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第13話 今は遠き過去の想いで

 共有された視界の中、アルバは額の皮膚がペリペリと剥がれて開く感覚に一瞬の恐怖を感じたが、すぐにそれが詠唱にあった第三の瞳だと気付く。


 というよりは、物理的に理解させられた。

 そしてあり得ないはずの視点から、新たに増えた視界が映す眼前の景色。


(ホント、大人しくしてればコイツ、綺麗な顔してんだよな……)


 改めてまじまじと見る、リンの整った顔。


 綺麗な肌。切れ長な薔薇の瞳。

 座っているだけで分かる身体バランス。その名に相応しい、凛とした佇まい。

 本人は決して自身を美しいなどとは言わないが、神秘的なマリアや人外の美を体現しているプニュリアなどに囲まれて生きてきたアルバからしてもリンは美人だ。


 そう彼が思っている間に、白く塗り潰されていた視界がリンの内に秘めた過去の景色を映し出す。


(おー! ここがリンの住んでたとこか!)


 草一つない死んだ大地。天蓋すら覆い包む霧の牢獄。

 そこは鳥や虫の音一つない、静謐の檻だ。もし自分がここで産まれていたら、世界のすべてはこの閉ざされた空間だと思うだろう。天から降り注ぐこの薄く細い光ですら、ここを照らすには不十分過ぎる。まるで、世界がゆっくりと安楽死していくかのようだ。


 ただそれでも、停滞に霞みくすむ灰色の世界であっても、ここは彼女の故郷。

 その世界の中心には唯一の色彩である木造の家が一軒ポツンと建っており、アルバはあれがリンの家かと興奮気味に感嘆する。


 確かに、話に聞いていた通りの広い庭だ。他に何も無いからこそ、余計に広く感じられる。そんな時。滅んだ地に、灰色の世界に一輪の、鮮やかな花が咲く。


「母様! 早く鍛錬の続きをしましょう!」


(うおっー! マジか!? あれいくつの時だよ!)


 静寂と沈黙を過去とする光景だ。共に見ているはずのマリアには、どう映っているのか非常に気になる。


 時間の概念が流れているのかすら怪しかったこの場所で、人の気配すら感じなかった家の扉を勢いよく開けて、幼い少女が走り出す。


 間違いない。

 まだ短い桜色の髪。アルバには閉鎖的で閉塞的に感じるこの世界にすら、喜びに大きく目を開いて輝かせている薔薇の瞳。だが心なしか今の彼女と比べると身長以上に色々と違い過ぎて、ほんの少し目を疑いたくなる。


(まぁリンにも小っちゃい時くらいあるか、人間だし。てか昔のアイツってあんなニッコニコだったのかよ!? いや~今の営業スマイルモードとか、仏頂面とか、あれからどう生きたらああなるんだ?)


 普段、割とムスッとしている風なリンの幼少期が、まさかあんなにも明るく活発な子だったなど、誰が想像できただろうか。

 何も無い庭を笑顔で走り回り、手から写真やクレヨンで描いたような、非現実的な花を溢れる湯水のように創り出しては周りに降らせ舞う彼女の姿。


「ねー! 母様ー! 早くしてくださーい!」」


 一応アルバは本人の口からそういう子だったと聞いてはいた。

 だが、実際に目の当たりにすると驚きを隠せない。いくらなんでも、多めに見積もって十年であんなに人が変わるとは思えなかったのだ。


「待ちなさいリン。私だって色々と準備が必要なんだ。……それと、私のことは母ではなく師匠と呼びなさい」


 しかし直後、アルバはそれ以上の驚愕によって目を見開き、息を飲む。


(――は? あれが? えっ、嘘だろリン)


 半開きの扉から、美しい人が壁も扉もすり抜けて現れる。

 忽然と閉まる扉。違和感のある挙動。高まる現実への不信感。


 あれが話に聞くその人だと、アルバは一瞬にして理解した。


「えー!? なんで母様じゃ駄目なんですか師匠!?」

「当然、第一に僕と君に血縁関係はない。そして第二に、僕達の関係を表すなら師弟の方が正しい。それだけだ」


 普段からそうなのだろうと分かる、自然な演技口調と振る舞い。

 声色に含まれる曖昧な、嘘でもなければ真実でもない想いと感情。一体全体、その人の何を信じればいいのだろうか。


 アルバには分からない。

 分からないが、その人こそリンの親代わりであり、師匠でもある『メリュ師匠』なのだと理解した。


(前にどんな人か聞いたけど、本当に言葉通りの人なんて存在できたんだ……)


