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第15話 母が授けた銀の鍵

***


 確かソレは、幼いリンが界法の極致と言っていたものだったろうか。

 いや、過去のメリュラントだったか。違う、目の前にいるメリュラントか。それか私か、俺か、誰か、何か……。


「今の君に残った境界はどの程度かな?」

「視界は歪み、スクリーンも歪み、何もかも境界線を見失う程に混ざり、色彩は黒へと帰結する」


 自分の『セカイ』と、内に宿る『セカイ』との共存を果たし、互いを認めることで初めて世界に対し自らの世界観を開放できる。


 それは一種の自己表現であり、心の救済。

 世界に開放する、自己解放の界法。それこそが全界法師が行きつくべき、【完結した理想の体現アイデントピア】だ。


「さて、今は誰が話している?」

「極限状態で、私や俺は自らの使命を思い出せるか? それとも……?」


 故にここは、メリュラントの精神世界と宿した境界が一体となった地点。

 頭に流れ込んでくる、もしくは既に持っている知識に誰かは……彼女、あるいは彼は確かめようと周囲を見回す。


 一面に広がる、異質な紫色の世界。

 二面性を感じる光と影、白と黒の境界線。


 結果、五感は混ざり、繁雑とした脳は何も結果を生み出せず。感じ取った結論はすべて多面的である。


「まだ混濁しているようだ。仕方が無い。ここの紫は揺れていて、淀んでいる。不定形に蠢く影や光に惑わされ、もはや快晴の塩湖のように天地の境すら見失う」

「すべての所在。根底概念の集う場所。此方より彼方へ。あらゆる中間。決まりは無く、ただ私と私達によって創られる」


 声は常に二つ。

 男の声と、女の声。もしくは男性的な女性の、あるいは女性的な男性の声。

 いや、そもそも声は一つで、中性的な声に『誰か』は判断できていないだけかもしれない。


「だが問題ない。既に試練は始まっている。まぁ? 知らないだろうから一応注釈を加えると、【アイデントピア】には三界と同じく三つの状態と効果があり、使用者の表現方法によって変わる」

「分かりやすいのは『体現』だろうな。言葉通り、頭の中の『セカイ』と自身とが一体となり、他者からの干渉を限りなく受けない」


 声は続く。

 どうやらまだ始まったばかりらしい。


「次に『理想』。言葉では想像し難いだろうが、言ってしまえば周囲を蝕み侵食する状態だ。例えばコンサートに行ったことはあるかい? 一つの音楽に、人々の心は一体となり熱狂する。近い概念で表すなら隷属や洗脳だろうか。宿した『セカイ』が周囲に広がり続け、使用者の支配権が強まる。ただし世界からの干渉を受けやすく、抵抗されやすい」

「そして最後に残った『完結』こそ、今いる場所だ。ここは使用者の頭の中であり『セカイ』の中でもある。指定も出来るが、基本的には認識している全部を自身の認識世界に閉じ込める。夢と同じで何でもできるが、最も他者からの抵抗を受けやすい。しかも、行使中の肉体は現実に置き去りだ」


 言い終えると、今度は「ふふっ」と笑い声。

 不敵で、妖艶で、嘲笑で、冷笑で、温かく、優しい。


「もちろん例外はある。一番有名な話だと、神にとっての【アイデントピア】とはガーデン世界そのものであり、神はその効果のすべてを得ている。前提が間違っているが、それでも好ましい。……そうだ、神話は好きかい?」

「かつて【】と呼ばれていた……あぁ、現代語だと箱庭か。つまり世界が創られる前の状態では『無』が『在』って、一つ『存在しないが存在する』って矛盾に気付き、自己と自我を認識したのが神ヴァニタス。だから今も認識世界が『セカイ』と世界に大きく影響を与えている」


 ならば……そう思ったか、知っていたのか。

 今の状態も似ているはずだ。知らないのに、知っている。分からないのに、分かる。


 他人の言葉。他人の意見。

 どこかで見たか聞いたか、みんなの認識。


 じゃあ自分はと問われると、何も無い。

 そういうものだと認識して、自分は違うと認識しながら他人と同じことをしている。


「それから『物理的な世界(自分)』を手に入れたヴァニタスは閉じ込められていると知って、同じことをする。囲いと枠とを集めて封じて、そこに自らの想いを込める。『無(自分)』以外の、何かが欲しい」

「そしてこのガーデン世界は創世され、今に至る。気付いた? ヴァニタスの行動は全部界法の手順と同じなんだ。概念を認識して行動。まぁここまで簡略化すると人類の行動が全部界法になっちゃうんだけどね、好きなんだ」


 今、問われていると感じた。

 この紫色の世界で一つ、真っ白な想いがある。キャンパスが紫に塗られていても、外から見れば白が紫に塗られたと理解できる。じゃあ、キャンパス本人はどうか。鏡も無しに、紫になった自分を変わったと認識できるだろうか。


