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2話 初コンタクト





「あれ? 洞窟にバラガエルいるの?」


 休憩中、荷物を置きに行くために寮まで戻っていたある少女。

 しかし道中にいつも立ち寄るあの洞窟の中から、カエルの鳴き声が聞こえていることに気が付く。

 渋々肩に担いである明一杯の粗木を地面へ置き、深々と溜息をついた。


「はぁー、 あいつでっかい図体してるくせに味は格別不味いんだよな…」


 春の季節になるとこの国では『バラガエル』と言う国の固有種のカエルが大量発生する。

『バラガエルが増えてくるとこの国の春を訪れる合図――』そんな言葉が浸透するほどにバラガエルはこの国での知名度が高い。


 先人の人たちは、肉自体が粘着質で、一体一体ごとの個体が大きいバラガエルを、常温でも腐らない貴重な肉として大変重宝していたらしい。


 だが時代は変わっていくもの。

 今の人なんて誰も食べないだろう。


 ぷにぷにとした体を持ち合わしてるくせに肉は固いし、ねちょねちょとした謎の粘着質がある。

 しかもバラガエルは炎を噴く個体も存在する。

 下手したら死んでしまうかもしれないのに、昔の人はよくこんなクソまず食材を重宝してたな。

 こんなの食べ物じゃない。


 まあカエルなんてほっといて早く寮に戻りたいのだが、もしかするとこの洞窟がバラガエルの産卵地になってしまうかもしれない。

 冷涼な洞窟内は産卵場所には絶好のスポット。

 それは是が非でも阻止したい。


 ここは寮からも近いし、もしカエルが寮に対して炎を放ったら、どう責任取らないといけないか分からない。


 …仕方がないな


「この洞窟入るの嫌なんだよね… 」


 1年前に一回だけ入った経験があるが、風通りが良いくせして、無駄に空気がどよんでるんだよな。

 先生に怒られたせいでこの洞窟に少々監禁され、3時間ぐらい居座った。

 微妙な明るさと空間の不気味さに嫌気が差して、当時は自力で洞窟に穴開けて脱出していた記憶がある。


 そんな良い思い出じゃない出来事が、この洞窟内で起こったためか、ほぼ毎日の帰り道で通り過ぎるが、自分の意志で入っていこうとは微塵も考えたことがなかった。


 だけど今は入らざる得ない状況。


 撃退すれば少しでも先生の気が晴れるかも…。

 そんな期待を背に少女はせこせこと足を運んでいく。




 ――洞穴に入ろうとした時だった。


「ブォォオオオオ!!!!」


 洞窟内からすさまじい咆哮が聞こえ、とっさに屈んで耳を塞いでしまう。


「はぁ?何?」


 シーンと静まり返っていた空間に、一気に緊張感が高まる。

 ぱちぱちと燃え上がる音。


 植物が燃えてるのか? いや岩洞窟に植物なんて育っているわけない。

 もし植物が生えていたとしても、燃え上がっている音から考えるに、体長は1m以上の大きさ、又は複数重なっている植物が燃えているのか?


 少しばかりか焦り、思考が混乱している時、嫌な臭いが少女の鼻に付く。


 嗅ぎ覚えがある匂い。

 5年前に何度も嗅いだことがあるあの匂い。


 最悪の考えが浮かんだ。

 血の生臭い匂いと、炎で焦げた炭臭い匂いがつんと刺し、思わず鼻が曲がるような感覚に陥る。


(もしかして焼かれてる対象って… 人間?)


 焦りで視界がぼやけた。

 呼吸の脈打つ速度が速くなるのを実感し、吐き気を催す。

 

 (なんで地域住民立ち入り禁止エリアに入ってるんだよ!!)


 そして焦りと同時に出てきたのは怒り。

 この洞窟は私たち学校関係者しか入ることは許されていない洞窟。

 ここの地域住民たちは、そのことを重々承知しているはずなのになんで。

 

 ここで死ぬなよ。

 多少の怒りも湧いたが、焦りと心配がそれを上回り、少女は急いで腰に仕舞っていた剣を取り出すと、一目散に洞窟の中へ入っていった。




 〇




 目が覚めた。


 暗い。真っ暗い天井だ。

 

 まだ寝惚け眼の状態では理解できず、とりあえず目を擦る。

 涎が垂れてたので、焦って腕で拭きながら意識が覚醒し始めたので、先程の記憶を整理する。


 過去の記憶が蘇ってくる度、何故俺は息をして生きているのか分からず、ただ漠然と天井の景色を見上げることしかできなかった。


「あれは夢なのか? ホントなのか? どっちなんだよ…… 」


 俄かにも信じがたい。

 出来れば嘘でーすとドッキリの看板を持った芸能人が来てほしいものだ。



 火を噴くカエル。そんなカエルがこの世界にいたとは… いや違う!

