赤
知り合いから頼み事をされた。
「お願いだよ。鈴谷さんに“赤”にどんな意味があるのか訊いてみてくれないか? お前、仲が良いのだろう?」
何故か彼の恋人が赤いセーターに赤いズボンという目が痛くなりそうな服をプレゼントして来たのだそうだ。もっとも、派手ではあるが着られないといった程ではなく、嫌がらせなのかどうなのか分からない微妙なラインであるらしい。
“赤”といったら不吉な意味があると僕らはつい考えてしまうのじゃないだろうか? 近年の怪談系の都市伝説では特にその傾向は顕著だ。赤い服を身に纏っていて家も赤という赤まみれの女性の怪談とか、赤いちゃんちゃんことか。その恋人はオカルト関係に興味があるタイプで、しかもそんなファッションを好むタイプじゃない。それでそいつはどうも不安になっているらしい。恋人が怒っているのじゃないか?って。
鈴谷さんは、大学の民俗文化研究会というサークルに所属していて、その手の知識には詳しい。だから“赤”にどんな意味があるのか教えてもらおうと考えた訳だ。
そう頼まれて、僕は困ってしまった。
断っておくけど、鈴谷さんと僕が仲が悪いってことはない。むしろ、良い方だろうと思う。それに、彼女に惚れている僕は、普段から彼女に会う口実を探しているから、まぁ、その頼みはそういう意味では都合が良くもある。
ただ、そんなどーでも良さそうな事で頼ると彼女の機嫌を損ねてしまうような気がしてそれが怖い。
いや、重ねて断っておくけど、仲が悪い訳じゃない。むしろ良い方だ(と思う)。
「――それで、今日はどんな用事?」
彼女がいる民俗文化研究会を訪ねてしらばくが経つと彼女はそう訊いて来た。一応、来るには来てみたのだ。いや、別に何にもなくても会いたくはあるから。
「いやー “赤”の意味について知りたいと思ってさ」
「赤?」
「色の赤」
「それは分かるけど、どうして赤の意味なんか知りたいの?」
素直に本当の事を言ったら、呆れられそうだと思った僕は、
「ちょっと新聞の記事関連で知りたくってさ」
と、てきとーな嘘をついた。
僕は大学の新聞サークルに所属しているのだ。
「ほら、赤い色が出て来る怪談って多いじゃん? だから何か特別な意味があるのじゃないかって思ってさ」
そう僕が続けると、彼女はやや訝しげな顔を浮かべて「記事?」と疑問符の伴った声を上げたけど、それから「まぁ、いいわ」と言って解説をしてくれた。
「当然ながら、文化によって赤の持つ意味は変わって来るわよ? 確かに近年の怪談では赤を不吉な意味で捉えているものが少なくないけど、昔は必ずしもそうではなかった。
例えば、赤には魔除けの意味もある。ほら、神社の鳥居は赤いでしょう? 他にも、還暦祝いの赤いふんどしとか腰巻とか、赤べこなんかが赤いのも同じね」
僕はそれに「へー」と返す。
それから、忘れない内にと早速頼んで来た知り合いにその“赤は魔除け”という話をスマートフォンで送った。
これであいつも安心するだろう。
しかし、送り終えた後で鈴谷さんは再び口を開くのだった。
「でも、赤は“罪”を意味するって話もあるわね。地獄の閻魔王の衣服は赤、検非違使庁の看督長の服も赤で、戦前まで日本の囚人服は赤だったらしいわ」
僕はそれを聞いて頬を引きつらせる。
そのタイミングで知り合いから返信があった。そこにはこう書かれてあった。
『サンキュー。なんだ、魔除けか。安心した。浮気がばれて怒っているのかと思っちゃったよ』