ああ、やっぱりか
厄介鶏蛇討伐の後、リンたちは次々と討伐クエストを受注していく日々が続いていった。
受注するクエストの中身が夜行性の魔物ばかりであることに多少の疑問が抱かれることになりながらも、リンたちの快進撃は数日を待たず、あっという間にヒルトギルスで知らぬ者はいないほどと言われるまで広がっていくことになるのだった。
すぐにリンの冒険者ランクがセレナと同じEランクとなった。そればかりかもうすぐでDランクにもなりそうで最近のヒルトギルスの話題はそれで持ち切りだったのだ。
ケイレブがそれを知らないわけがなく、会うたびに絡んできては隠そうともしない、と言うよりは隠す気のない嫌味を言ってくるので 、リンはそれをめんどくさそうに軽くあしらっていた。
リンがケイレブの話をきちんと聞いたとしても、ケイレブが図に乗るか、気色悪がれて、結局現状が悪化する未来しか見えないためだ。
そのたびにケイレブの機嫌があからさまに悪くなるので、彼らの周囲の人間からしたら、余計なストレスを与えているリンが冒険者ギルドに来るたびに胃が痛くなる事案となるのだった。
リンも別にケイレブに会いたくて冒険者ギルドに訪れているわけではなく、クエスト達成の報告をしなければならないからで、仕方なく出向いているのだ。
ちなみに討伐クエストが達成したことを証明するための方法はいくつかある。
これが一番最も簡単に行われている方法だが、討伐した魔物の身体的特徴を持って帰り、それを冒険者ギルドで手渡す方法だ。それを討伐の証としてクエストの報酬と交換する。
受け取ることができる物は記載されている金額のみであるが、手続きだったりがすべて省略されるので簡単な討伐クエストの場合だとこの方法が主流となる場合が多いのだ。
リンたちがやっている方法もこれである。
もう一つの方法が一番頻繁に行われているのだが、それは討伐した魔物を冒険者ギルドまで運ぶやり方だ。倒した魔物の証明はもちろんのこと、その魔物から多くの素材も回収できるので、冒険者ギルドからしたら、ありがたいことなのでこの手法をとった冒険者には追加報酬が出てくる。
また、冒険者が望むのなら素材の一部を受け取ることもできるので、魔物の身体的特徴を持って帰る方法よりも受け取ることができる報酬の金額を多くなるのだ。
この場合、自ら持って帰ることもできるが、体重の重い魔物(厄介鶏蛇など)の場合だと自力で運ぶのは難しい。そのため、冒険者ギルドに頼んで運んでもらうのだ。その時に運搬料金が発生するが、通常の報酬と追加報酬から差し引いても大抵の場合は利益が増えることの方が多いので皆がこの方法をとっている。
リンたちがこの方法をやらないのには理由がある。
それはリンの戦い方に問題があるからだ。
リンの誕生魔法『操血』で討伐した魔物の血が一滴もその魔物の体内にはないためだ。
仮に大激戦を繰り広げたため、魔物の体内の血が大量に外に出たとしても、少なからずその血が残っているはずだが、リンが討伐した魔物にはそれが残っていない。こんなことは本来ありえるはずがないので、いずれは必ず怪しまれてしまう。
数日置いておけば、魔物から血がすべてなくなることもあるだろうが、数日経ってから冒険者ギルドに連絡することも普通の冒険者がするはずがないので、結局は怪しまれることになる。
そのため、リンたちが討伐した魔物はすべて身体的特徴を持って帰るという手段しかないのだ。
幸い、リンたちが討伐した多くの魔物は運搬しても利益が大して出るようなものでもないので、誰も気にするようなことがなかったのだが。
「ますたぁ、は、いつも、よるしか、おきない」
「そうそう。ベル大分言葉使いが上手になってきているね」
「ふふん」
借りていた宿の一室でセレナはベルと膝を合わせて言葉の練習をしている。
セレナに褒められて嬉しそうにしているベル。
いつまでもカトコトの言葉を使ってくるのも可愛いのだが、言葉での感情表現もしっかりとできたほうがこちらとしてもベルの気持ちを把握しやすくなると思っていたところをセレナが快く引き受けてくれたのだ。
