手がかり
中へ入ると、淡い橙色の照明が店全体を照らしている。中にあるものすべてが時代を感じさせるものであったが大切に使われていることが見て分かった。
白いシャツに黒いベストとスラックスという典型的なバーテンダーの恰好をしており、白髪で染められている髪色からは想像もできないほどに体がしっかりとしていて立ち姿が様になっていた。
老人の前に行くと、しなやかな身のこなしで重厚感のあるコースターを音一つ立てずにそっとリンたちの目の前に置いた。
「珍しいお客様だ。ずいぶんお若いね。今日は何をお飲みになさるつもりで?」
動きとは裏腹に声はとても渋い。ダンディの代名詞のような声だった。
世間話をしているように聞こえるが、彼が本当に言いたいことを代弁してあげると、「明らかに未成年だろ。何しにここに来たんだ。こらあ!?」だろう。
「あの、今日はお酒を飲みに来たわけじゃないんです」
「おお、それはそれは。私のような老人が若い人たちの期待に応えることがあれば良いのですが……」
セレナが気圧されながらもここにきた目的を伝えようとしている。
それを老人がわざとらしく知らないふりをして有耶無耶にしようとしているのだ。
この二人が話していてもいつまで経っても本題に入れない。
本題の内容からして自分の正体がバレることは明白だったので、手っ取り早く事を進めるためにリンはフードを脱いだ。
「これで話をちゃんと聞いてくれますか?」
「ええ、どんなことでも私の知っていることを包み隠さずに話すことを約束しましょう」
リンの素顔を見た老人の目は大きく開いたが、その口調は平然としていた。
長い時間をこの店に費やし、多くの経験を積んだことで彼は動じずに平静を装うことができたのだ。
「俺の素顔を見て態度を変えたってことは何か心当たりがあるんですね。でしたら、母のことを教えてくれますか」
「ですが、一つだけお聞きしたいことが。貴方の母君――レベッカ殿は今どうなされておりますかな」
「俺を庇って死にました」
「やはり、噂は本当でしたか……。いえ、大変失礼なことをお聞きしました。では、本題に参りましょうか。レベッカ殿はこの店の昔から付き合いのあるお客様でした。とは、言っても五十年に一度だけ新しい情報を求めにいらっしゃるだけでしたが」
「情報とは、なんです?」
「あのお方は人を探しておられたのです。なんでも、古い友人だとのことで長い間連絡を取っていなかったのですが、会って話がしたいと。それで私の方で情報を集めてほしいと」
「それで具体的には」
「白髪の青年に、煌めく羽をもつ少年。燃えるほどの熱血漢などなど。そのお方がたの情報をいくつか教えていただいたのですが、どれもこれも決定的な情報を掴むには至りませんでいた」
「そうですか、母はどのくらい彼らを探して」
「私の父の代から情報の共有をしておられたので、具体的な時間は測りかねます。ですが私の代からだとおよそ百五十年ほどにはなるかと」
初めて訪れた町でここまでの情報を手に入れることができて、幸先のいいスタートだとリンは素直に思った。
しかし、少なくとも百五十年となると、目撃情報には期待ができない。それにその探している人も下手したら既に死んでいる可能性も十分にある。仮に探している人物たちが亜人種や魔族であっても確実に生きていると確信できるほど、この世界はそう甘くないだろう。
先ほどからベルとセレナは俺たちの話も聞かずに二人で遊んでいる。とは言ってもベルが話を我慢して待っているのに我慢ができなくなっているのをセレナが気を使ってのことだ。ただしセレナがベルの相手をしながらも、こちらの話に耳を傾けている。
「誰を探しているのか具体的に教えてくれますか」
「それはできません。あのお方はお探しになっている人の名前を頑なに教えてくださらなかったのです」
名前を教えることができない人物。それをよその人達が聞けば、途轍もなくヤバいことをしでかした極悪人ではないかと思ってしまうが、レベッカのことを知っているリンならそう誤解することもない。
「そうですか」とだけ言ってリンは感謝を伝えた。もっと具体的な情報を知りたいとは思ったがそれを露骨に出すのはお門違いだ。これだけの情報を早々に知ることができた。それだけでも自分が人界に出る意味はあったと確信できるほどの内容を素直に教えてくれたこの人に感謝を伝えるべきだとそう思ったのだ。
リンたちとの話がひと段落ついた後、老人は快くここで泊まることを承諾してくれたのでそこで一夜を過ごした。討伐クエストをするのは予定通り明日実行するとして今はしっかりと休養を取ることにしたのだ。
――――――
次の日の夕暮れを過ぎたころ。
老人はリンに「少し待っていなさい」とだけ言って奥に入っていった。しばらくすると、黒く重厚感のある布を何枚も重たそうに持ってきた。
「これから冒険者としてこの世界を生きていくのなら、太陽光を遮断する手段が必要だろう。これを持っていきなさい」
そう言って渡してきたものはどうやら、吸血鬼が代々受け継いできた特殊な染物らしい。一枚一枚が途轍もなく重いので、衣服として適さないがカーテン替わりにしてしまえば人間と同じ宿に泊まっても問題ないとのこと。
リンはありがたくそれを受け取り、その場所を後にした。