 それも凄いけど… あの少女だよ、あの少女。


 4mの巨漢を持つカエルを一刀両断した少女。

 っていうか普通に手に刀持ってたよな。

 銃刀法違反じゃないのか?


 自身が持っている常識がボロボロと崩れかけようとしている。

 そしてここは日本じゃないという新たな事実が降りかかり、更に不安に陥れられる。


「おかしいよこの国… 日本以外に行ったことなかったから分かんなかったけど、世界にはこんなバケモンもいたんだ…」


「あ、起きたのか」


 不思議な世界に入り込んだ気分になり混乱している時、背後から気配なく女の子特有の甲高い声が聞こえた。


「わぁあああ!! …びっくりした!」


「そんなに驚かなくてもいいじゃん。君、ここの地域の奴でしょ?」


 突然の登場に驚き、腰を抜かす俺。

 目の前に立っていたのは明らかに小学生みたいな体格… いや中学生か…  ってことはどうでもいいんだよ!


「え、君ってあのカエルの上にいた…」


 一瞬気づかなかったが、よくよく観察してみると完全に合致している。

 髪色とか顔とかはあまり見えなかったが、髪型、そして体格、すべてがあの少女と一致していた。


「うん、そうだけど。ってか体はもう大丈夫?ホント瀕死だったんだから、」


 そう彼女は淡白に答える。


 薄暗いこの空間でもはっきりと認識できるような透き通った茶色い髪。

 長さはロングだが、一本にして括ってある。所謂ポニーテールと言えばいいのか。

 真っ白な肌に付属しているのは黄金に輝く金眼。

 目尻からは謎の赤い血のような液体が、頬まで伝って伸びていた。


「やっぱりあなたが助けてくれたんですか!! 本当にありがとうございます!!」


 彼女の美しい美貌に一瞬惚れ惚れしてしまったが、この子はまだ中学生っぽい。

 顔立ちも見るからに日本人じゃなさそうだし、言語も違うから絶対――


「え、なんで日本語喋ってるんですか?」


 当たり前のように彼女が日本語を喋っていて、気が付かなかった。

 俺が喋れる言語は日本語だけだ。

 英語も中国語も、勿論ほかの言語も全く持って喋れない。

 だがこの人は…


「え?日本語? 日本語って何?」


「あれ?分からないんですか?日本語。」


 いやいやちょっと待て。

 理解が追い付かない。

 この子は確実に日本語を喋っているぞ。

 だって俺が聴き取れているから。


 この子が日本語を喋っているという自覚があるなら良かったが、残念ながら日本語と言う言葉が分からないみたいだ。


 何故? ホントに何故?


「大丈夫か?頭抱えて。バラガエルの炎の後遺症がまだ残ってるかもしれないな…」


「それは多分大丈夫なんですけど… ちょっと頭が混乱してて。申し訳ないです」


「あんまり私回復魔法使うの下手だから、もしかしたら少し異変があるかも…少しここで休んでおくといいかもしれないな。」


「うん分かりま…  はぁ?回復魔法?」


 労う少女の気持ちに甘えて、少し考えるのを諦めて一休みしようとしたが、最初に放った『回復魔法』と言う言葉に引っかかった。

 回復魔法? 何この人、もしかして厨二病?


