第17話 それぞれの距離感って、難しいですよね
大変ご無沙汰しております。
また読んで下さった方。
見捨てないでくれて、ありがとうございます。
本当に本当に、ありがとうございます。
水無月時雨の部屋は、彼女の性格を反映したように静かで、整っていた。
木製の本棚には童話から専門書まで、ジャンルも大きさもばらばらの本がきっちりと並んでいて、その横に小ぶりな観葉植物が一鉢、窓際の光を受けてゆらゆらと揺れている。
真奈美はその部屋の隅、畳に腰を下ろして、薄く笑った。
そこには少し、ほんの少しだけ一に見せるのとは違う彼女の一面。
「ほんっと、あんたの部屋ってさ、キレイだよね。息苦しいくらい」
時雨はその言葉に眉を寄せながらも、反論はしない。
代わりにお茶を差し出してきた。
「真奈美ちゃんが物を散らかしすぎるのよ。うちに来ると、空気が乱れる」
「ハハ、ゴメンね」
受け取った湯呑みのふちをなぞりながら、真奈美はちらりと時雨を見る。
「……で、結局どういうつもりなの?」
「何が?」
「何が、じゃないでしょ。兄貴のこと」
時雨は静かに視線を落とした。ふと、机の上に置かれた紺の紙袋に目が留まる。
ちらりと見えた、詰められた制服の袖。
「……あの人、何にも分かってない。私が何を考えて、どれだけ……どれだけ準備してきたか」
ぽつりと落とされた言葉には、いつもの時雨らしくない、切実さが滲んでいた。
真奈美はその言葉に、一瞬言葉を失ったが、やがてふっと息をついた。
「……そっか。あんた、もう決めてたんだ」
時雨は答えなかった。
だが、沈黙が肯定の代わりだった。
真奈美は苦笑いを浮かべる。
「……まぁ、分からなくもないよ。私だって、気づけばずっと兄貴を見てたから」
いつの間にか、お互いの話す速度がゆっくりになっていた。
気づけば空気は、昔みたいに自然なものへと戻っていた。
「でもさ、あの馬鹿……自分がどれだけ周りを巻き込んでるか、たぶん分かってないんだよね」
「……分かってない。でも、分からせる」
時雨の瞳に、強い光が宿る。
それは、少女のそれではなく、意志を持った誰かの目だった。
「ハジメくんが、誰かのものになるのなら。それが私じゃなかったとしても――私は、ちゃんと立っていたいの」
その言葉に、真奈美は瞠目した。
けれど、すぐに笑う。
「なにそれ……めちゃくちゃカッコいいんだけど」
時雨は頬を染めて俯いた。
「うるさい」
そんなふうに静かに笑い合ったあと。
真奈美はふと、机の上の紙袋に目を向ける。
「それ、もしかして……」
「言わなくていい」
時雨はそれ以上は語らなかった。
だが、制服の袋から覗くリボンの色が、真奈美には痛いほどよく見えていた。
それは、彼女たちが通う、あの学校の色だった。