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ノヴァ・クロニクル  作者: 稲葉藍譜
第二章
18/18

彼らの日常

 車輪が勢いよく回る音と力強く地面を蹴る音を聞きながらリンたちは次の町を目指す。

 今向かっている町はとても小さな町で観光名所と言うわけでもなく、主に農業で成り立っているような場所で、時折やって来る新米冒険者が落とす金で少し経済が潤うくらいだ。

 なので、大抵の人達がそこに向かうのは中継地点としてがほとんどで、リンたちも同じ目的であった。

 ヒルトギルスからそこに着くまで、馬車で早くて一週間はかかるような場所である。悪天候だったり悪路の日にそこへと向かえばもっと長い日数が必要となるのだが、リンたち一行は新しく迎えたギーアが荷台を引いてくれたおかげで三日とかからずに目的地とは目と鼻の先となるのだった。

 実は最初、ギーアが引く荷台の速度はリンたちが思っていた以上に速く、御者台に座っていたセレナが手綱を持って、いざ走らせるとあまりの速さにまともに前を見ることができずに非常に危ない状況になったのだ。

 ギーアが楽しそうに走っているようなので、やめさせるのは忍びないだがそれでは御者台に乗るセレナやベルの方が危ないので、彼女らが手綱を握る昼間の間はスピードを落としてもらうことにしたのだ。

 リンであればギーアの本気の走りにも耐えることができるかもしてないと三人の間で意見が纏まったので、リンが外にでることができる夜の間に試すことにした。

 そして、皆が想像した通り、リンが御者台に乗ってギーアが引いても、問題なく走ることができたので、今後ギーアがスピードを出したいときや急いでどこかに向かわなけれなならないときはリンが担当することになった。

 本気で走ることができるようになったことにギーアは大変機嫌がよくなったのか、喉を鳴らしながらリンに頬をすりすりしてくる光景が増えることになり、完全にギーアのお気に入りの人になったようだ。

 


 目的の町へ到着して、セレナとベルは食料調達や必要品の買い出しへと足を運ぶ。

 リンはというと、まだ日が出ている間に着いてしまったため、荷台で日が暮れるまで時間を潰している。

 こういうとき、することがなくてじれったく感じることが多くなったとリンは内心で吐露する。しかも、三日間とはいえその大半を荷台の中で大人しく過ごしていれば、その空間にじっと黙って過ごしていることにも飽きるというもの。

 日暮れになったら、思う存分好きなところを訪れてやると、強い信念をもって荷台の中で残り時間を耐え忍ぶのだった。


 腕を組みながら、瞼を落としていたリンに鈴が鳴ったような凛とした声でセレナが呼びかけてくる。


「リン、おはよう。やっと夜になったからもう外に出ても大丈夫だよ。宿でベルが待っているから早く来てあげて」

「ああ、おはよう。あーーーやっと自由に動ける!! もう当分はこの中に入りたくないわ!!」

「まあまあ、そういわないで。二日か三日したらリンはまたこの中で大半を過ごすことになるから、今のうちにリフレッシュがてらにいろんなところに行っておいで」


 外に出て体のストレッチをしながら、いろんなところをボキボキと鳴らしているリンを見ながら、セレナが笑顔で宥めてくる。

 宥めておいて、途中でサラッと非常と言う名の現実に叩き落としては絶望を突き付けてくるセレナ。


「セレナって意外にサラッと毒吐くよな」

「そう? そんなことないと思うけど?」


 綺麗で整った顔立ちに流れるような輪郭。頬は雪のように白く、柳眉の下には大きな目。丁寧に手入れされたスラっとした黒髪が足の太ももに少し当たる。上品で優雅な仕草に上質な衣服を纏っている。