 そう、思わず少年のような心で口にしてしまう。

 完全なる無意識。音すら響かぬ意識の世界で、アルバはただ魅入られていた。


 かつてリンからその人について質問した時、彼女は『母』や『親代わり』よりも先に自分の『師匠』で『偉大な界法師』と言った。続けて語られたその人の特徴は、あまりに神話時代の壁画に書かれた美辞麗句のようで、流石に嘘だろうと感じて、そこから先はあまり覚えていない。


 ただなんとなく綺麗で、凄い人。リンにとっての最愛であり、敬愛する人。

 その程度しか覚えていなかったのに。優しくて良い人程度の印象だったはずなのに。


(――『男性とも女性とも思える、美しく中性的な顔。腰まで伸びた、風もないのに揺れる、静寂に響く波のような黒髪。血縁が無いと言いながら、その瞳は私と似て切れ長で、オニキスのように艶やかに輝く黒をしている。けれどその美しい髪も瞳も、純粋な黒ではなく、この世界に存在するありとあらゆる色を混ぜ合わせた結果の黒で、あの曇った世界を照らす僅かな陽光にすら、時折黒に隠れた虹を幻視させるの』)


 一言一句余さずアルバはリンの言葉を思い出し、意識の中で反芻していた。


 女性にしては高く、男性にしては低い身長。

 己を隠し、相手に思わせたい自分を見せるように変わる一人称と口調。

 服は黒を基調に紫の刺繍が施され、僅かな白が映える儀礼的にすら思えるドレス。

 そして極めつけは、今やリンのトレードマークとなったあの大きくて幅広な、深く暗い紫色をした三角帽子。


 確かに、あの日に言われた通りの人だ。服装と長い髪、そして胸の膨らみを確認した今でも、思わずその性別を疑ってしまう。


「むぅ~!」

「ふふっ。リンのぷくぷく顔は可愛いな。本当に……フフフッ、今すぐアショニリータしてコルテに隠しておきたいほどだ」

「? それってどういう意味ですか?」

「特に意味はない。いや、そうだな……古代ガーデン語は複数の意味や概念が混ざっていて、どちらかと言えば感情的な言語だ。だから今回の場合はまぁ、その部分的な、膨らんでいる頬の状態を切り取って、誰にも見つからない、暗い場所、口の中に隠しておきたい。って感じかなっ!」

「た!? 食べないで下さい!」


 平然と物騒なことを言う師匠と、それにキャーと叫んで逃げる弟子。

 本当に、こうして見ていると本物の親子のようだ。物心つく前に両親が消え、その悪い噂を都度吐かれ続けた自分より、血縁の無い彼らの方がよっぽど……。


「よし捕まえたー」

「あっ! 【転移】はズルいです!」

「ふふん。師匠は凄いからな」

「うぅぅ。前よりも【身体強化】うまくなったのに……」

「そうだな。だが、強化された身体機能に認識や感覚が追い付いていない。さっきも後ろの俺が気になって、何度か振り返っただろう?」

「はい……」

「まぁ気にするな。【身体強化】と【生命探知】。あとは研ぎ澄まされた五感があれば、俺の単純な【転移】程度では、捕まえられなくなるだろうからな」


 不敵に微笑む師匠に笑顔を見せる小さなリン。

 こういう、すぐ落ち込むところは昔からだったのか。


(さっきのヌッて出てきたやつ、キョウの界法に似てたな。同じ『セカイ』か?)


 だが、微笑ましい光景に目的を忘れるアルバではなかった。

 少しでも何か、リンがアイン教に狙われる理由は無いかと思考を巡らせる……も、現状、特筆するような部分はあまりない。

 むしろ事前に話で聞いていた変な関係性や環境ばかりで、アイン教に狙われるなんて大層な理由は全く見つからないし、思い付かない。


「それじゃあ、昨日の続きからだ。詠唱は覚えているかい?」

「【開放:自己解放アイデントピア】。ですよね?」

「そう。それと完全な【自己解放アイデントピア】が出来なくても、なるべく周囲に想像できる全部を創造するんだ。いいね?」

「はい!」


 アルバが頭を抱えている間。

 紡がれる詠唱の直後、リンを中心に緑が広がり、死んでいるはずの大地から様々な植物達が創造される。


「どうですか師匠!」

「う~ん……」


 しかしどれも非現実で、人工的。

 足元に広がる緑も自然のそれではなく、あくまで子供が描いたような緑・黄緑・白で構成された草原の絵で、そこから生まれた木々や草花も同じくクレヨンで描かれたような存在や、どの角度から見ても影も光も変わらない図鑑の写真のようなものばかり。


