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ノヴァ・クロニクル  作者: 稲葉藍譜
第一章
5/18

ファーストコンタクト

 暗闇で世界が包まれている中、至るところに爪や牙で割けており血にまみれた服を着ている幼い少年が歩いている。

 少年――リンは怯えた目をしながらも周囲を警戒している。

 サーベルタイガーモドキに見事に敗走してきて、さすがに疲労が溜まってきたためのか慎重に行動している。

 しばらく歩いていると、目の前にひらひら舞っているものが見えた。

 光一つない世界だが、リンのスキル『暗視』によりそれがはっきりと見えた。

 それは既に骨となった死体の衣服であり、魔物に喰われたのか体の部位があちこち足りないままであった。

 (人だよな? てことは、ここにも誰かいるのか)

 (もし、人と出会えば永遠の命を求めるようと命を狙ってくるかもしれない。)

 リンは逡巡するもこの場にいても魔物に殺されるだけだと歩みを再開する。ただし、死体の衣服を拝借してそれを頭にかぶる。

 もし誰かと出会ってもすぐに正体をばれないようにするために。


――


 そのまま歩き続けて数日が経過した。

 身体はどんどん衰弱していった。

 最初の一日目で喉の渇きが限界を迎えた。

 喉の渇きを潤そうとして周囲に水がないか探してみた。

 スキル『暗視』と『魔力感知』を併用して、周囲の確認を試みるが辺り一面に魔力反応があって『魔力感知』が使い物にならなかった。魔界の空間には魔素が大量に充満しているため、水を探す方法としては不適切だったのだ。

 なので、『暗視』で水を探してみたが広大な土地と気を抜けばすぐに襲いかかってくる魔物たちに警戒しなければならず、それどころではなかった。

 二日目で喉の渇きが気にならなくなっていた。

 それに空腹感が襲いかかり、リンのストレスはとうに限界を迎えていた。

 その後はリンの日付感覚が狂っており具体的な日数を数えることもできなくなっていた。

 周囲に警戒はしながらも、心の内で常にストレスの原因と葛藤している。


 精神が蝕み始めリンの目に光がなくなり始めたころ、リンの耳に二人の男の罵声が聞こえる。

 リンは罵声が聞こえる方向に注意を向ける。

 スキル『聴覚強化』の使用しようとするが、その必要がないくらい罵声は大きかった。


「おい、俺の方が獲物の数も多いし大きいだろ! 今回の勝負は俺の勝ちだろ!」

「何言っているんだ! お前のは小さいものばかりで数合わせだろ! 

 それに大きい獲物で言ったら俺のこのプリズングリズリーなんかどうだ。お前のより断然大きい。

 どうだ! 今回の勝負は俺の勝ちだと認めたらどうだ?」

「てめえの目は節穴か! 

