04
男が咄嗟に飛び込んだ黒い渦を抜けた先は月明り照らす枯れ木の生い茂る場所だった。
月明りのお陰で少し先まで見えるが沢山の枯れ木と落ち葉が見え、その先は真っ暗闇だ。
上を見ても月と星が見えるだけ、周囲を見回しても枯れ木と落ち葉と暗闇。
何処へ進めば良いのかわからない。でも、ここに居るよりもマシだろうと駆け出す。
そして初めて気が付いた。自分が靴を履いておらず、簡素な麻の服装だということに。
思いっ切り走れば足の裏に小石や枝が刺さる。だから速度を出しながらも、慎重に駆け出す。
更に男は誰か近くに人が居ないかと思い大声を上げた。
「誰か!! 助けてくれ!! 誰か!! 居ないか!!」
だが、男の問い掛けに返事は無く。森は静寂に包まれる。それでも男は諦めず声を上げながら助けを求める。そして、徐々に夜目が慣れたところで視界の端に何かが動くのに気が付いた。
男は叫ぶことを辞め、駆け出す足を止め、視界の端で動いた何かに視線を向ける。
それは一体何なのか。助けを求める声に答え近寄ってきた誰かなのか? それとも逃げた俺を追いかける少女なのか? または別の何者なのか? 視線を向けた先、すぐに男は理解した。
それは少女でも、人でも無く、狼だ。
月明りに反射する狼の瞳と視線が合って数秒で自分の置かれた立場を認識した男は駆け出した。
素足のまま、小石や枝が足の裏に刺さろうがその痛みに耐えるだけの恐怖心が男を動かす。
だが、人間と狼では圧倒的に足の速い狼が男の先へと回り込む。そして、狼は群れで狩りをする生き物。先回りされたと同時に四方を別の狼達が囲む。
絶体絶命な状況を理解した男は大きく深呼吸する。ここから助かるにはこの狼達をどうにかしなくてはならない。まず、逃げるという選択肢は不可能だ。足の速さで男は劣っているのは理解している。対話や降伏いう選択肢も無い、あの部屋に居た少女と違って狼は人語を介さない。ならば、戦うしかない。望み薄だが相手は狼。素早い動きと噛み付きに注意しながらどうにかできる可能性が在る。
だから男は狼と戦う決意をして拳を握り身構える。だが、四方から複数の狼に噛み付かれ体勢を崩し、そのまま狼達に体中を噛み千切られる。
指・腕・肩・足・太腿・顔・頭・その全てに噛み付かれ男はもがく。どれだけ抵抗しても腕は二本。激痛の中、生きる為に振り回すも狼達は関係無く男の体を噛み千切る。
痛みと出血と疲労で視界が徐々にぼやける。そして男は抵抗することを辞めた。
「人間という生き物は愚かだと聞くけれど、本当にそのようね?」
聞きなれた少女の声は枯葉を踏む足音共に近寄って来る。
男に食らい付く狼達はそれに気が付くと視線を数秒向け、何かを感じ取り即座に少女とは反対方向へと走り去って行った。残された男の体は血塗れでボロボロだ。それでもまだ意識は在った。
少女は男の方へと近寄り上から様子をのぞき込む。
「助けて欲しい?」
少女のその問い掛けに男は少し考える。
彼女がそんな事を言うのだから俺を助ける方法が在るのだろうと男は理解する。
それと同時に、またあの部屋に戻ってこの少女の望み通り化け物を召喚することになるのも理解した。ならここで死ねば全てが終わるのではないか。少女に助けられ、生き長らえればきっとまだこんな事が続くのではないか。ならば……。
「殺してくれ」
体中に激痛が走り、意識が飛びそうだ。それでもまだ意識が在り、死ねない。ならこの苦痛と理解できない状況から抜け出すにはきっとコレが一番の最適解だと思い、男は少女に自分を殺すように頼んだ。だが、その言葉を聞いた少女はクスリと小さく笑った。
「本当に人間て愚かね。アナタには役目が在るって言ってるでしょ? そう簡単に殺す訳がないし、死ねる訳がないじゃない」
そう言いながら少女は近くに落ちていた枝を拾う。その拾った枝の先を男の抉られた体の部分に刺す。男は激痛に大声を上げ、それを見る少女はまた小さく笑う。
「アナタは逃げることも死ぬことも逆らうことも許されないの。アナタは私の所有物なのだから」
少女のその言葉を最後に男の意識は暗転した。