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第16話 目を閉じる

 白濁とした記憶の霧。

 ぼやける視界には何も映らず、脳裏には確かにあった過去の思い出たちが川のように流れている。


 一年。十年。現実ではどの程度だろうか。リンの認識では、まだ数秒しか経っていない。だが霧の晴れた視界に映す、月の国製の壁掛け時計は十分経ったと示していた。


「……いったぁ! 結構きますね、この界法。マリアさんは大丈夫ですか?」

「…………」


 意識を取り戻したリンの頭には鋭く刺すような痛みの後、鈍いジリジリとした痛みが残る。無意識による抵抗の痕跡。受けた側がこれなら、発動した側の痛みはどうか。


 話しかけても何も言わない様子が、すべての答えだろう。もしくは、何かに悩んでいるだけかもしれないが。


「リン様? 心して聞いて下さい」


 実際、リンの言葉はマリアに届いておらず。彼女は痛みを堪え、真実を話そうと心を決める。


 だが、見たものをどう伝えるべきか。悩むというより、信じられない。目の前の少女が、魔女の娘。加えてあの技術と力。ただあの灰色の世界での出来事はすべて、リン自身が見た世界で間違いないのだ。


 それでもなお、マリアには信じがたい。

 自分を救ってくれた『メリー』が『災厄の魔女』であるのは薄々分かっていたけれど、その恩人が今回のテロの……延いてはリンの育ての親だったとは。


「アルバ? ねぇアルバ? ちょっと! アルバってば!」

「っ!?」


 そう思っていた矢先、自分の真横でリンが叫んでいると気付いたマリアは、ようやく周囲で起きている事態を認識する。


「これは一体……まさかワタクシの界法が!?」

「違う。ハッ、見て分からんのかマリア? あれは別の……何か、小娘の記憶で触れたんだろう」


 緊急事態に、人でない彼女の皮肉に付き合っている暇はない。

 マリアは【神眼】発動後の疲労と苦痛を【無視】して、界法で彼を【見た】。


 隣で手伝ってくれていたアルバの意識が、戻っていない。

 それどころか彼は倒れ、白目をむきながら泡を吹いて痙攣している。


「リン様! 状況は?!」

「分かりません。身体情報は正常なんです……とにかく脳機能に分からない異常があって……はえっ? 何これ」


 驚愕より絶望的なリンの困惑の色を見て、マリアもまたアルバを【診る】。

 自分の界法に巻き込んだ以上、真っ先に思いついたのは記憶の混濁だ。次に他者との認識の融合。しかし彼には後遺症の無いよう、負担は出来る限り自分で背負った。


 それなのに……いや、むしろそれ以上か。


「なっ、一体何が起きて……」


 リンとマリアが見たもの。

 それは意識の空白。無意識の闇。頭蓋に潜む虚ろ。


 ある筈の場所に、アルバの脳が無かった。

 マリアから見れば光を飲むような闇が広がっており、リンからすれば脳機能が停止している状態なのに、身体機能が正常に働いている。


 二人の焦燥は計り知れない。


「アルバ! アルバ! ……アルバ!? 大丈夫!?」

「へへっ。ただいま」


 しかし直後、彼はパチッと目覚めて心配する二人の心情など知らずに笑いかけた。


「なっ……ただいまじゃないわよ! こっちがどんだけ心配したか分かってんの!?」

「えっ何?! 俺そんなヤバかった!?」

「アンタ、頭の中が空っぽになって。それなのに脳が正常に働いてる反応だけはあって、ホント……脳死状態になったのかと……」


 真剣に心配していたからこそ、思わずリンの薔薇の瞳が更に赤らむ。

 その姿にアルバは一瞬で飛び起き、涙を流す彼女の肩に触れて謝罪を述べた。同時に、これがメリュラントの言っていた「心配させる」の意味だったのかと、リンを落ち着かせるためにも正直に話し始める。


