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第11話 根を張り芽吹く

 中へ入り、奥へと進む。

 最初こそ何も無いように見えた教会内だったが、アルバとプニュリアに付いて行くと石像に隠れていた扉があった。


「え? マリアさんの部屋って地下なんですか?」

「全く、客人が来るというのに……小僧、早くなんとかしろ」


 どんな豪華な部屋かと考えていたリンの質問を無視して、プニュリアはアルバに命令する。どうやら彼女は面倒な質問に答えたくないらしい。


 けれど地下へと続く手すり付きの階段は真っ暗で、一寸先すら見えないのだ。人外のプニュリアや『目の界法師』たるマリアには問題なくともリンや、特にアルバには手すりがあっても危険すぎる。


「ねぇアルバ? ここってもしかしてマリアさん以外誰も来ないの?」

「いや。俺も行くし他にも三人くらい……。てかマリアとプニュリア以外に二人住んでるぞ、ここ」

「嘘でしょ……」


 驚きの返答に顔が若干引きつるリンの横を、アルバが「どこだっけな」とウロウロしている。何か、明かりになる物が常備されているのだろうか。そんなリンの推測とは裏腹に彼は真っ暗な階段の壁に手を当て、お目当ての場所を探し当てた。


「おっ、あった」


 瞬間、カチッというあまりに文明的な音と共に階段が一気に明るくなる。

 まさに文明の火。天井にいくつも取り付けられた電気照明が、危険を一瞬で解決した。


「よし行こうぜ」

「……ここ、電気通ってたのね」

「あ~確か三、四年前に月の国の業者に色々リフォーム? とかやってもらったんだよ。流石に地下で蝋燭は危ないし、まぁ他にも住む奴が増えたりとかでな」


 そんな話をしながら三人は階段を下り、十字の通路を真っ直ぐ進んでいく。すると先にはリビングと思われる半円状の少し広い空間があり、そこから放射状に並ぶ五つの通路。加えて壁・床・天井のコンクリートが更に秘密基地感を演出していた。


「わー! いいですね! 私! こういうの好きなんですよ!」

「騒ぐな人間。黙ってさっさと歩け」

「この床の絵って界法陣ですよね!? かっこいいな~。えーっと? 外の世界は一つの大樹によって成り立ち、その根は全てに繋がってる……って感じかな? 恐らく換気口の役割も兼ねて……」

「そこまでにしろ花の。言っておくが、ここにはいくつか国家機密が保管されている。どれが、とまでは教えないが」

「うっ……。すみません」


 リビング見学もそこそこに、三人は入り口の向かいにある中央の通路へと進む。その一番奥にあった部屋の扉には『マリア』と書かれており、リンとアルバに緊張感が走る中、プニュリアが面倒そうに扉を開けた。


「入れ」


 美しい悪魔に誘われ、リンから中へ。

 室内はアルバが言っていた通り、殺風景ではあるが改修されていて、天井には電気照明まである。しかし大司教の部屋というにはかなり質素で、ベッドとクローゼットの他にはティーセットが置かれたテーブルと、椅子が四脚。


 そこにマリアはカップを片手に、フードとベールを脱いで座っていた。


「マリア、連れて来たぞ」

「ご足労ありがとうございますリン様。プニュちゃんもありがとう。……あら、アルバも一緒に来たのですね?」

「まぁ……別にいいだろ?」

「ふふっ。ええもちろんです。あなたにも、今後頑張ってもらいますから」


 アルバの少し照れた様子に、マリアの閉じた瞳が一瞬開き、それからすぐ嬉しそうに閉じる。リンは彼とマリアの関係をあまり知らないが、彼女の反応はまるで月下美人の花のようで、隠されていた顔や髪形はうねりのあるクシャクシャっとした短い髪が、白い菊や白い彼岸花を思わせた。