「範囲はいいけれど、まだまだ『セカイ』との共通認識が少ないわね」

「そう、ですか……」

「あっでも三キロ先に本物の自然物が生まれてるから、前回よりすっごく進歩してるよ! 大丈夫、リンは賢いから、その調子で師匠と鍛錬していれば、あなたがお姉さんになったときには界法の極致くらい簡単に出来るようになってるから!」


(わー。界法の話だっての以外なんも分かんねぇなこれ。多分めっちゃ英才教育なんだろうけど。……ってかマジでここ南方のどこだ? 月の国じゃなさそうだし、二人の服装的にも寒くはなさそうだけど、アイツ前に奥の端っこの方って言ってなかったっけ?)


 正直、内心に退屈の色が滲み出すアルバ。

 界法師ではない彼からすると、当然リンとメリュ師匠の会話なんて理解できるはずも無く。かと言って目の前に広がるほんわかホームビデオから逃れられる訳でもない。


 そもそも、これを見ているのは界法行使者であるマリアだ。

 故にアルバは疲れたと目を瞑ろうにも、お構いなしに脳へ直接映像が流れ続ける。


(はぁ……なるほどなぁ。これがリンの言ってた『代行者』のデメリットって感じか? 確かに、ずっとこんなんだったら頭もおかしくなるというか、普通に精神削られるわな)


 せめて、こういう時こそ解説やら説明やらが好きな友人が隣にいて欲しい。

 彼女がいてくれれば、この場面も解説含め色々と捗っただろう。珍しく頭を使ってこの霧の牢獄がガーデン大陸のどこにあるかだとか、真面目に考えているのに。やる気のないテストと同じで、問題文はおろか答えようが答えなかろうが意味がないのだ。


 切に願うはただ一つ。

 持て余した膨大な時間に、早く終われと顔を伏せるだけ。


(まさか、こっから今に戻るまでをずっと見せられる訳じゃないよな!? いやっ、あり得るのか? だってプニュリアも命削る的なこと言ってたもんな。……マジかよ!? それでプニュあんなキレてたのか! そりゃ頭おかしくなるとか言うわアイツも!)


 使われていく脳。

 削れる精神と集中力。


 どこまで続くかも分からない時間の牢獄は、アルバの心を容赦なく噛み潰そうとする。

 もしもこのままの調子で過去を見せ続けられたら。それでもアイン教との関係がありそうな情報を見つけられなかったら。仮に見つけても、元の世界へ戻ってきた時、自分は覚えていられるのだろうか。


 不安は過去と未来から、ふと立ち止まった時に押し寄せてくる。

 何故なら人は、そんな瞬間にしか意識と時間を未来と過去に向けられない。


 繰り返し、繰り返し、繰り返す日々に。

 しかし立ち止まらなければ、忙しさに心を亡くして先の無い道に道を見出す。だが立ち止まっても、解決できるとは限らない。そして不安や悩みをある程度棚上げできる者のみが、明日を生きられるのだ。


「師匠? ねぇ師匠!」

「…………」


 段々と怖い。切実に辛い。どんどんと苦しい。

 自分では決して変えられない環境が最大十年。これが脳裏を掠めた今、アルバの心身はマリアが借りている分を含めても異様な速度で削られ始めた。


 一番の問題は、この膨大な時間を埋められるほどの何かを、アルバはまだ見つけていないこと。


 リンの過去を見るのは楽しいが、それだけでは飽きてしまう。

 例えるなら徹夜明けの頭で親友のホームビデオ十年分を、飲食・睡眠・離席もストレッチも無いまま強制的に見続けているような状態だ。はっきり言って、どれだけの関係性であっても拷問だろう。


(いっそリンの笑顔の回数でも数えるか? いや、それとも何かアイン教に関係しそうなことを無理矢理にでも考えて……あぁー! クソッ! ダメだ、なんかすぐに頭が疲れて終わっちまう)