「あぁゴメン悪かった。ちょっとその~、あれだ。多分メリュ師匠に会って、それで色々と俺の頭に作戦入れてもらったからだ。うん」

「……えっ!? 師匠に会ったの!?」

「おまっ……ホント師匠大好きだな」


 さっきまで涙を滲ませていたくせに、たった一言「師匠」と聞いて目を輝かせて笑顔になる。本当に現金な奴というか、むしろ過去を覗いたからこそ余計に、リンとメリュラントの関係が複雑なのが不思議だ。


 もちろん、二人にそれぞれ理由があるのはメリュラントとの会話で察している。だからこそメリュラントは「無理にでも帰らせろ」と提案したし、そう言われる程にリンは『帰らない』つもりなのだろう。


(あれ? そういえばリンママにリンを帰らせろって言われた後、なんか色々教えてもらったよな? ヤベッ、忠告以外なんも覚えてねぇ!?)


 あんなに濃密な時間を過ごしたのに、殆ど覚えていないとは情けない。

 そんな様子のアルバに対し、笑顔で話の続きを聞きたそうなリンに、痛みが少し落ち着いてきたマリアが席に座るよう促す。


「お二人共、ここは一度座ってから話しませんか?」


 マリアの言葉に二人は席に着く。

 まだ少し息苦しそうな彼女の様子にリンは治療しようかと話しかけたが、それより先に話したいことがあると断られた。恐らく、自分の過去で何かを見つけたのだろう。


「ねぇアルバ。向こうで師匠はなんて言ってたの?」

「お前なぁ。テロの進展より先にそっち聞くのか?」

「だって、何も無かったでしょう?」


 だがリンの考えは依然として変わらず。何かあっても師匠が助けてくれると、過去の事実から半信半疑であるものの、それでも心の支えとして機能している。


「え? なんで二人とも黙るの? え、ホントに何かあったんですか?」


 故にリンは二人の反応が信じられず、アルバに問い、マリアを見る。

 言葉に詰まる必要は無いはずだ。だって本当に何か自分に理由があって狙われるならば、早く訳を話して対処を考えればいい。


 間接的な理由でもそうだ。というかどんな理由であれ、国の存亡に関わるのに躊躇う理由があるのだろうか。と、そう考えるリンは直後、黙っていた二人の訳を知る。


「……リン様? あなたを育てた方は『災厄の魔女』メリュラント・ラングルス・クトゥブーリカ様で間違いないですね?」

「ええ。……え? ええ!?」


 マリアの言葉にリンは困惑と驚愕を示し、隣で聞いていたプニュリアは余りの発言に飲んでいた紅茶をテーブルに吹き出した。


「ゲホッゲホッゲホッ! お、おいマリア! 貴様、今の発言は本当なんだろうな!?」

「はい。残念ながら」

「カッ! そうか。それで小僧の体が恐怖に飲まれていたのか……」


 むせ返りながらも冷静に分析する幼い吸血鬼に、アルバはどこか不思議そうに見つめ、しっかりと気付かれ睨まれた。


 だが、本当にアルバからすると分からないのだ。

 確かにメリュラント本人にも言われた事実だが、それがどうしてアイン教が狙う理由になるのだろう。あの時は無我夢中で、ただひたすら己と内に潜む恐怖に抗って試練を突破した。その時に理由を言われていたような気もするが、どうしても思い出せない。


「なぁ、それってそんなに驚く話なのか? いや、驚く話なんだけどさ。普通にリンがアイン教に狙われる理由になるのかって意味で」

「小僧……貴様、まさか騎士団に入っておきながらアイン教の目的すら知らないのか? あの肥溜め集団は世界をかつての楽園に戻そうと神のいる火の国を何度も襲い、次は三神器を奪おうとフラワにまで……」

「プニュちゃん?」

「あーね? うん。全然分かんねぇ」


 状況を全く分かっていないアルバに思わず国家機密を漏らすプニュリアだったが、言われた当の本人は意味を全く分かっておらず。逆に分かっているマリアは口止めし、分かってしまったリンは三人が話している内に広げていた思考を決着させる為、俯きながら高速で呟いていく。


