これから、そして、落とし前
目の前に広がる剣撃を受け流す。
余計な思考、感情をそぎ落とし、次にすべき行動の最適解を探し出す。
相手の一撃が重くなる。
攻撃の間隔が速くなる。
だが、それだけだ。
むしろ、最初の攻撃の方が対処の難しさだけで言うなら上だ。
一撃を重くしよう、威力を上げようとし過ぎたあまり、無駄に力が分散している。
スピードを上げようと型がぶれ、次に何をしようとしてくるのかが丸わかりになっている。
相手の顔を見ると、既に呼吸が荒く、額には汗が浮かび上がっていて、限界が近いことが推察できる。
ケイレブが声を張り上げて力強い一撃を放った時、リンは素直に驚いた。
その攻撃は今までリンが受け流してきた攻撃のの中で最も洗礼されたものだったからだ。
リンはその攻撃を受け止め、ケイレブの剣を腕ごと吹き飛ばした。
丸腰になったケイレブに容赦なく袈裟斬りして、この戦いに決着をつけたのだった。
――――――
斬られた箇所を手で押さえながら、痛みに必死に耐えているケイレブは勢いよく倒れた。
それを見下ろすリン。
苦悶の表情を浮かべながら、リンの顔を見上げようとケイレブは顔を上げる。
フードの中に隠されてよく見ることができないが整った顔であることはなんとなくわかった。
何も発しないリンはそのままケイレブの横を通り過ぎて、捕まっているセレナたちの元へと向かう。
荷台の中で大人しくこちらの様子を窺っていたようで、囚われの身とは思えないほど冷静な表情でいた。
そんなに落ち着いているのなら、自分たちで逃げることができたのではないかと思ったが、細かいことは考えないようにした。
二人を荷台から降ろして、これでこの件は終わったと思ったが、荷台の横に繋がっている生物に目が留まる。
荷台を引くのであれば、前方に繋げられるだろうし、荷台とのサイズもあっていないので、いろいろと不審な点が多いと思ったのだ。
蹲ったままじっとこちらの様子を観察している始祖鳥の見た目をした生き物。
リンが近づいても怯えたり警戒した様子もないので、触れることができる距離まで近づくことにした。
撫でても以前変わらず、こちらの様子をただ見ているだけだった。
おそらく、ケイレブたちとは無関係だろうとリンは思ったので、繋がっている首輪を外してやることにした。
首輪を外されて自由になると、リンに近づいて喉をゴロゴロと鳴らしながら顔を擦り付けてきた。
「あははは、くすぐったいよ」
どうやらリンのことを気に入ったらしく、なかなか離れようとしない。
「お前、俺たちと来るか?」
「クルルルル!」
リンが勧誘すると、威勢よく鳴くので、同意の返事と受け取ることにした。
その一連の流れをじっと見ていたセレナとベルは話がひと段落ついたのを見計らって、リンの元へと向かって新しい旅の仲間を歓迎したのだった。
「それにしてもベルといいこの子といい、リンは変わった生き物に好かれやすいというか、動物たらしというか、そういう星の元に生まれたの?」
「いや~、別にそういうつもりじゃないんだけど……。動物に好かれやすいのは否定しないが、そういうつもりはないんだがな」
「ますたぁは、べるといるとき、とってもおだやか」
「ふ~ん。まあ、いいわ。それより……」
セレナの発言にリンが戸惑う。その会話にベルが参加する。それがここ最近、彼らの日課のようなものになっていたのだ。
ある程度今後の方針が決まったことで、ひとまずヒルトギルスに戻って荷造りをすることにしたのだ。
宿に戻って荷造りの準備をし始めるリンたち。
まとめた荷物を荷台に積めて、それを新しく仲間になったギーア――始祖鳥の見た目をしている生き物に引かせようというわけだ。
荷台の用意はケイレブたちの荷台の中に入っていた大量の金貨をありがたく頂戴させてもらって、購入したのだ。
普通に考えれば窃盗なのだが、ここは異世界。法整備も完璧でないので、ある程度の悪事はばれなければどうってことないだろう。それに今回の場合はケイレブたちから巻き上げた金だ。噂話から相当怪しいことをしていたようなので、どうせ持っていた金も怪しいものだからいいだろうと踏んでの行動だ。
ただ、ギーアに合った荷台を見つけるのが思ったよりも大変だったので時間を食ってしまった。
荷物を荷台に運び、窓に当たるところにはあのバーテンダーからもらったカーテンをつけて遮光対策を施した。
「よし、それじゃあ、次はアナストーレ王国を目標に出発!」
「おおー!!」
元気の良い掛け声を上げるセレナに続いてベルが可愛らしく声が発した。
そんな彼女らの行動を見て、リンは安心する。ケイレブらから助けたときにも感じたことだが、彼女たちに怯えた様子がなかったのでとりあえず一安心していたのだが、こういうのは時間が経って冷静になった後に恐怖に陥る場合が多いのだ。
だが、彼女たちにそんな様子が感じ取れない。彼女たちにはあの一連の出来事にまったく怖気づいていないのだ。
リンはそんな彼女たちに素直に感心した。それは彼女たちが鈍感であったからではなく、彼女たちの心が強くしっかりとしたものであるとわかったからだ。
