あ。お邪魔してます
今回は少し短めです
ゲートを潜り、視界に映る景色は魔界のそれとは別物であった。
大地は草木で生い茂られており、動物たちがのびのびと己の生を全うしている。
リンが長年見てきたまさに弱肉強食と言うべき過酷な世界とは異なり、生き物が共存する世界がそこにはあった。
「さてっと。まずはどこに行こうか。目星のついているところもないし、とりあえずまっすぐ行ってみるかな」
リンは顔を上げて空を見上げる。今が夜であることを確認し、黒のコートの中に入れてある時計に目をやる。今からどれだけ活動できるのか予測をつけるためだ。
「大体、三時間ってところか。とりあえず、日の当たらないところを急いで探さないと」
独り言を言いながらめぼしいところを目標に歩き出した。
人があまり通らない場所なのか、道と言える場所はどれも獣道ばかりだった。
一際変わった来客に視線を移すモフモフの体毛をしたシカのような動物たちだったが警戒せずに近づき、鼻をクンクンさせて匂いを嗅いでくる。
リンが近づいてくる動物たちを撫でているがどんどん集まってきてキリがなくなってきたので、刺激しないように彼らから距離を置くように離れた。
目をウルウルさせて撫でるように催促されるように感じ、心苦しかったがそれを振り切り先へ進むのだった。
一時間ほど歩いていくと大きな洞穴を見つけた。
残された時間を鑑みてこの洞穴で太陽が沈むのを待つことにしたのだ。
中に入っていくとリンの想像よりも深く、これだけあれば日に当たる心配もせず安心して過ごせると確信していた。
最奥まで進み横になる。
することもないのでダラダラと寝ることにしたのだ。
とりあえず目をつぶり、体を休めていく。
時間が経つにつれて意識が朦朧としていく。
本格的な睡眠に入り、一切の警戒なしに爆睡をかましている。
リンが夢の世界に入っていると当然自分の近くで「グルルルル!」と聞こえてくるので、寝起きの目でその音がする方へ視線を移す。
そこに映るのは少し小柄な黒い狼がこちらに敵意むき出しの目で威嚇している姿だ。
しかし、起きたばかりのリンには自分の置かれている状況を理解するほど頭が働いていない。
ただ、自分の睡眠を邪魔してくる音に最大限の苛立ちを覚え、それに威圧感のある視線を送った。
すると、音がスンっと聞こえなくなったので、二度寝へと洒落こんだのだ。
黒い狼は殺意のある視線を向けられて気圧されてしまったのだ。
その一瞬で自分ではどうあっても敵わないことを理解しておとなしくお座りしていた。
それからことが動いたのは太陽が真上まで登りそして沈んで辺りが暗くなり始め、しばらくした後だった。
目が覚めるまでひたすら二度寝して、動かしていなかった上体を起こし、背伸びする。
硬いの土の上で寝ていたために動かせば関節からボキボキと音が鳴る。
ストレッチがてらに寝起きの体を動かし、視線を前に向けるとそこには自分と少し距離を置いて蹲っている黒い狼がそこにはいた。
狼の視線からお前やっと起きたか、どんだけ寝るんだよ。という視線を浴びるが、当の本人であるリンはその意味が理解できていない。
自分は昼間からただ寝ていただけだから、特に迷惑をかけたわけでもないし、心当たりにもないからそういった目で見られるのは困るのだと内心そう思っていた。
黒い狼がリンに近づきクンクンと鼻を鳴らす。特に敵意を感じなかったのか、そのまま身を寄せてきた。
状況を理解できてなかったが周囲を見るとこの狼が食べていたであろう木の実やら動物の残骸が散らばっていた。
それを見てリンは理解する。
(あ、俺やらかしたんだ。そりゃあ、そういう目で見るよね。ここ、君の家だもんね。帰ってきたらよくわからん奴が図々しく自分の家で寝ているもんね。)
自分に身を寄せてくれる狼に視線を向け、申し訳なさそうに頭を軽く撫でてあげる。
それが気に入ったのかグルグルと声に出して、気持ちよさそうに目を細める。やがてこちらの視線に気がついたのか、視線を合わせてくれたのでリンは「ごめんね」という謝罪とともに、その気持ちを視線で送った。
このまま家にお邪魔するわけにもいかないので、早々に身支度を整えて洞穴から出ようと準備をする。
すると、リンの黒いコートの裾を軽くくわえてくる黒い狼。
リンが引っ張られる感覚に気づきそちらに視線を向けると自分も連れていけとアピールしてくる。
どうやらリンのことが大変気に入ったらしく、尻尾をブンブン振って、「いいよ」と言ってくれるのを待っている様子だった。
連れていく理由もないが、連れて行かない理由もない。何よりダメと言っても勝手についていく気がしたので渋々ではあるが許可を出した。
何よりこの狼の毛並みみがリンの好みであった。撥水性のある少し硬い毛と体温を保持するためのふわふわの毛にリンは既に心打たれていた。初めて撫でたときには、それはそれは衝撃的な心地よさで実は手が止まらずにずっと撫でていたのだ。
「じゃあ、せっかくだし名前でも付けるか。俺のネーミングセンスはあんまりいいもんじゃないから、気に入らない名前でも文句言うなよ?」
「ガウッ!」
「そうだな―。どうしようか―。う~ん」
名前がうまいこと閃かず、目を閉じながら唸る。それをじっと見ている黒い狼。
この光景がややしばらく続いた。
リンの眉間にしわができながらも真剣に名前を考えている。
やがて、見た目や特徴のある模様からインスピレーションをもらおうと瞼を上げる。
その視界に入るのはこちらの様子をじっと眺めながめて犬のように行儀よく座る姿。
それに既視感を感じた。
十五年前、つまり前世で毎日見ていた光景。
愛犬が遊んでほしいときに出す仕草と重なった。
「あ―スズじゃダメだよな。じゃあ―『ベル』っていうのはどうかな?」
「ワン」
「うん、わからん。でも嫌そうな顔してないし、響きがいいと思ったから、これで良し。じゃあ、よろしく。ベル」
「ガウッ」
黒い狼――ベルが元気よく返事してくれたのでそれに気分を良くしたリン。
こうして一人と一匹の旅が始まることとなった。
――――――
虫の声が聞こえてくる中をリンとベルはまっすぐに歩いていく。
というのも目的地を明確に決めていないということもあるが、何より地図がないために今現在自分たちがどこにいるのかリンにはさっぱりわからないのである。
したがってひたすらにまっすぐに歩みを進めているわけだが、指針にしている場所が一応はある。
それは目の前に大きく広がっている広大な森だ。
リンは太陽の光を浴びたらそこでご臨終だ。そのため、自分の身を隠す場所を作るために丘を『操血』で切り崩していく日々が続いていた。
やがてその広大な森へと辿り着きリンとベルはその文字通り一縷の光も入ることがない暗闇の森へと入っていく。