「……うん。不可能な楽園の実現には神か、それに匹敵する存在が必要。でもヴァニタスは無気力で交渉相手にならないから、目的をフレアからフラワに移行し、恐らく『アトプルマウの棺』……現存して人間が扱えるなら『物質』世界に干渉できる【棺】かな。それで母様の封印を解くつもりなのか、私を人質にするか、それか私が封印に対抗できる唯一の反例だと思ってる? ハハ、そうだよね。向こうは何も知らないんだから……」

「お、おいリン? 大丈夫か?」

「……うん、大丈夫だよ。本当に大丈夫。正直、師匠が『災厄の魔女』なのかもとは、ずっと思ってた。同姓同名の別人だと思いたかったけど、やっぱり嘘だったんだね」


 虚ろな瞳で虚空を見つめるリンにアルバは声をかけるが、どう考えても大丈夫そうではない。


 それもそうか。

 まさか自分が信じていた親が犯罪者……それも神を裏切り世界を変えてしまった冒涜者ともなれば内心複雑なのも分かる。だが敵の目的が分かった以上、冷静に対処なり行動なりを相談するべきだと、アルバは思う。


「そうだ。ねぇアルバ、師匠と会ったんでしょ? どうだった? なんて言ってた?」

「え? まぁリンの言う通りの美人で、スゲー雰囲気あったな。帽子もお前より似合ってて……あっ、そういえばお前との約束は覚えてたぞ。んで、俺に帽子を見守れってさ」

「そっか……なら安心だね。みんなで準備して、そのうえで母様まで助けてくれるなら、アイン教の好きにはならないよ」


 声色が、いつもより暗い。

 いや、普段もどちらかと言えば暗いリンだが、今の発言に込められた音の色は、少し違う。何かを諦めたような、諦めきれないような。嘘でも無いが、真実でも無い。そんな感じだ。


「お、おう」

「ハッ。それなら解決だな。かの『災厄の魔女』が介入するなら、我やマリアが奔走する理由も無いのだからな」


 けれど、アルバは口に出来なかった。

 明らかに全員、プニュリアを除いて疲れ切っている。きっと今この場に必要なのは、プニュリアが言うような希望だけ。作戦も心配も一度後回しにして、着実に計画が前に進んだ事実を喜ぶべきだ。


「それでは一旦、今日はお開きにしましょうか。情けないですが、ワタクシは少し限界ですので」

「……分かりました」

「プニュちゃん、リン様を家まで護衛してください」

「チッ。仕方無いな、いいだろう」

「それと一応、明日からリン様に護衛を付けます。よろしいですね?」

「分かりました」


 手を叩いて注目を集め、疲れ切ったリン達を帰そうと話を進めるマリア。

 しかし伝えなくてはいけない話もある。最低限、明日からの護衛についてなど。だがリンの反応は淡白で、ただ聞こえてきた音に反応する玩具のような返答に不安が募る。


「……テロの件は、また明日にしましょう」

「分かりました」

「あの……リン様?」

「はい」

「大丈夫ですか?」

「……アハハ。もちろんですよ。大丈夫です! 私、結構強いですし、マリアさんやプニュちゃん、それに母様もいるならアイン教なんて目じゃないですよ! だから絶対、なんとかしましょう! ね?」


 瞬間、バレた。そう感じたリンは俯いていた顔を上げて全員に笑顔を見せる。

 明らかな嘘でも、空元気でもいい。とにかくこの場を繕えれば、なんでもいい。


 マリアは間違いなくさっきの界法で疲れている。アルバだってそう。何か、師匠の界法で色々とあったのは確実だ。


 ただ悲しいのは、マリアもアルバも自分に何かを隠している事。

 間違いなくきっと、私には絶対に話せない何か。もしくは話すことで不可能になる計画か、未来に影響を及ぼす何かなのだろう。そうだと想像して、推測できて、それでもリンの心が晴れることは無い。


(なんで……なんで母様は私じゃなくて皆に教えるの? 私を助けてくれるなら、私に言ってくれればいいじゃん)