こうして、二人と二匹、いや三人と一匹の旅が始まることになる。
本来交わるはずのない彼らが一つの目的を成し遂げるために。
――――――
冷えた夜風が限界まで疲弊した肉体を冷たくさせる。袈裟斬りにされた箇所を押さえながら、痛みに耐えているケイレブはリンたちの会話をうるさそうに黙って聞き流していた。
実はリンに彼らを殺す意志はなかった。せめて彼らを軽くボコボコにするぐらいでの気持ちではあったが、今後歯向かったり、邪魔をする気力を削ぐだけで命を奪うまでのことをするつもりはなかったのだ。
なので、リンの攻撃をまともに受けたケイレブの部下たちも皆、斬られた箇所を痛そうに押さえているが全員、命の別状はなく頑張れば動けるぐらいの怪我で済んでいるのだ。何人かは致命傷を負っている者もいるが、それはリンを狙って撃った流れ弾にたまたま当たっただけでリンからしたら心当たりのない話だ。
こういった事故は扱う武器が飛び道具であればあるほど起こりうる事故だ。まして今回の戦場ではそういった飛び道具を素人同然の人物が錯乱した状態で使用したのであればなおさらだろう。
ケイレブの部下たちが痛みに耐えているうめき声をケイレブは聞いて生きていることに安堵する。
疲弊し血の足りない体が思うように動かないがそれでも必死に立ち上がろうとする。やっとのことで立ち上がり、部下たちの元へ向かおうと歩みを進めようとしたところで……
「面白いものがみれたね。でも、依頼品を奪われるのはどうなのかな? ねえ君?」
どこから現れたのか、後ろにいる人物からケイレブは不意に尋ねられた。
話しかけられた言葉の意味からは想像もできないほどに、語りかけられた当の本人の心臓を鷲掴みにされたと錯覚するほどのそんな威圧を受けて、ケイレブは絶句する。
圧倒的な強さ。
それを刃を交えるまでもなく、発しているそれがいるだけで察してしまうほどのプレッシャー。
レベルが違う。
次元が違う。
住んでいる世界が違う。
ケイレブはその存在を認識した瞬間に理解した。これには勝てない。いや、そもそも勝負にすらならない。どんなに抗っても絶対に太刀打ちできない。
そんな存在が今自分の後ろにはいる。
圧倒的な存在が発するプレッシャーにケイレブはびくとも動くことができず、まさに蛇に睨まれた蛙のような様であった。
「ねえ、ちゃんと聞いている? 君はどう思う? 受け取れるはずの商品を楽しみに来てみれば、目の前で取られちゃったら。私の気持ちを君には理解できる?」
「あんたが今回の引き取り人か。思ったよりも華奢な声しているんだな。俺はてっきりゴツくて渋いおっさんだと思ったんだがな」
「それは君と似たような人が来ると思っていたことでいいのかな。生憎、今回担当するのは私だよ」
再度質問を投げかけてくる人物にケイレブはため口をきいている。依頼には失敗して、組織の傘下になることも叶わない。それどころか、組織の内情を少し知ってしまったので、自分たちの命はないだろうと考えていたので、今更相手の機嫌を損なわないようにと言葉遣いに気を遣う気にもなれなかった。
「それにしても、君のおかげで大変興味深いものを見学させてもらったよ。これを報告すれば、組織の悲願にまた一歩近づくことができるだろうさ。まさか、まだ古代吸血鬼族が生き残っていたなんて!」
「それはよかったよ。じゃあそれに免じて今回は俺たちを見逃してもらいたいんだが……」
「残念だけど、それとこれとは話は違うね。君たちは試験に失敗した事実は変わらない。こんな案件も成し遂げられないような奴は私たちの組織にはいらないんだよ」
「……だろうな。聞いてみただけだ」
感情豊かに話しだして、機嫌がいいので、もしかしたら命だけでもと思って一応聞いてみたが案の定そうとはいかなかった。
まして、最期の言葉は今さっきの口調とは一切異なり、冷酷な声が響いた。
ケイレブは自分だけでなく、部下たちの死を覚悟した。
せっかく、あのクソ生意気な野郎が生かしてくれた命を無下にする結果になってしまったことに心の内で謝罪する。
ケイレブは自分たちの命を狙う死神にせめて一矢報いてやろうと勢いよく後ろを振り返る。
だが、そんな彼の衝動は死神の正体を知って吹き飛んでしまうことになる。
明らかに動揺して口をあんぐりする。
そしてそんなケイレブの表情を見て、隠そうともしない死神の笑顔を見る。
次の瞬間、ケイレブの体に数々の深い致命傷を負った。
それどころか、次々と部下が斬られていく音と苦悶の叫びが聞こえてくる。
だが、ケイレブが何かをすることなど一つもない。ただただその音を聞きながら、どんどん流れていく自分の血を自覚することが今彼ができる精一杯のことだった。
――――――
辺りは静寂が満ちる。
そこに残るのは必要ないと切り捨てられた死体とそれらが流した血だまり。
そして、そんな惨状を作り上げた張本人が血で染まった武器をぶら下げている。
「さて、見物だね。これから彼らが一体どんな結末になるのか、楽しみだ」