 それに『誰か』は出来ると感じた。

 だって自分も世界もそうだから。あらゆる干渉を受け続けて今がある。


 内と外。

 影響。干渉。環境。要因。

 界法の三世界と同じく、『物質』『概念』『認識』によって世界は出来ている。


 ならやっぱり、今みたく五感も肉体も消えていたって世界はあるし、自分も在る。どれだけ世界から色んなモノが消えたって、無かったことにはならないんだ。神ヴァニタスがそうであったように、『無い』と思うのは知らないだけで、かつての人々には確かに在るんだから。


「やっぱいい人だな。こういうの、人類愛って言うんだっけ?」

「さて、そろそろ問おうか。君は、誰だ?」


 そこでようやく、世界に三つめの声が生まれた。


「俺は俺だ。たとえ名前が無くたって、夢と想いは一つも変わらない。そういう『誰か』の願いか感情か? それが俺を形作ってる。誰かさんには、絶対に負けたくないってな」


 思いは声に言葉になって、誰かから誰かへ。

 音は世界を揺らす。思いは世界を変える。行動は常に世界への干渉だ。


 大は小を兼ねると言うが、小が大を兼ねる時もある。

 縁の下の力持ち。塵も積もれば山となる。民なくして国は無い。一騎当千。

 つまりは全部、何を『大』とし、何を『小』とするかだ。私達が支配され、世界すら支配している重力だって、強大なように思えて冷蔵庫に磁力でくっ付くマグネット一つ地に落とせない。発生源は惑星なんて超巨大な存在なのに。


「要するに一人の想いや行動が世界を変える時だってあるって話だ。色んな法則とかを見つけたり、新しい物を創ったり、世界を六つの国に分けた英雄みたいにな」

「……どうやら、君と『セカイ』との親和性は才能の域にあるようだ。それでいて、自己を見失わないとなると本当に頼もしい」

「やっと相手がいるって認めたな。これでもう俺とアンタだ。独りぼっちの世界じゃないし、自分と他人がごっちゃになった世界でもない。アンタの言う通り、抵抗しやすかったぜ」


 誰かと相対し、彼は自らを認識して思い出す。

 自分が何者で、何をしにここへ来たか。フラワに生まれ、白き薔薇の意味を与えられたその名を思い出し、娘より帽子の似合う魔女様本人に向かって言い放つ。


「思い出した! 俺はアルバ! んでアンタがリンママだ!」

「…………」


 瞬間、アルバの前で微笑んでいたメリュラントの顔が曇る。

 こいつ、この機に及んでまだ言うかと、そういう表情をしながらも否定や禁止を告げることなく、淡々と事務的な声で試練の突破を伝えた。


「まぁいい、おめでとう。これで試練は突破だ」

「なんだよリンママ。リンを助けられるならって、さっきまで喜んでたじゃん。俺、段々アンタとの共有にも慣れてきたぜ」


 生まれ変わったような清々しい気分に、思わずアルバは軽口を挟みながら笑顔を見せる。対してメリュラントは先程より目を細め眉間にしわを寄せるが、ため息一つで許してくれた。


「そうか。まぁこの私程度には慣れてもらわなくては困る」

「え、もっと上がいるみたいな話?」

「違う。君とリンに待ち受ける未来は、これより格段に厳しいという話だ」

「マジか~」

「どうした? 怖気づいたか?」


 顔に手をやるアルバに、何故かメリュラントは獰猛な笑みと共に喜びの表情を見せる。

 しかしアルバの気持ちは変わらない。故に、回答も変わらない。むしろ、リンからの事前情報と照らし合わせて意外な程だ。


「いや、思ってたよりメリュ師匠って優しいんだなって」

「ヴぁあ!? 私をなんだと……いや、確かに『災厄の魔女』ではあるのだが……」


 この反応もそう。

 リンから聞いたメリュラントの印象は優しく過保護な親。そして、生死に関わるほど厳しい稽古をつけてきた師匠だ。嘘かホントか、互いに死なないようにしたからと命のやり取りを訓練に組み込み、外に出られるようになってからは絶対に無理をせず、命は一つしかないから外では死を計算に組み込むなと、それこそ死ぬほど言われたとか。


 なんというか、両極端と言うか。

 アルバは最初リンの冗談か、幼少期特有の事実より壮大に感じてしまうアレだと思っていたが、こうして本人を前にすると実は……なんて思ってしまう。実際、今の印象はリンの言う通り厳しくも優しい親バカ魔女なのだから。


「君、少し正直すぎると言われないか? それだけ思っていて口から出る言葉が少なすぎだ。あまりに情報を端折り過ぎている」

「言われますけど、心読める人に言われてもなぁ。むしろ実際どうなんです? 本当にリンの言うような訓練とか、してたんですか?」


 するとメリュラントは少し悩んだ様子を見せ、それからはっきりと肯定した。


「そうだ。倫理的な観点で言えば間違いなく非難されるべきだが、リンは君のような一般人ではない。あの子はこの世界に対し、強くなくてはいけなかった。故、決して負けないように育てた……もちろん、完璧とは程遠く、教え切る前に出て行ってしまったが」