 ずっと、ずっとそうだった。

 大切な事や世界の真実は自分の外にあって、自分の内には何も無い。


 出来る事を必死にやったところで、代わりはいるし上もいる。

 この場でだってそう。テロを止めたいと、フラワを守りたいと、自分の暴走らしきモノを起こさせまいと、思いは一緒なのに。


 リンが干渉できる部分は少なく。ただ守られ続ける植木鉢の花のようだ。


「行くぞ小娘」

「はーい。じゃあね、アルバ」

「ああ。気を付けろよ」


 別れの挨拶をして、リンはガーネットの家まで幼いプニュリアと歩く。

 夜道に目立つ幅広な三角帽子と裸足でぺたぺた歩く幼い少女の組み合わせでありながら、まばらにいる人々の視線はリンだけに向けられた。


界物かいぶつ特有の能力ですか? それとも吸血鬼方面の?」

「貴様、下手くそにも程があるだろう。そこまでして我と話したいか?」

「アハハ。嫌だな~、ただの知的好奇心ですよ」

「なら黙って歩け。デカイ独り言なら、家で人形か植物にでもしていろ」


 その「デカイ独り言」という言葉に、丁度精神がマイナス気味なリンは少し苛立つ。

 実際、自分の行いは他人からすれば大きな独り言だ。でも、自分の中に予め答えがあるからと、質問してはいけない理由など無い。むしろ他人がどう考えるのかが気になるから話しているし、そもそも話したいから声をかけている。


 まぁもちろん、相手の回答を聞いて意見を変えるかは別なのだが。


「むぅー。なんでプニュちゃんが知ってるんです? 私が植物とかに話してるの」

「フッ。我は貴様ら人間から生まれた存在。貴様らより人間を知っていて当然だろう」

「ふーん」

「それと、人を『ちゃん』付けで呼ぶな。馴れ馴れしい。貴様の距離感はどうなっている? 性質にしろ経験不足にしろ、我は貴様より年上で、高貴なる吸血鬼の王であるぞ」

「まぁ? ……アハハ。私って小さい時ずっと師匠と二人だったから、その後もずっと独りで旅をして、ここまで来て……。人と話すのって結構難しいよね?」


 むしろ、今の言葉の方が独り言だ。

 これに答えなんて要らない。ただ、そういう奴だと決めつけてくれればいい。そうすれば、自分は傷つかなくて済む。


 ある種の自傷行為。

 自分で自分を傷つけたのだから、良心のある貴方は既に傷ついた相手に追い打ちなんてしませんよね? という、悪い楽観。相手の善性に依存した、諸刃の剣。


「それを人外の我に言うか。全く、貴様もあの小僧と同じ阿呆なのだな」

「私もそう思います」

「ハッ。分かっているなら、精々励むんだな。所詮、永遠を生きる我には無用の心配。戯言なら、いくらでも聞いてやる」


 それなのに、プニュリアは厳しくも優しくリンを諭す。

 なるほど。確かに人より人の気持ちが分かるというのは本当らしい。


 気付けばガーネットの家に到着したリンは、思わぬ嬉しさにプニュリアを抱きしめる。なんだか今日が初対面だというのに、この小さくも大きな吸血鬼は自分が求めていた何かを持っている気がした。


「あー! プニュちゃんありがとう。ホント、意外と優しいよね」

「……貴様、マリアの認識改変が解除されたら覚悟しろ? テロだの親だのを忘れるくらいの恐怖を与えてやるからな」

「うん。楽しみにしてるね」


 平然と笑顔で返すリンにプニュリアは大きく舌打ちをしてから、蝙蝠の羽を広げて闇夜に飛び立つ。


 これでようやく、一人になれた。

 直後にリンは支えにしていた笑顔を溜め息と共に崩し、ガーネットの家の扉に手をかける。


「あれ? ガーネットさん、忘れちゃったのかな?」


 鍵を忘れた彼女には、確かに閉めないようにと言ったはず。

 だが既に空は暗く、防犯から鍵を閉めたのかもしれない。もしくは単に忘れてしまったのかもと、リンは目の前の少し嫌な事実を無理にでも肯定的に捉え、ベルを鳴らすか界法で内側から開けるかを考える。