 大抵の人が一度(ひとたび)彼女を見れば一瞬で彼女に心奪われる、そんな容姿をしている。

 そのうえ、悪気のない表情で毒を吐くようであれば、そっち系専門のオタクなど一発で撃沈するかもしれない。

 そんなことを考えているが別にセレナがそっち系に特攻持ちであると確証されていないことを願う。

 労ってくれているだけで、今回はたまたま口が滑ったか言葉選びを間違えただけだ、と脳内を良い方向へ路線変更させようと必死になって改善する。


 荷物を持ったまま、宿に入り借りた部屋の中に入るとベルが快く迎えてくれた。

「ますたぁ! ひさしぶりなの!」

「久しぶりって、たった数時間だろ。セレナの言うこと、ちゃんと守れたか?」

「うん! だいじょーぶ!」

「そうかぁ~! えらいぞ!」


 ベルの視線と同じ高さになるまで腰を下ろして一連の流れを行って部屋の奥へと進んでいく。

 しばらくベルと遊んで、ベルのご機嫌取りが終わって解放されるとリンは外へと出る。


「しばらく空ける。何かあったらこの町の本屋にいるから呼んでくれ」


 本屋での目的の物はこの世界のいわゆる魔導書だ。

 セレナが言うには人界にある伝承魔法は前世の教科書や参考書のように売られているらしい。

 自分の魔力適正のある属性の魔導書を利用して勉強していく。それがこの世界での魔法の一般常識だ。

 リンがどの魔法に適正があるのかわからないので、とりあえず片っ端から試してみようとありったけの魔導書を買う気でいた。

 ファンタジー作品であれば、その世界だと紙自体が高級品でそれを大量に使用する魔導書は一般市民ではとてもじゃないが購入できず、魔法が使えるのは金持ちか貴族に限られる。そんな設定があるが、この世界では紙など文字通り腐るほどあるらしい。

 なんでも、この世界には製紙工場があるらしく一度に大量に作ることができるため、基本的にどの町でも本を購入すること自体は難しくない。

 ただ、魔物の影響で運搬業が未だに前世ほど発展していないらしく、それは本にも多大な影響を受けているので、本の品数が足りなかったり、購入したい本がその本屋にあるとは限らないのだ。


 リンが本屋に入ると、そこは閑静な雰囲気であった。

 暖かい明かりで室内が照らされていて落ち着く空間が作られている。

 時間が遅いこともあってか、今客としてそこにいるのはリンだけだった。

 とりあえず適当に眺めてみようとリンはぶらぶらとぶらつく。

 通路を歩いていくと、頭上にはそこにはどんな分野の本があるのか、丁寧に表示してくれているので、迷わずに目的の場所にたどり着くことができ、リンはそのあたりをじっと見つめる。

 目の前にあるのは、いつくかの魔導書。

 表紙に書かれているのは『初級魔法:炎属性』、『初級魔法:氷魔法』だったりと全部で六種類。

 その中の一つを手に取ってパラパラとページをめくって記載されている内容を目で追う。

 書いてある内容を見た感じ、リンでも理解できそうな内容だったので、六冊の魔導書を買うことにしたのだった。

 閉店準備に取り掛かっていた中年の店員がだるそうに会計をしていく。店員が時折こちらの顔を窺いたいのか、視線がこちらと手元を行き来しているのが見て取れた。

 こんな時間に魔導書を大量購入していく者がどんな奴なのか余程気になるらしいが、リンは相変わらずフードで顔を隠しているので、店員がどんなに頑張っても素顔を見ることができないのだが。

 支払いを済まして、まっすぐに店を出て宿へと戻る。


 借りてきた部屋に戻ると、セレナたちが楽しくおしゃべりをしていたようで、笑い声が響いていた。


「あ、お帰り。探し物は見つかった?」

「おかえりなさい。ますたぁ」

「ああ、ただいま。ちゃんと見つかったよ。これから可能な限り魔導書に載っている魔法でもして、馬車の退屈な時間を潰すとするかね」


 リンが魔導書を求めていたのは馬車でも暇潰しが理由でもあるが、実はもっと重要な理由がある。

 それは今後リンたちの冒険者としての活動に当たって、いつまでも『操血』に頼ってばかりではいられないと感じていたからだ。

 リンたちが目指す冒険者ランク、Bランクともなると身内だけでクエストを攻略するわけにはいかない場合が増えてくるそうだ。

 リンの正体を知らない者たちがいる中で『操血』を使うことなど当然できない。

 では重力魔法を使ってクエストに臨むとなると、まともに当たらない攻撃を無駄撃ちするだけになるので、現実的ではないとリンが考えたのだ。

 そこでリンがセレナに相談した時に話題に上がったのが、伝承魔法の習得だ。

 自分と適正のある魔法があれば、今後『操血』に頼らなくてもよくなる。それに、今後の戦略の幅が広がることを考えればこの提案はとても魅力的に思えたのだ。

 リンはその提案に乗り、魔導書を探し求めていたというわけだ。


「それじゃあ、この町での用事はなくなったから、あと数日ゆっくり休んだらここを出発しようか。それまでは自由勝手に行動しようか。ベルはどこか行ってみたいところとかある?」

「えっとね……」


 そう言って、再び二人が楽しそうに会話を始めて、なんとなく居心地が悪くなったのでリンはその場を後にした。

 壁越しに聞こえる談笑を無視して備え付きの椅子にもたれながら、買ってきた魔導書を開く。

 自分だけの空間に身を委ねて、リンは黙々と読み漁る。




 

 

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