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学園の魔女

 ぐいっと身を乗り出した義弟に、フィオレンツァは目をしばたたかせ苦笑した。




「始終行動を共にしそうな勢いね」




 社交も苦手で、魔法マナも使えないフィオレンツァにとって


 確かに魔法の力も強く、愛嬌のあるランディーがいるのは心強い。


 思えば弟として紹介されて日から、この義弟は養子の負い目なのか、フィオレンツァのことを守ることに責任を感じている節がある。


 それでも冗談のつもりで言ったのだけど、ランディーは言葉通りに受け取ったらしい。




「そりゃそうさ。義姉さんは自分をしっかりものだって思ってるのかもしれないけれど、先日迷子をつれて迷子になっていたのは誰だよ」




 フィオレンツァは数日前の出来事を思い出し言葉につまった。


 入学式の日まで暇をもて余し王都見物のために繰り出した街で、


 迷子を保護したまではよかったけれど、不馴れな王都で自分まで迷子になってしまったのは記憶に新しい。


 結局、探しに来たランディーに助けられた時は心底安心した。




「でも、迷子を放っておけるわけないじゃない」


「義姉さんを守る僕の身にもなってくれよ」




 ランディーは盛大なため息を吐いた。




「ともかく、ここは実家へんきょうりょうとは違うんだーー」




「から」と、ランディーが最後まで言い終わらないうちに、ガタンっと音がして馬車が止まった。




「お二方、到着致しましたよ」




 苦笑混じりの声で、壁越しに御者が到着を告げる。


 きっと今までのやりとりも彼の耳には届いていたのだろう。


 ランディーは言葉の続きを音にできないまま、鯉のように口をパクパクと動かしている。せっかくの甘い顔かんばせが台無しだ。


 フィオレンツァはそれに気付かない振りをして、自らの手で馬車のドアを開け外に降り立った。


 城と同じ様式の石造りの建物が、細工作りの金属塀に囲まれるように建っていた。入学式といっても、多くの生徒は中等部からの持ち上がり組で、特別な式典があるわけではない。すでに生徒は登校を終えているのか建物の外に人影はほとんどなかった。


 遅れてしまったのだろうか、不安になったフィオレンツァだったが、門の前に佇む二人の女性に直ぐに気がついた。


 一人は黒い簡素なドレスを身につけた年配の婦人、もう一人はフィオレンツァと同じ学園の制服に身を包んだ少女だった。


 馬車から降り立ったフィオレンツァに気づいて、婦人の方が一歩前に出て浅く膝を折った。




「お待ちしておりました。ウェルズ辺境伯のご息女ですね。わたくしはエセル、学園の教頭を仰せつかっています」




 どうやら二人は出迎えだったらしい。


 黒いドレスの婦人は、白髪の混じる髪を後ろに結い上げ、縁なしの眼鏡を掛けている。女性らしい朗らかな雰囲気というよりは、凛とした厳格者を思わせる雰囲気を雇っていて、教頭という役職に納得がいった。