(はぁ、めんどくさい。いっそ野宿でもいいんだよな。それか、いっそ国を出たって……)


 月と街灯に照らされて、ガラス張りの扉に自分の虚ろな表情が映る。

 今の自分は大きな帽子で陰っていて、暗闇に浮かぶ薔薇の瞳が恐ろしく思えた。例えるなら、群れから追放され、飢餓状態となった狼だ。ホント、何故こうも自分は孤独にならなくてはいけないのだろう。


 メリュラントとの日々は苦しくも温かく、良くも悪くも手放せない。

 外の世界での日々は、醜く嫌なことばかりだったが、それでも自由と美しい景色は思い出だ。事実、自分で選んだのだから……絶対だ。


 それでも今。

 今、自分は選択の時にある。


 初めて優しい人に出会った。

 無条件の愛。衣食住を自分に与え、デメリットでしかない自分に笑いかけてくれた人がいた。いや、それは師匠も同じはずだ。それなのに……。


 リンの心が蝋燭の灯のように揺れる。

 ガーネットとの日々。アルバと出会い、損得ではない関係でなんでも話せる稀有な彼との日常。それらは決してメリュラントとの生活で存在しなかった訳ではない。が、リンは彼らとの思い出を何故か『初めて』だと感じ、認識している。


 だからこそ、彼らに迷惑はかけたくない。


(逃げたい。逃げたい、逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい! でも私が国を出てもテロは変わらない。私が皆を見殺しにしたら、もう二度と生きていける気がしない。でも私がいたら、ずっとテロリストに狙われる! どうして?! なんで?! 私を捕まえたって母様は動かないし動けないんだよ!? 私を助けられるなら! あの封印は不完全で! アイン教の目論見通り私が人質としての価値を持つ。逆に神の完全性が間違いで無ければ、母様は私を助けたくても助けられない。……仮に助けられるとしても、私に世界よりも価値があるなんて……思えないよ……)


 逃げても地獄。

 留まっても地獄。

 なら、この世界は地獄なのか。

 メリュラントの言う通り、外の世界など本や頭の中に留めて、何も知らずにあの場所で生きていたのなら……幸せでいられたのかな。


「お嬢ちゃん? 大丈夫かい?」

「……へっ!? あ、ああ。アハハ、大丈夫です! ちょっと、考え事してて……」


 扉の前で思い悩むリンの背後から、見知らぬ男性が声をかける。

 驚いた拍子に彼女はいつも通りの笑顔で振り返り、不審に思われないよう咄嗟に界法で内側から扉を開けてしまう。


 もうこれで逃げる手は無くなった。

 いそいそと愛想笑いを浮かべながらガーネットの家へ入り、鍵を閉めて二階へ向かう。こうなった以上、今日は早く寝て明日の自分に決めてもらおう。


(ガーネットさん、まだ起きてるかな?)


 ネガティブな思考から逃げるように、リンは別の事を考えながら扉を開ける。

 ただ、待っていたのは明るく温かいガーネットのいる空間ではなく、外と変わらない静けさと暗闇。


「ただいま戻りました~って、あぁ。もう寝ちゃったんですかね」


 悲しい笑い声を木霊させて、リンは自室に戻って服を手早く脱ぐ。

 既に心身は疲れ切り、何も考えたくないのに色々と考えてしまう。

 早く寝ればいいのにと下着のままベッドにうつ伏せになるが、思えば思う程に眠れない。


「母様。……もし会いたいなんて言ったら、許してくれますか? あんなに無茶を言った私を、無駄かもしれない時間と犠牲を……私は、許されていいですか?」


 仰向けになって、涙で滲む視界を腕で覆う。

 今日の夜空はやけに明るく、星や月明かりでさえ煩く不快に感じる。


 そうしてリンは暗い思考の中で自責して、摩耗して、ようやく眠りにつくのだった。

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