「立ち話もなんですから、どうぞリン様もおかけになって……あぁでもアルバの分のカップがありませんね。少し待っていてください、今キョウちゃんに頼んで――」

「あーいいってマリア。俺別にお茶飲まねぇから。リンもほら、ボーっと立ってないで座れよ」

「へっ? あ、ありがとう」


 腕と足を組んで座るプニュリアはドカッとマリアの隣に。

 アルバは事の趣旨を理解してプニュリアの前に座り、マリアに見惚れてボーっとしていたリンは彼が気遣って引いてくれた席に着く。


 これで、遂に真相を聞ける。

 国の存亡と、身の危険。相変わらずリン自身に思い当たる節は無いが、道中で実際に襲われたことも考えると緊張で指先が冷たくなる。それこそ、来るか来るかと待つ一瞬一秒が永遠に感じる程に。


「――では、単刀直入に。来たる四月五日の『桜祭り』当日、この国はアイン教によるテロにより滅亡の危機に瀕します。そして、滅亡の原因はリン様、あなたがアイン教の手に落ちた直後なのです」

「…………え?」


 瞬間、リンの口から思わず疑問が漏れた。


「はぁ!? なんだそれ! なんでリンが悪いみたいに言うんだよマリア!」

「落ち着いて下さいアルバ。気持ちは分かりますが、事実なのです。ワタクシの【未来視】には確かに、リン様が黒い波を出してフラワを飲み込む姿が――」

「だったら絶対違う。リンはぜってぇ周りを巻き込むようなことはしないし、そもそもコイツにそんな界法はねぇ。だろ? リン」


 思わず立ち上がり、リンの考えを代弁するアルバ。

 だが問題はそこではない。リンと思われる人物が生み出した『黒い波』の真偽はともかく、フラワで最も重要な日にテロが起きるという事実だ。


「ありがとうアルバ。おかげで冷静になれた」

「おう、言ってやれ。それは私じゃないって――」

「ううん。気持ちは嬉しいけど、今は座って」

「は?」

「私が良い悪いより、テロを止めるのが先。そうでしょ?」


 テーブルを掴むように置かれたアルバの手にリンは優しく触れる。

 もし彼が代わりに言ってくれなければ、マリアを問い詰めていたのは自分だった気がする。でもだからこそ、相手の言葉の因果関係や【未来視】の界法など、問題解決の為の道筋が見えてきた。


「そう、だな。悪い……マリアも、聞きたいって言ったのは俺なのに」


 見つめるリンの落ち着いた様子と言葉に、アルバも納得して冷静になる。

 やはりすぐ突っ走る自分と違って彼女はいつも冷静だ。物事を確かめ、考え、答えを出す。それでいて早い。


 そう彼は自身の未熟さを痛感しながら、倒した椅子に座り直した。


「いえ、アルバがそう思う気持ちも分かります。ですが、ワタクシもまた混乱しているのです。このような一大事を前に、大司教たるワタクシが国民を巻き込んでしまうなど……」


 俯くアルバに、マリアも閉じた目線を少し俯かせる。

 事の重大さは明らか。しかも『目の代行者』をもってしてテロ事件の見通しも解決の目途も立っていない現実……。


 訪れる少しの静寂の中、ただ我関せずといったプニュリアの置くカップが静かに受け皿と触れた。


「言いたいことがあるなら言え、花の。このまま一方的に聞いていては貴様も不服だろう」

「そう、ですね……。マリアさん、【未来視】の界法で見た未来は確定しているんですか?」


 青の静寂を切り裂く紅い瞳に、考えを纏めていた薔薇の瞳が静かに光る。


「いえ、数多ある未来の内、最も可能性の高い未来というだけです」

「ではフラワのテロを回避できる未来は探せませんか?」

「既に探しましたが可能性の低い未来は視界がはっきりとせず、分かる範囲では回避できませんでした。そのうえ、今回最も可能性の高い未来ですら所々で完全に視界を失い、断片的なのです」


 リンの質問にマリアも真摯に応える。

 自分一人では見つけられなかった解決法も、誰かとなら見つけられるかもしれない。


 特に目の前の少女は事件の重要人物であると同時に思慮深く、一般人とは思えぬほど界法にも詳しい。なんせ初めて出会った時点で彼女は様々な可能性を考慮しながら、こちらの『セカイ』を推測し、倒す算段を立てていたのだから。


