だがそう思えば思うほど、先程の感覚が脳に幻の苦痛を与える。

 手にした剣の重み。突き刺す瞬間、手にかかる摩擦。切っ先が相手の肉にプツリと弾けるように刺さり、グジュっとミンチ肉をこねるような音と共に傷を広げながら剣が深く深く相手の肉を割いて進んでいく。


 実際に見た訳じゃない。

 けれど真実だ。剣を握る手から伝わる全部が、アルバにそうだと脳に直接伝えてきた。自分のことじゃないのに、それでも痛いと分かる。冷たい世界で、頬に触れた敵の血が何よりも温かかった。


「うっ……ヴぉぉえええ!」


 思わず吐き出すアルバ。

 喉の奥の酸っぱさと熱さが、自分がまだ正常であるのを教えているようだ。

 大丈夫。まだ立てる。リンには早く、敵の『代行者』を見ていてもらわなくては。


「ごめんねアルバ。私が――」

「違う。……違うッ、から。大丈夫、俺が選んだ結果だから」


 息も絶え絶え。吐き出す言葉。

 心身共に限界だ。なのに何故か、頭はスッキリとしている。悩みが消えてやるべきことがはっきりしたからだろうか。


 起き上がり、自分を心配そうに見つめるリンに向かって「なっ?」と笑顔で親指を立てる。我ながら呆れる楽観だが、実際本当に大丈夫になったのだから仕方がない。


 そんなアルバの健気にすら感じる行動に、リンも少し安心した。

 よかった。これで残る心配は一つだけだ。振り返って敵を見張る、味方が専用の拘束具を持ってくるまで。


 瞬間、アルバが叫びながらリンの体を横へ押す。


「――リン!」

「ッ!?」


 押された直後、両者の間を物凄い勢いで肌色の何かが通り抜ける。


 安心とは即ち、油断に他ならならず。

 意識の区切りは、無意識の界法解除と同じ。


 アルバは見た。

 リンの背後の動かぬ少女。そのスカートの内からズルリと名状しがたい『ナニカ』が這い出て、ソレは一瞬にして人の形を成すとこちらに向かって笑った。


 咄嗟の行動に、悔いはない。

 間違いではなかった。アルバが最後に見たのは、鋭く尖った巨大な触手がリンに向かって迫る瞬間。守れた。それで十分だ。


「アルバ! アルバ! アルバってば!!」


 遠くで誰かが呼んでいる。

 きっとリンだろう。だが何も分からない。何も見えない。何も感じない。


「大丈夫! 絶対治す! 絶対治すからね!」


 左腕を吹き飛ばされたリンの眼前に、広がる血の海の真ん中で。

 左半身をくり抜くように貫かれたアルバの肉体が、天を仰ぐように浮かんでいる。


 駄目だ。と、リンから何かが少しずつ削れて、崩れて、壊れて、零れ、そして落ちる。真っ先に落ちたのは、悲しくも涙ではなく大切な帽子であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