 これだから、キュルキュルお目目しているやつは困る。よ~く目玉開いてみてみろ!」

「なんだとこのクソミドリ! おめでたい頭しやがって。お前こそ目かっぴらいてよく見やがれ!」


 二人のそばには山積みにされた大量の魔物の亡骸があった。一体一体が今のリンでは到底適わないような化け物化け物ばかりだった。

 リンは二人の面罵に嫌気がさして、二人に気が付かれないように視界に入らないように迂回していく。

 しかし、罵り合っていた二人は存在感を消しているはずのリンにあっさりと気がつき、リンを呼び止めた。


「ん? おい! そこのガキ! そこで何している」

「こんなところに子ども?」


 リンは体をびくつかせる。

 声をかけられた以上黙っているわけにもいかず、しゃべろうとするが自身の喉が渇いていることに気がつかず大声を出すことは叶わない。

 二人はあたふたして返事をしないリンに我慢できずに近づいてきた。


「こりゃあ、ひでぇな」

「服もボロボロで血まみれだな。それにしては怪我をしているようには見えないが」


 二人はリンの体に異常がないか隅々まで確認しようとする。


「大分衰弱しているな。ろくに栄養を取っていない」


 程よく脂肪のついた―ファンタジー作品で言うところのオークと呼ばれるだろう―豚顔の大男がリンの体つきから診察する。


「こんなボロい布切れで顔隠しやがって。顔見せてみろ」


 緑色の肌をした―ファンタジー作品で言うところのゴブリンに該当する―筋肉質の大男がリンの髪を隠している布に手を出す。

 リンは抵抗するが、体が思うように動かずあっけなく外されてしまう。

 二人の大男が愕然とする。

 リンの表情に焦りの色が浮き出てくる。


「その髪と目の色それにその魔力、お前まさか――」


 リンはこれで終わったと思った。

 自分は彼らに捕まりこれから地獄を味わうのだと。

 今の自分では抗うことなど不可能。

 仮にできたとしても、彼らの魔力を見ればそれは夢物語だと断言できる、それほどの魔力量。

 はっきり言って次元が違った。

 リンはそう思ったからだ。


「いや、すまんな。そんなに怯えるな。俺たちはお前の敵じゃねえ」

「今まで大変だっただろう。辛かったな」


 そう言って二人はリンに何があったのか理解したのか優しく接してきた。

 リンはこの二人が何を理解したのか、なぜ理解できたのかわからなかった。


「レベッカ先生――お前の母ちゃんはどうした?」


 ゴブリンの言葉にリンは驚いた。

 レベッカのことを先生を呼ぶことに意表を突かれてしまったからだ。

 この二人は本当に敵ではないのかもしれないとリンは本気で考えた。

 敵ではないのなら、真実を口にした方が相手の印象もよいだろうと思案した。

 口にできるほどの気力もないため、リンは首を横に振ることでその返答をした。


「すまん。辛いことを聞いた」


 ゴブリン顔の大男は謝罪を口にし、それに続いてオークが口を開いた。


「お父さんはどうした? 一緒にこっちに来たのか」

「……お父様は人間で、こっちには来れないって」

「そうか。ありがとうな、答えくれて」


 オークは申し訳ないといった表情をしつつ、目の前の子どもが生き残ってくれたことに嬉しそうにしていた。


「ここで話していてもなんだ。うちで休んで行けよ」


 ゴブリンはリンの手を引いて家まで案内してくれた。握ってくれた手は硬かったが、その力は羽に触れるようにとても優しいものであった。

 オークも彼らに無言でついていき三人は歩いていく。

 子どもの歩みに合わせて。


――――

 リンたち三人はしばらく歩いていくと、町が見えてきた。

 レンガを組んで作られた二、三階建ての建物が規則正しく並べられており、街路の幅も馬車二、三台が横に並んでも問題はなさそうに見えるほど十分であった。

 この町は五つのエリアで分かれており、今リンたちが向かっているエリアはゴブリンたちが住んでいる住宅エリアだ。オークたちが住んでいる場所は別の住宅エリアに住んでいるらしい。