覚えさせている言葉に若干、いや多分に悪意が感じられるが、ベルがいる手前なので大人しく彼女らのやり取りを見ることにした。
「じゃあ、次は……。マスターは野菜が苦手」
「ますたぁ、は、やさい、が、にがて!」
「はい! よくできました。もう一回言ってみて」
「ますたぁ、は、やさい……」
「ちょっとお話があります。セレナさん?」
「ん? どうしたの、リン?」
そう言って、何かおかしなことを言ったかしらと言わんばかりのきょとん顔をしてくるセレナに、さすがに見逃すことができなくなったので言い訳を言い始めたリン。
別に野菜が苦手ではなく、吸血鬼だからあえて食べていないだけだと主張していくが、それを「はいはい」と笑いながら軽くあしらわれてしまった。
そのまま、ウキウキと次の練習のお題を出し始めたので、リンは諦めて彼女らのやり取りを観察することにしたのだ。
――――――
ある日の夜。
いつものように、夜行性の魔物の討伐クエストを受注するのをセレナたちに頼んでおいたのだが、いつまで待っても帰ってこない。
流石におかしいと思ったので、冒険者ギルドに向かうことにするリン。
冒険者ギルドに着いても、セレナたちの姿は見当たらない。
そればかりか、受付のお姉さんも会っていないようで行方が分からないようだ。
この状況に不審に思いつつも、リンはもしかしたら、セレナたちとすれ違ってしまった可能性も捨てきれないので、一度宿に戻ることにした。
宿に戻っても、自分たちが借りていた部屋にはどこにも明かりがついていないことを確認する。
部屋の中に入って、彼女たちがどこに行ったのかを思索する。
しばらく考え込んで辺りに視線を巡らせると。備え付けの机に見覚えのない一通の置手紙に目が行く。
そこに書いてあったことを簡単に意訳すると、彼女たちを誘拐したから助けたいのなら、指定した場所まで一人で来いとのこと。
どうやら、リンがセレナたちを探すのを見計らってこの部屋に侵入してこの手紙を置いていったようだ。
ご親切に地図まで記載してあるので、探しに行く手間を省けたのはありがたい。
だが、正直いつかこういうことがあるのではないかと思うふしもあった。
実行犯はおそらくケイレブたちであることは確定であろう。
ここ最近何やらこそこそとリンの腹を探っている様子だったので、何か仕掛けるのではないかと思っていたが、まさか自分一人でだけでなくセレナたちにまで被害が及ぶとは思わなかった。
(俺を狙ってにしてはずいぶんと手が込んでいるな。何か企んでいるとしか思えないが……。
どう考えても罠があると考えた方がよさそうだが、セレナたちの居場所がわかっただけでも僥倖だと思うべきかどうか……。)
十分に警戒することにして、リンはすぐに指定された場所に向かうことにしたのだった。
曇天とした寒空の中、冷たい風が落葉をころころと転がす音だけがこの空間を支配する。
ヒルトギルスから少し東に離れた場所、この周囲では珍しくもなんともない切り崩された丘が点々としている場所で人相の悪そうな集団がいた。
皆、もうすぐ来るであろう来客を生き生きと待ち構えているのだ。
馬車の中に放り投げられていたセレナとベルは縄で縛られており、彼らの奇声や奇行の度にあまりの気味悪さに震えていた。
人質は仲間に任せて、ケイレブは仁王立ちをしながら待ち人を待ち構えている。
こちらに向かってくる影が見えてきて、ケイレブは口の端を上げる。
やがて、彼の仲間たちも次々と気づき始めて、得物をなぶり殺しができることに気分が高揚としていく。
待ち人がついに来たことが余程嬉しいのか、その笑顔を受け取った人からしたら、たいそう気色悪いと感じるであろう不敵な笑みを浮かべていた。
「はは、やっと来たか。クソガキ。覚悟はできているか?」
ケイレブの挑発に対して、無言で返すリン。
やっぱり、癇に障る生意気な小僧だと、ケイレブは思う。だが、リンの目を見てそれは間違いだったと考えを改めた。
リンの目を見て、己の気迫を再び滾らせたケイレブを見て、彼らの仲間たちも戦いの始まりを心待ちにしている。