「つまり見づらいのではなく、見えない?」

「はい」

「過去に似た経験は?」

「そうですね……」


 それなりに長い人生を振り返りながら、マリアは界法でリンの心を見透かす。

 黒い波のような界法に関しては思う所があるようだが、先程の話で完全に自分が狙われる理由はないと確信している。


「メリー……いえ、かつてワタクシが『セカイ』を暴走させかけた時に助けて頂いた方の界法が、一番近しいかと」

「具体的には?」

「分かりません。状況だけで言えば、世界の全てが見えてしまっていた状態のワタクシに、どこからか界法でそっと目を閉ざしてくれました」

「……だとすると未来のマリアさんに何かあったか、世界そのものに干渉する界法が行使されたか。あとはマリアさんと同じ視界の代行者が敵にいるか、似た系統で時間に干渉されているかですかね?」


 対してリンは思いつく推論を展開し、マリアと共に無限にも思える未来を精査し、狭めていく。こういう時は、答えを見つけようとするのではなく答えになりそうなアイデアを多く出す方が解決に早かったりする。


 そして前提として、現状ではテロを止められない。

 ならばテロの被害を少しでも抑える方向で話を進めるべきだ。


「マリアさん。ちなみに今の未来はどうですか?」

「すみません。ワタクシがリン様と会うと決めてから先の未来は完全に曇っていて、時折見えても複数の未来が重なっているんです」

「ならせめてアイン教がどうやってフラワに攻め込むかは分からないんですか?」


 方針は決まった。

 後は少しずつ対策を練るだけ。


 だがそう思って言ったリンの疑問に、マリアは苦しそうに答えた。


「そこが……一番の問題なのです」

「え? まさかさっき言ってた見えない瞬間って……?」

「はい。他にもいくつかありますが、アイン教の襲撃は言葉通り突然で。国や式典に侵入したと言うより、既に侵入されていたように見えました」


 直後、リンは「あっ」と言葉を漏らす。

 マリアの言う感覚には、あまりにも新鮮な既視感があった。


(さっき襲われた時と同じだ。私の【生命探知】だけなら敵の速度が速すぎて感知が間に合わなかった可能性もあったけど、マリアさんの目でも捉えられないなら、敵には何かしらの方法がある。それも、最悪アイン教全員が使える界法として……)


「おっ、何か分かった感じか?」

「ごめん。ちょっと黙ってて」


 恐らく一番意見を聞きたいであろうマリアが黙って待つ中、話に入れそうだと踏んだアルバがリンに質問すると「まだ考えてるから」と一刀両断。


 一つの共通点が、一つの線を導き出した。

 ただし繋がった線の先は未だ暗雲。リンの視点ではアイン教の目的は分からない。だが、始点にある問題には気付くことが出来た。対国家テロにて、あまりに前提的過ぎて考えもしなかった盲点。それこそ、界法の歴史における数少ない例外だというのに。


(そうか、あまりのスケールで忘れてたけど前提がおかしいんだ。だってアイン教がどれだけの集団か知らないけど、この国家を上回る集団なはずがない。なら、マリアさんがこうして話を持ち掛けてる時点でフラワは……)


「マリアさん。一つ確認させてください」

「ええ。リン様の仰る通りです」


 心を見透かされてなお、リンは口を開いて確認する。

 それは本来、国家という『セカイ』における根幹であり絶対条件。『セカイ』をその身に宿す『代行者』や『契約者』とは違い、根源となる『セカイ』を自身の外に持つ界法師の名を。


「このセカイの『代表者』は今、その権限や法を十分に行使できないんですか?」


 民のいないセカイは存在できない。

 故に国が国として力を発揮するには民の意思と意志は当然必須。

 三界は民を物質、法を概念、帰属意識や文化を認識とし、その全権限は国民全員に分配されつつ、国としての力――界法――の行使は『代表者』の責任において為される。


 逆説的に『代表者』の信頼なくして国は力を十分に発揮できないのだ。

 それを、国家を近くで支える大司教のマリアが知らないはずは無い。ならば何故か。リンに思いつくのは、国王への不信感か、それに伴う国民意識の分散。


「ええ……リン様の、仰る通りです」


 既に出した答えを、もう一度口にする。

 月夜の下、リンの前に座る美しい人は、朝を待たずして花を萎ませた。

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