 なんでも、普段の生活で必要な設備がそれぞれで異なるためだ。

 多くの種族で役割分担をしてこの町の維持を行っているとのこと。

 他のエリアとしてはゴブリンが住むエリアの下に植物の研究施設や栽培の実験施設、薬品の備蓄倉庫といったエリア。

 そして、オークが住むエリアの下には鉱山資源の保管施設、鍛冶屋、道具などの保管場所があるエリア。

 二つの住宅エリアの挟まれているエリアは学校や病院、飲食店などの日常生活に欠かせないインフラ施設、重要な会議の際に開かれるいわゆる国会議事堂にあたる施設がある。

 ――道中で聞いた話をまとめるとこんな感じだ。

 彼らの話を聞いている間にリンの目の前には三階建ての家がそびえたっていた。


「着いたぞ。ここが俺の家だ。お前のことは風呂にでも入った後にゆっくり聞くから、まずは体の汚れ落としてこい」

「俺たちは座って今後のお前をどうしていくか先に話し合っておくから、気にせず旅の疲れをとってきなさい」


 そう言ってゴブリンがリンの背中を押して家に入れさせた。

 中は前世の記憶と何ら変わらない間取りで、見慣れた光景であった。壁の材質は外と同じレンガであったが、床や階段にはカーペットが敷かれて素足でも過ごしやすかった。

 木材でできた棚やテーブルにはいろいろなものが置かれいて生活感のあるものだった。

 すると、隣の部屋から足音が聞こえてくる。

 扉が開く音とともにゴブリンの妙齢のご婦人が出てきた。


「帰ってきたね。うん? どうしたんだい、この子。外の世界から来た迷子かい?」

「お邪魔します、おばさま。人界から命からがらここまで逃げてきたようで」

「それは大変なだったろうに。すぐに風呂の支度をするから、ちょっと待っておくれ」


 そう言って、ゴブリンご婦人はせっせと風呂場に向かい湯舟に湯を張りに行ったのだった。


「大丈夫だよ……ええっと、お名前を聞いてもいいかな?」

「あ、リンと言います。助けてくれてありがとうございます。あの、山積みになっていた魔物はいいんですか?」

「ん? ああ、あれは暇だったから今日の当番のやつらの代わりにこのミドリ誘って、どっちがより大きいのを倒せたか勝負していただけだから、気にするな。まあ、今回は俺の勝ちだがな!」

「ま~だ、そんなこと言っていたのか。今日は俺の勝ちだって言っているだろうが。気にしちゃだめだぞ、リン。こいつお前にいいところ見せたいだけだからな」

「いいところ見せたいのはお前の方じゃないのか。ゴブマサ君。かっこ悪いところ小さい子に見られたくないもんね~」


 ゴブマサと呼ばれたゴブリンは額に青筋を浮かべてオークを睨んでいる。

 あと数秒でここは戦場と化すと悟ったリンは自分が抱えていたストレスをこの瞬間は忘れて仲介に入ろうとする。

 一触即発の空気をぶち壊したのは、湯船に湯を入れ終えてこちらに戻ってきていたゴブリンご婦人であった。


「子どもの目の前で何やっているんだい、あんたたち! それ以上やったら、どうなるのかわかるね?」

「「はい……」」

「さあ、風呂の準備ができたから入っておいで。上がるころには飯の準備も終わらせておくから」

「ありがとうございます」


 リンはタオルと風呂の場所を教えられて、指示通りに風呂場へ向かった。

 ゴブマサとオークは先ほどの雰囲気が嘘のように普通に会話を再開していた。

 こちらが見ているのに気がつくとそれぞれが「さっさと入ってこい」と「ゆっくり入っておいで」と言ってくれた。

 湯船につかりここ数日の疲れがどっとと溢れてきた。

 酷使された筋肉がほぐされ、荒んだ精神が丸くなるような感覚。

 しばらくすると安心しきり、これからのことについて潜考していた。これから自分はどうなるのかなど、魔界へ来てから考える余裕などなかった事柄を処理していった。

 両親のこと。

 魔界で初めての戦闘と敗走。

 この数日に体験は前世でも経験したこともない喰われる側の立場。

 それらを思い出していき、リンは湯の中で静かに泣いていた。

 ひとしきり泣いて気分が落ち着いたので、リンは風呂場を出ていく。

 リンが戻ると既にテーブルには温かいスープとパンがそこにはあった。


「お、上がったか。飯が出来上がっているから、話はそのあとでいいから」


 リンは椅子に座り、目の前のスープを飲む。

 久しぶりの食べ物を貪るように勢いよく飲み干した。

 リンの顔に笑みが浮かび上がり目の端には枯れるほど出したはずの涙が込み上げてきた。

 それを黙ってみている三人。

 正直見られていると食べずらいと感じるタイプなのだが、リンは気にせず食事を摂っていく。

 満腹になるまで平らげたリンの様子を見て、ゴブマサが口を開く。


「なあ、リン。これからどうするつもりだ?」


 リンも口を開く。

 既にここにいる人たちに警戒するのは逆に失礼だと感じたためだ。

 であるなら本心を口にする方が自分にとっても都合がよいと判断したためだ。


「『逃げろ』と言われて逃げてきて正直行く当ても何もありません。ここにいることで迷惑になるのでしたら、素直に出ていきます。」

「そうか、なら決まりだな。リン、お前は俺が預かる。と言っても俺一人でできることなんてたかが知れているからな。実際はいろんな奴らがお前の助けになってくれるようになったから、困ったことがあったら誰にでも相談するんだぞ」