「うわ~なんだろ。話だけなら自分の子を天才と思ってる人なのに、教えた内容が界法と戦闘なのがなぁ~。いやあれですよ? 俺普通に怒りというか、悲しみみたいなの感じてますからね?」

「言いたいことは分かるが、こちらでは生と死の境界を私が定められた。絶対の安全を保障した上での戦闘訓練だ。もちろん、倫理的な問題はあるがな」


 アルバのドン引きに、毅然とした態度で答えるメリュラント。

 まぁしかし、これ以上他人の家の事情に口出しするのは違うかと、それ以上の追及はグッと胸の奥に仕舞い込んだ。


「さて、そろそろ教えよう。リンの帽子が界法器なのは知っているか?」

「へ~! ああいうのって界法器って言うんすね。一応なんか特別な機能があるのは知ってますよ? 一緒に鍛錬した後とか、リンが帽子から手作りのサンドイッチ出してくれますし」

「なヴぁ!? 手作りサンドイッチ!? ……だ、と? あぬヴぁ。私だって食べた事ないのに……」

「あぁそっち? 汗かいた後にパンは水分無くなるとかじゃなくて?」

「貴様、ここが私の【アイデントピア】だと忘れていないか? そうでなくとも、私は貴様の生死の境を調整してやれるんだぞ?」


 酷い脅しだが、本当に出来る存在を前にアルバは全力で謝る。

 この感じも含めて、やはり二人は親子なのだと本日何度目かの認識を果たす。


 対してメリュラントは「ふぅ~」と息を吐き、まるで人が変わったかのように話し始めた。


「それじゃあ教えてあげる。もしリンが暴走したら、帽子をあの子に触れさせて名前を呼んで。出来ればフルネームがいいけれど、一番の目的はあの子の自意識を取り戻すことだから。何か別の方法や言葉で呼びかけても、問題ないよ」

「うっす! とにかく帽子と呼びかけっすね。……ん? でもリンのフルネームってリンだけで合ってます? 俺、家名とかなくて」


 しかしアルバも負けていない。

 今まで散々リンと付き合い、彼女から自分の師匠がどういう人物か聞いてきた。加えて今日はメリュラントとずっと話しているのだ。流石にもう、口調やら一人称やらの変化でビックリしたりなどしない。


「あら、仲良しなのに教えてもらってないの? ふふっ、冗談。あの子、自分が私の性を名乗れるなんて知らないもの。あ、でもアナタがリンに教えるのは駄目。その時が来るまでは、リン・ラングルスの名は『アトプルマウの棺』でお休みです」

「え? あぁはい。てかリンの苗字がラングルスってことは、リンママの苗字って名前の真ん中なんすね」


 けれど、今まで話していたメリュラントとは違い、今の彼女はなんとなく話しやすい。


 おかげでアルバは、すぐに元の世界へ戻るのも忘れて、談笑を続けてしまう。どうせ向こうではまだマリアも、リンの意識を覗いているはずだ。ここでリンママと話していても、きっと問題ない。


「古代ガーデン人はね、最初が公的な名前で、次に苗字。最後のは肉親や本人が認めたとかの、親しい間柄で使う名前なの。今の君達で言えば、愛称が近いかしら」

「へ~! 勉強になりました。あっ、あともう一ついいですか?」

「なぁに?」

「その……リンって小さい時に外に出るかどうかで喧嘩して、戦ったって聞いたんですけど」

「そうよ。で、私が負けた。あんなに綺麗に負けたのなんて、神話時代でも無かったわ」

「マジか――」


 甘い考えのアルバは、そのまま好奇心に任せて質問を続けようとする。

 まず、どうやってリンが勝ったのかとか。正直、本物を知った今、人類の誰かが勝てるだなんて想像できない。一体、リンが何をしたら勝てるのか気になり過ぎる。


「だぁめ。それはアナタの意識に差し込んでおくから、いつか夢で答え合わせして。そろそろ外の世界でのアナタが起きないからって、みんな心配しているから」

「えっ!? もうマリア起きてるんすか?」


 続く言葉を遮られ、メリュラントは現実での出来事を伝える。

 理屈は分からないが、まぁ向こうでリンに聞けばいいかと、それ以上の追及は止めた。


「それじゃあ。またね、アルバ君。ちゃんと覚えておいてよ?」

「はい!」

「それからマリアにもよろしくね。絶対、目は瞑らないでよって」


 最後、別れの挨拶ではなく再会の約束を交わして二人は手を振り合う。

 するとアルバの意識が遠退き、最初に見た時ように真っ白な霧に包まれ……目を開くと、リンが心配そうに覗き込んでいた。


「アルバ!? 大丈夫!?」

「へへっ。ただいま」

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