 またまたー冗談言ってー と軽く流そうとしたが、ある事に気が付き発言を撤廃した。


 なぜ俺は生きているのか


 あまり深堀していなかったが、よくよく考えると言語違いよりも重要事項かもしれない。

 なぜ俺は頭から出血もしてなく、体に火傷… は少しあるが、痛みはあまり感じられない。

 あの全身を焼き尽くす痛み。

 だがあの悍ましい痛みはなく、ちゃんと正常な体にへと回復していたのだ。


 勿論俺にはそんなトカゲみたいな凄い治癒能力は持ってない―― っていうかあの状態は、どれだけ凄い治癒能力を持った人間でも死ぬだろう。


 しかし少女が先程放った『回復魔法』これが本当になるのなら…

 少しはこの体に言い訳はつく。

 カエルが火を噴く国…

 こんな国だからこそ、『魔法』という厨二チックな話を信じてしまうことができてしまう。


 再び俺は彼女を見る。

 視界に映る彼女は、そんな秀でた才能を持っている人間には思えない。

 ただの可愛い少女だ。

 だけどこれは言い訳が付かないな。




 この少女は文武両道の天才医師なのだろう。

 今考えられる仮説を淡々と浮かばす。


 俺が記憶を失っている間にこの町?この国?かで、カエルが個体変種をし、生体を大きくして炎を出すようになってしまう。


 個体を進化させたカエルは日頃の鬱憤を晴らすか如く、民家や畑などを炎で燃やし尽くした。

 痺れを切らした政府は緊急命令を出し、ファイアーフロッグ(今自分で考えた)の緊急駆除隊を結成。

 そこで選ばれたエージェントの中の一人がこの少女なのだろう。


 幼い頃から英才教育を受けていた彼女は、日本語も話せるだろうし、あの強さも証明できる。


「若くしてエージェントに選ばれるなんて凄いですね 」


「うん? えーじぇんと? なんだそりゃ 」


 しまった、うっかり口を滑らしてしまった。

 エージェント説はまだ俺の中の仮説なんだ。本当に当てはまるかはまだ分からない。


 さっきから会話が噛み合わず、何か疑問視している様子の少女。

 まずいと思った俺は、何か違う話題に変えようと話を逸らす。


「…あ、っていうかまだどちらとも名前知らかったですよね。助けてくれた命の恩人のお名前を聞いておかないと… あのお名前なんて言うんですか?」


 何とか微妙な雰囲気を切り裂いて話題を振る。


 すると少女は俺の発言を聞くなり、何処に仕舞っていたかも分からない辞典のような分厚い書冊を取り出す。

 そしてくるりと背を向けて座り、真剣に黙読し始めた。

 あれ? 俺話題振るの下手くそ?

 ここで相手の姓名を聞きだすのは普通の事なんじゃないか?


 だが少女はこちらの質問には無視を突き通し、そっぽを向いたように背けて本を読んでいる。


 静寂な空間がまたとして継続してしまった。

 どうしようかと焦りながらも、興味を持てそうな話題を考えていく俺。

 しかしその直後に、パタンと本を閉じる音が洞窟内に響く。

 そして少女は背けていた背中を戻し、こちらへと視線を移すと、突如と名前を名乗り始めた。


「あぁすまないな。…そうか我の名を聞こうとしたのか」


 あれ?名前言ってくれるの?

 先ほど振った話題をフル無視したと思っていたのに、ちゃんと俺の話聞いてくれて――


「あれ?なんか口調変わっていません?」


 まるで厨二病と言えばいいのか、中学などの思春期に起こりやすいとされている『教室に殺人鬼が来るが、俺がみんなを守って成敗する』という何ともいたたまれない黒歴史の匂いがプンプンとする発言だ。