「そんなに簡単に……その、これからよろしくお願いします」

「気にするな。そうだ、まだ名前も言っていなかったな。俺は毒鬼族(ゴブリン)のゴブマサ。ゴブマサ・ドクラプトゥル・ヴェネヌマーレだ。よろしく」

「よろしくお願いします。ゴブマサさん」


 正直、一発で覚えられる名前ではなかった。

 恩人なので今後何とかして覚えるが、日本に住んでいた弊害の一つ、カタカナの偉人苦手問題に直面してしまった。


「なら、一応俺も名乗っておこう。俺は糧鬼族(オーク)のヴォラフルム・ヴァクトブルク。ヴァラフルムで構わない」

「はい、ヴォラフルムさん」

「で、このババアは俺の母ちゃんのゴブナ。大体の世話はババアがやってくれると思うぞ」

「じゃあ、代わりにあんたの世話をするのはやめておくわね」

「勘弁してくれよ、謝るから母ちゃん!」


 どの世界でも敬意のない呼び名で呼んだ者にはろくな目に会わないらしい。

 リンはそう思うのだった。

 すると、ヴォラフルムはリンに質問をしてきた。


「ところで、リンよ。魔界についてどれくらい先生から聞いている?」

「特に何も……お母さまも僕がこれほど早く魔界にいくとは思っていなかったのか、ゲートがあることとむやみに触ってはだめだとくらいしか」

「そうか。では、最低限の知識だけは教えてやらないとな」


 そう言って、ヴォラフルムはこの魔界について説明してくれた。

 要約すると、

 魔界というのは人界――つまり、リンが生まれ育った世界――からゲートという門を潜らないと入ることも出ることもできないもう一つの世界のことであるとのこと。

 魔界には毒鬼族(ゴブリン)糧鬼族(オーク)のほかにも多くの種族が生きているらしい。

 人界とは異なり、この魔界には太陽が存在しないため、ほとんど光源がない場所である。

 太陽がないということは、吸血鬼も普通に生活することができる、もちろんリンの母――レベッカ――も同様であった。

 この世界に住んでいる種族のほとんどが光源がなくても支障をきたすことなく、過ごすことができるのだが、光源があったほうが暖かみがあるからという理由で室内には光源が所々にある。

 付け始めた理由はゴブマサやヴォラフルムが生まれるよりもはるか昔の話で具体的な時期がわからないほど古くからの習慣らしいが誰が広めたかはわかっているらしい。

 それは当時の勇者一行なのだそうだ。

 当時、人界では人界に集った数多くの種族率いる勇者と魔界に住む多くの魔族率いる魔神王が争う人魔大戦が繰り広げられていた。

 そして、魔神王と魔族は敗れた。

 ちなみに、魔神王というのは、当時魔界を支配していた種族――魔神族の王のことをいう。

 敗れた魔族は魔界へと逃げるが少なくない犠牲を出し敗れ、己の罪を受け入れそのまま息絶えようとしていた。

 彼らの生活はそれはとても人が生きれるような環境ではなく、多くの者が餓死寸前、そこら中で戦争で戦死した者の死体や傷が深くろくな治療を受けることができなかった者が衰弱しそのまま亡くなった者の死体の山で溢れていた。

 また、戦死していなくとも重傷によりまともに動けない者、感染症に罹り病に苦しむ戦士も少なくなかった。

 当時に魔界にまともに動ける者は少なく全滅するのは時間の問題であった。

 魔神王を討った勇者はしばらくして、魔界へと辿り着き魔族と再会する。

 当時の魔族は勇者が残党狩りをするために魔界へやってきたと考えていた。

 しかし、その考えは違っていた。

 勇者たちは、彼らに手を差し出し助けてくれたのだ。

 それに勇者は魔族がこの先彼ら自身で生きていけるように、彼らに知識と技術を授けてくれた。家にライトをつけるようになった習慣があるのも、その勇者たちに影響されてのことだという。

 そのほかにも土地の開拓や食文化の改善、家の建て方なども教えてくれて生活基準の底上げをしてくれたおかげで今の生活がある。

 そんな偉業を成し遂げてくれたことが当時の魔族にとって、それは感謝してもしきれないほどのことなので、町の中心には勇者一行の石像が今も大事に残っていたり、伝説として語り継がれているのだ。

 あまりにさまざまな話の内容にリンは疲れ果てて椅子に深く座り込んでしまい、軽い溜息をついて気持ちを落ち着かせたのだった。

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