魔女と落ちこぼれ
本文
「魔女?」
フィオレンツァの呟きを拾って、辺りのざわめきが止んだ。
校舎内にいた生徒たちは、フィオレンツァの挙動を正視している。
「魔女ってリリアのこと?」
「リリア嬢は、随分と嫌われてるようだね。まあ、だいたいの経緯は予想がつくけれど」
「先程リリアが魔力の波動って言っていたことにも関係があるのかしら」
「大方、平民の出の少女が強い魔力の使い手だというのがきにくわないんじゃないかな? 」
フィオレンツァはランディーと顔を見合わせた。
そういえばリリアの弟は下町に住んでいるといっていた。リリアが下町出身だとするならば、確かに貴族の多いこの学園で肩身の狭い思いをしていたことだろう。
辺境領では民との距離が非常に近かったけれど、多くの貴族は血筋に誇りをもっており、民とは一線を引いているものだとフィオレンツァも頭のなかでは理解していた。
理解はしているつもりなのだが、だからといって簡単に受け入れられるものではない。
ランディーもその心中を察してか、それとも自身の境遇が関係してなのか肩をすくめて、
「陰でこそこそ乙女レディーを陥れるのは騎士にあるまじき振る舞いだとは思うけどね」
声の主を挑発するように言葉を続けた。
もともと授業は男女で別れている。この場にいるのは、フィオレンツァとリリアを除けば男子生徒だけだ。
騎士になるべき者達が、守るべき乙女レディーを陥れるなんて良い笑い者だ。ランディーはそう言いたいのだ。
それでも仲間意識はあるのか、「侮辱するのか!」と男子生徒の一人が声を上げれば、呼応するように同意の言葉があちこちから飛んだ。
「ランディー、少し言葉が過ぎるわよ」
「そんなこと言ったって義姉さんこそ同じ気持ちだろ」
「でもあなたはこれから彼らと共に学ぶ仲間になるのだから」
ランディーは、苦渋をなめたようななんともいえない顔をした。
「こんな奴らと騎士を目指すことになるなんてわかってたら、学校なんかにくるんじゃなかった」
「今からでも入学を取り止める?」
「義姉さんが一緒に入学を諦めてくれるなら……」
「嫌よ」
「だったら朝の仕返しは止してよ」
このまま兄弟喧嘩が始まりそうなふたりの間に、「兄弟仲がよろしいのは何よりだがね……」と割って入ったのは一人の生徒だ。
眼鏡を掛けた黒髪の生徒だ。よく見れば一人だけ飾りボタンの仕様が違う。
「辺境伯のご子息は随分とご自身の騎士道に自信をお持ちとみえる。だが監督生としてこちらからも忠告させていただこう。皆に謝罪したまえ」
「お断りする。謝ったらあなた達が正義だと認めることになるだろ」
「あくまでも、その下町娘の味方をすると?」
「味方も何も、乙女レディーを守るのが騎士の栄誉というものでしょう」
「まったくわかっていないようだな。私は忠告だと言った。貴族なら自身の本心は殺し、敵と味方は慎重に選ぶべきだ」
そう、それが本来求められる貴族の生き方だ。
黙ってふたりのやり取りを見守っていたフィオレンツァは手袋をはめた手を握りしめた。
けれどーー。
辺境伯の娘と敬いながら、陰で魔力なしの落ちこぼれと言われてきた自分と、力がありながら下町生まれのために魔女と罵られるリリアと何の違いがあるというのだろう。
ランディー、と名を呼び、「御下がりなさい」と制して一歩前に出る。
フィオレンツァの答えはその時既に出ていた。
「ご忠告感謝しますわ。けれど、自分が優位にたつために何かに優劣を着けなければ成立しないそれならば、私は遠慮致します」
「充分な身分を持ったあなたがそれをおっしゃるのか」
「私だから申すのです。リリアを魔女と呼ぶなら、魔力を持たない私を公然と落ちこぼれと呼んでごらんなさい。ただし、それができればの話だけれどーー」
フィオレンツァの言葉が辺りにさざ波のように広がっていく。
「魔法が使えないだって」
「辺境伯の令嬢がそんなまさか」
ところどころで交わされる言葉は、フィオレンツァが幼い頃から耳にした言葉だ。
だが苦しかったはずのその言葉を、フィオレンツァは今は違う気持ちで受け止めている。
魔力をもたない現実が、誰かの盾になるだなんて。
隠し通すつもりもなかったけれど、こんな形で肩の荷を降ろすことになるとも思っていなかった。
「お言葉通り味方は選ぶわ。でもね、その味方はあなたじゃない」
ーー魔女と落ちこぼれなんて似合いだと思わない?
フィオレンツァはリリアを見つめ、唇に弧を描いた。