 結果、徐々にアルバの脳や認識はマリアの界法に侵食され始める。

 そのうえ嫌だと思えば思う程、それは自分と『セカイ』の抵抗となって余計に苦しみをもたらす。


「師匠ぉ! ずっとどこを見て……母様ってば! 大丈夫ですかー!!」

「……意識への介入……いや、観測と観察か。繋がっている以上、その抵抗感は他の者にも伝わり相互干渉して対消滅するからなるべく止めた方がいい。どうせ戻った時には『見た』という一瞬の事実しか残らないのだぞ?」

「母様? 本当に大丈夫ですか!?」

「あぁ、心配しないでリン。ワタクシは今、遠い友達に教えているの。これはワタクシ達にとっても重要な事。でも理由を知らなければ理解は無い。そうでしょう?」


 眉間に強く、深く皺を寄せて目を瞑る。それでも見え続ける視界で、アルバはおもむろにその人とずっと目が合っていることに気付いた。


「それは……? 私に話してるんですか?」

「いいえ。みんなに話しているの。それと、ワタクシのことは師匠よ。リン」

「むぅ。だって、師匠が変だったから……。また境界の代償かなって思ったんです」

「ふふ。本当にあなたは優しい子ね。でもいいリン? 代償なんて、私は一度も思ったことないの。ただ他人より多くを知れるから、そう見えるだけ」


 話ながらもこちらを見続ける黒い瞳がグルグルと、本当にすべての色が混ざっているのだと分かりやすく他色の輝きを見せる。するとアルバが感じていた痛みや苦しみは不思議と消え、集中した意識でただただ美しいその人を見つめ、話す言葉を真剣に聞いていた。


「えぇっと認識の相違ですよね? 境界は世界のすべての外枠だから、逆にあらゆる『セカイ』と干渉しちゃうって」

「そうよ。でもそれはお互い様だから、ちゃんと気を付けなさいってこと。リンが一方的に思っている行為であっても、それによってあなたも干渉されているのだから」

「深淵を見る時~ってやつですか!?」

「よく覚えているわね。偉いわ。……前にも話したけれど、界法は世界と『セカイ』による相互干渉。たとえ何もないと思っていても、『何も無い』と思えたのだから、それが向こうから受けた干渉なの。人間が微塵も感じない重力と同じで、私達は常に何かに干渉し、干渉されている。今も、昔も、未来ですら。それは私や神ヴァニタスだって例外じゃない」


 ふと思う。偶然なのだろうか。

 あの人の言葉が、自分に向いているような気がする。


『あなた……いえ、アルバ君かしら。そう、妬ましい』


 瞬間、自分の過去のように頭に声が響く。

 間違いなくあの人の声だ。しかし景色の中の人は、微塵も口を動かしていない。むしろあの揺れる髪がより蠢き、ざわめいて、亡者の手のように周囲の空間に伸び始める。


『失礼だな少年。君がマリアの知り合いで、許せんがリンの友達でなければ助けていなかった。それをまぁ、そんな風に思ってくれるとは』

『――は? なんだこれ?』


 困惑するアルバ。

 だがそれ以上に驚くべきは、リンの過去の記憶が停止していることだ。

 リンは動きを止め、声の主も瞳と髪以外動いていない。まるで、動画の再生中に誰かが一時停止ボタンを押したようだ。ただし、髪と瞳はレイヤー分けされているのか、太陽を直視した時のようにブワァっと広がるようにして揺れている。