「フィオレンツァと申します。そしてこちらが、弟のランディー」




 フィオレンツァも膝を折り返して、馬車から降りる義弟をみやった。婦人は冷ややかに視線を流し、言葉を続ける。




「今では領地で家庭教師を雇っていたと聞いています。社交の場にも殆ど出ていないとか。集団生活は不馴れでしょうが、学園での生活があなたの糧となることを願っています」


「義弟共々お世話になります」


「今日は主だった授業はありませんから、このリリアに学園を案内させましょう。翌日からの授業では期待しておりますよ」




 社交辞令であるのだろうが、教頭の言葉にフィオレンツァはどきりとした。必修科目のうちの一つ魔法学については、きっと散々な結果になってしまうだろう。


 敢えて入学の書類には魔法のことは記さなかったが、いつかは皆の知るところとなるだろう。


 それを思うと気が重かった。


 そんなフィオレンツァの心情を察してか、隣に並んだランディーが助け船を出した。




「期待に添えるよう精進致しますよ」


「なら、結構。わたくしは職務がありますので、これで失礼します」




 エセル女史はリリアに目配せをすると、その場を後にした。


 それを黙って見送って、ランディーが呟く。




「養子の僕には興味がないってところかな?」


「きっとお忙しいだけよ」


「だと良いけど」




 フィオレンツァがたしなめると、ランディーは肩をすくめてみせた。フィオレンツァは緊張に強張っていた表情をそこでようやく少し崩した。


 折角これから案内してくれる相手にまで硬い印象を与えてしまうところだった。


 フィオレンツァは一人残された少女に目をやれば、少女はお辞儀をして微笑んだ。




「リリアよ。よろしくね、フィオ」




 エセル女史の声とは違い、リリアの声はフィオレンツァの耳に心地よく響いた。


 王都に来てからフィオレンツァを愛称で呼ぶ者は義弟以外にいなかった。ずっと辺境領で同年代の子女との交流もなく、同性の友といえる存在のいなかったフィオレンツァにとって、それは嬉しいことなのだが、初対面の相手に愛称で呼ばれることほど不自然なことはない。


 緩んだ表情が再度瞬時に強張ったのを、フィオレンツァは感じた。ランディーは警戒したように、フィオレンツァの一歩前に出た。


 二人の警戒に自身の失敗を察したのか、リリアは慌てて謝罪を口にした。




「ごめんなさい。弟からあなたの話を聞いていたもんだから」


「弟さん?」


「3日前に街で迷子を助けたでしょ。あれ、うちの弟だったの」




 不躾とは思いつつ、少女の顔を観察するとその面影には確かに覚えがある。


 焦茶の髪にそばかすを飛ばした頬、大きな紫色の瞳。健康的なリリアの容姿は、迷子の子供とよく似ていた。家族というのも頷ける。




「あいつ、フィオ姉ちゃん、フィオ姉ちゃんってうるさくて。それでなんか初めて会った気がしなくって。仮にも辺境伯のご息女様に対して、失礼致しました」


「ちょっと待って。あの時、僕らは名前しか名乗ってないはず。義姉さんの名前と容姿だけで、僕らがそうだって断言したっていうのか」


「ヒトの魔力の波動って特徴的でしょ……」




 さらっと答えたリリアにフィオレンツァは訳がわからなかった。


 ルナの波動も何も、フィオレンツァには魔法が使えないのだが。ランディーはそれで何かを納得したらしかった。




「優秀なんだな」


「本当に優秀なら、もっとうまく立ち回れるでしょうけどね。でも褒め言葉と受け取っておくわ」




 二人だけで進む会話に業を煮やして、フィオレンツァがランディーの腕に自らのそれを添わせると、二人はそれを見て苦笑した。




「案内するわ。行きましょう」




 リリアにどう接していいのか答えが出ないまま、フィオレンツァは促されるまま学園の敷地へと足を踏み入れた。




 学園は大きく別けて四つの棟からなっている。


 正門から入って正面が管理棟と高等部、右が中等部、左が初等部、そして奥が寮だ。


 四つの棟に囲まれるようにして広場があり、そこは鍛練場にもなっているらしい。


 今日は授業がないとはいえ、学園内にはそれなりの数の生徒がいた。


 一部の自宅生を除いた多くの生徒は寮生だし、新学期に合わせた選択科目の書類の提出や鍛練などが目的で学園の施設を使用する者も多くいるらしい。


 リリアと連れ立って歩いていると、生徒は大きく分けて二つの反応を返した。


 一つは興味なさげに無視を決め込む者、そしてもう一つの反応はフィオレンツァにはよく覚えがあるものだった。


 これは特異なものに向けられる好奇の目だ。


 新入生に対する興味からのものなのか、それともフィオレンツァが魔力なしだとどこかからすでにもれてしまっているのか。


 だがそれにしては、ところどころに敵意が見え隠れしている。


 その敵意に気づいたのか、先を行くリリアが足を止めた。


 それに合わせてフィオレンツァ達が足を止めると、リリアは苦々しげに言葉を発した。




「ごめんなさい、私のせいね。こんなあから様なこと滅多にないんだけど。きっとあなたたちと一緒にいるのが気にくわないのね。こんなことなら、エセル女史の頼みを断るべきだったわ」


「これがあんたの言ってた生きにくさってやつか」




 ピリピリとした空気に警戒を顕著にしたランディーが呟く。


 それに重なるように、掃き捨てるように呟かれた言葉がフィオレンツァの耳に確かに届いていた。




 魔女がっーーと。









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