 少女は俺の会話をまたしても無視し、黒歴史を彷彿とされる口調で話し始める。


「ふっふっふっ、この我の名を聞こうとした愚民は生まれて此の方300年初めての事だ。

 大体の者は我が常時放つ覇気のせいで、対話をする前に跡形もなく死んでしまうやつが多いからな はっはっはっ!!」


 あっ……


 疑問が確信に変わった。

 この子は―― 重度の厨二病だな。

 こんなマンガみたいな厨二病の奴ホントに現実でいるんだ。逆に感心してしまう。


 だが気づいたとしても、今から会話を遮断することは出来ない。

 少なからず俺はこの子よりも弱いからな。

 この場はおとなしく聞き置こう。

 少女の黒歴史の1ページとなる場面を。


 真剣な眼差しで傍観していた俺のことを認識できたのか、少女は更にヒートアップする。

 羽織っていたローブの裾を手に持つと… 勢いよくはばたかせた。

 続けて会話は続く。


「フハハハハハ 我の覇気に逆らえたただ一人のお前にだけ、我の名を言おう。

 我の名は… ダークフレッシュ・デイサタリージュ ……だぁ!!!」


「いや二流ゲームの技名かよ!!!」


 最後まで何も突っかからずに聞いてあげようとしたが、…耐えられなかった。

 立場的には俺のほうが格下だけど… もうホントに耐えられなかった。


 共感性羞恥が過ぎる。

 言葉選びも、勿論名前も。

 マンガやアニメの世界の厨二病は愛おしく感じてしまうのに、現実の厨二病は何故こんなにも痛く感じてしまうのか。


「ええぇぇー!!?? 結構自信作だと思ったのに!!」


 厨二言葉を早々に撤廃し、正常な口調でそう呟く。

 するとまた後ろに背を向けて、地面に置いてあった辞典を拾い開けた。


 やはりあの辞典、何らかの中二病単語集なのかもしれない。

 きっとさっき発言した言葉があの辞典に書いてあったのだろう。

 だから俺の反応がイマイチ微妙だから、驚いてまたあの辞典で確認している。

 そう考えるのが最適解だろう。




 ……そんなことしなくていいのに


「ねぇねぇ、やっぱり君の本当の名前を教えてほしいな」


 俺はもう一度訊ねる。

 少女はバレないようにか急いで本を閉じて、隠すようにしてこちらを覗く。

 そして何かもごもごしたような口調で言う。


「だから、私はダークネス・デイさたなんちゃらだと言っただろ…」


「そんなの嘘だって分かるよ。無理してそんなカッコいい発言しなくていいからさ、君の本当の名前を教えてくれないか?」


 っていうかちゃんと名前全部覚えられてないし、

 辞典で見て、その場凌ぎに考えたのだろう。


 そうすると少女はバレていたのだと分かり、溜息をついて失敗か… と言う表情をしながら自身の名前を言う。


「私は古由利ちぐさ。 …よろしく」


「よろしくね古由利さん。俺は、……」


 相手が名前を名乗ったらこちらも言い返すのが筋だろ。



 だが、 肝心の名前が分からない。

 自分の本名も、自分が生きてきた記憶も。


 改めて『記憶喪失』の重みを実感し、額から汗が滲み出る。


「どうしたんだ?」


「俺は、… 俺は、… 」


 偽名なんて使えない。

 本当にこの人は俺の命を救ってくれた恩人なんだ。

 そんな人に嘘をつくという裏切り行為なんてしたくない。

 …だが、


「うん? なんか落ちたぞ」


 そう古由利さんが放つと、俺は動転して止まっていた自分の意識を取り返し、古由利さんが指さす方向へと視線を向ける。

 水面の中心で浮かんでいたのは、ボロボロのポケットの中から落ちたであろう、一枚の写真フィルムのようなものだった。


 腰を曲げて見ようとするが、大部分が焦げてあり、何も見えない。

 さっきのカエルが噴いた炎の影響なのだろうか。


 一体何の写真なんだろう。

 起きてから何も物を拾っていなかったし、もしかして記憶喪失前に取って仕舞っていた写真かもしれない。

 焦げていて情報収集するのが困難な可能性のほうが高いが、取らないという選択肢はないだろう。


 写真フィルムを縦で曲げるように拾った。


『ガチャッ』


 何か耳の奥で鳴ったような気がする。

 だがそれには関心を持たず、写真フィルムをポケットに入れようとした。


 すると何故だか、体が何か大きな物体に潰されたような感覚に陥った。

 突然なのでびっくりし、写真諸共地面へ倒れこむ。

 だがそのような感覚は一瞬にして消え、ただ呆然と地面に倒れこんでいた。


「大丈夫か!」


 古由利さんが心配してこちらへ駆け寄ってくる。

 少し妙だが、今は何も感じないし、そこまで取っかかる事ではなさそう。

 俺は古由利さんに無事を報告しようと、体を起き上がらす。


「はい… 突然だったのでびっくりしたんですけど、 だ――… 」



 しかし、会話途中で脳内に、ある記憶が走馬灯のように流れ込んできた。


 それは 『柊木霊』 の人生。


 小学生の記憶、中学生で家族が亡くなった記憶、高校生の記憶、大学生の記憶、職場の記憶、友達との記憶、比奈との記憶、


 そしてもちろんあの時の記憶も。



「あぁぁぁあああああ!!!」


 脳内で鮮明に描写されるのは、あのクソジジイとの会話。


『おーい、兄ちゃんたち!』

「あぁぁあああああ!!!」


『比奈ちゃんはもう死んでるで』

「あぁぁぁあああああ!!!!」


『思い出の崖で死ねるなら本望だろ』

「あぁぁぁああああああ!!!」




 俺の名前は……  柊木霊。





 俺は…  4月28日の… 結婚式を挙げる日に… もう死んでいる人なんだ、、、









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