『周りをよく見ろ。お前あれか? 言われなきゃ気付けない子か? それとも言われたこと全部信じて疑わない子なのか? いや、微妙に違うけどほとんど同じか?』

『あえっ? うわっ!? 俺の手!? あれ足も……どこだここ!?』


 遠くの景色。間近の声。

 望遠鏡を付けていたのを忘れていたかのように、内から響く声に諭されたアルバは自分の手足や身体が見えて慌てふためく。


 これが、本来の自分の視界だというのに。


「さて少年、映画館は初めてかな? ん? あぁ、そもそも君の『頭のセカイ』には存在しないのか」

「……はあッ!? なんであんたがいるんだよっ、をぉぉぉおおおっ!?!?」


 視界を取り戻して一拍。ようやく五感が戻っている実感が脳に到達した。

 直後、自分の横に美しいあの人が立っていると気付いたアルバは、驚きの感情に対し肉体をうまく動かせずに後ろへひっくり返ってしまう。


「フヒッ。あはははははっ! なんだ少年。リンから界法について教わってるくせに、少しも思いつかなかったのか?」

「あーはいはい。一体何をですかね、リンのお母さん?」


 転んだ痛みと笑われた羞恥心で、ようやくアルバの意識ははっきりした。

 絶対、絶ぇっ対にこの人はリン親だ、間違いない。立ち上がりながら、アルバはその皮肉っぽい言い回しに最早懐かしさすら感じる。


「君は忘れているかもしれないが、私は一応母でも親でもない。ただ生まれたばかりの可能性を拾っただけだ」

「あーあーそうですかい? 普通、それを『親』って言うんじゃないんですかねぇ!」

「おお! 言うじゃないか。だがそこまで捻くれることはないだろう? 全く、そういう正直な部分があの子に好かれたのか」

「……はぁ、正直今もずっと頭ん中グチャグチャで、気持ち悪いんですよ。というか! お宅の天邪鬼な娘さんには普段から色々とお世話になってるんでねぇ! いつもありがとうございますぅ!」


 薄暗い空間を、先程まで見ていたリンの過去が映った壁から放たれている光が照らし、二人の姿をはっきりと映す。


 こうなった以上はヤケでもなんでもいい。

 とにかく噂の『偉大な界法師』様が目の前に現れてくれたのだ。アイン教含め、リンが狙われる理由を聞く。なんなら噂通りの凄い人ならば、今すぐフラワに来て彼女を守ってもらえばいい。


「だがそれは出来ない。界法師は特に忘れがちだが、思うだけでは世界は変えられない。行動が伴って初めて私達は変われるのだから」

「あのぉ、その心読みながら話すの止めてくれます? 知り合いとのトラウマが蘇るんですけど」

「界法の極致が【自己解放アイデントピア】であるのと同じく、人間は自身の内外にある世界と和解し、親和性を高め、相互干渉に伴う相互への理解が望ましい。我々は、どうやっても進み続けるのだ!」

「わー、アイツの一人でどっか行く癖って親譲りだったのかー」


 目を少し細めてジトっと睨むアルバに、かの御方は微塵も気にせずに続ける。

 元々こういう人なのだろうか。それともここが過去で構成された意識世界である以上、未来を想定して制作された録画映像かも知れない。


「ん? なんか俺、変な知識入れられてる?」

「そうだとも、私の界法だからな。……故に、君の問題解決の為にも答えておこう。流石に六年は大変だろうからな」

「だったら早くリンのとこに行ってやれよ。アイツ、困ったらあんたが助けてくれるって約束、嘘だったのかななんて言いながら、今も信じてんだぞ?」

「…………そうか、」


 直後、アルバの言葉に相手は斜め下を見る。

 やはりどれだけ変な行動をしていても、二人は本当に家族なのだ。


 そう感じたからこそ、どうしてリンは不安に思っているのだろう。

 あの光景の先にある裏切りと、二人が交わした約束。それを決した、外へ行くための勝負の行方。リンから聞いた話だけでは、到底真実には辿り着けない。根本的に、あの仲睦まじい親子がどうしてそんな歪で殺伐とした内容や行為に及んでいるのか、アルバには全く想像できなかった。


 ただ、それでも。


「だがさっきも言った通り、私はここから動けない。君のその願いは、悪いが諦めてくれ」

「……なんでだよ。あんたアイツの親で! 師匠なんだろ!?」


 たった三年と少し。

 話でしか知らない人に対し、まるで代弁者のように怒る彼を、その人は決して怒らず受け止め、頷いた。


 すべてが事実であり、言い返す言葉など何も無い。


「君が戻った時、マリアはリンに真実を語るだろう。だから頼む、君には分からないだろうが、それでも最後まで私と娘を信じていて欲しい」

「なっ、なんでそこまで……。だったらあんたがさっ――」


 理由は単純だ。

 彼の言葉を遮って、せめてもの憂いと祈りを込めて言う。


「何故なら、私がかの『災厄の魔女』本人だからだ」

「――は? なんだって?」


 ガーデン神話には、こう描かれている。

 かの者は神と心を通わせる友人でありながら裏切り、楽園たる箱庭セカイを壊して世界を六つに分け隔てた。結果、仲間だったはずの賢者はそれぞれの国を治める君主となり、歪んだ世界で人々は神への敬いを忘れて争いを始める。


 だがしかし、人々はそれでも神を裏切ったかの者の罪だけは決して忘れることなく、その肉体と存在と精神を棺に納め、かつて楽園の都があった最南端の地に封じたのだった。


「名乗ろう。私こそ世界を分け隔てた『災厄の魔女』であり……リンを、育てた……。メリュラント・ラングルス・クトゥブーリカだ」

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